神の母マリアの誕生
五十年前のカトリック教会の祈祷書に次のような祈り文がある。
現在のカトリック教会でも、七月二六日は「聖マリアの両親聖ヨアキムと聖アンナ」の記念日とされている。
マリアの父はヨアキム、母はアンナ。二人は子のないことを嘆いていたが、主の御使いが側に立って、子が生まれることを告げ、その通りに女の子が生まれた。マリアと名付けられた嬰児は大切に育てられ、三歳になって主の神殿に預けられた。マリアはそこで「鳩のように養育され、天使の手から食物を受け取って」いた。
マリアが十二歳になったとき、彼女の今後について、祭司達が相談して祈ると、民の中の男やもめを呼び集め、各人に杖を持参させて、主がしるしを示した男の妻になるようにとのお告げがあった。男やもめだったヨセフは大工用の斧を投げ棄てて出て行き、呼び集められた男やもめに加わった。大祭司はみなの杖を持ち、神殿に入って祈った。祈りを終えて杖を取り、外に出て彼等に杖を返した。最後に杖を受け取ったヨセフの杖から鳩が出て、飛んで頭にとまった。主の処女を引き取って保護するくじを引き当てたのだ。ヨセフはもう息子達があるし、年もとっていると辞退するが、説得されてマリアを引き取って保護することにした。
マリアは水がめを持って水汲みにでた。すると声があって言った。「よろこべ、恵まれし女よ、主汝とともに在す。汝は女の中で祝福されしもの」。主の御使いが彼女の前に立ち、主の言葉によってみごもることが告げられた。マリアは十六歳だった。ヨセフはマリアがみごもっているのをみつけ、彼女をどうしたらよいか思いめぐらす。すると主の御使いが夢であらわれ、「彼女が宿しているのは聖霊によるものだ、男の子を産むだろう、その名をイエスと名付けよ」と告げる。ヨセフは彼女を引き続き保護した。
ローマ帝国の命令による住民登録のため、ヨセフはマリアをロバに乗せて、ベツレヘムに向かった。荒野でマリアが産気づき、洞窟の中でイエスを産む。大いなる光が洞窟の中に輝き、目に耐えられないほどだった。少したつとその光は消え、ついに赤ちゃんが見えた。赤ちゃんは母マリアに近寄ってその乳にすがりついた。ヨセフの召使いで旅に同行していたサロメが、私の指を差し込んで彼女の状態を調べてみなくては、処女がお産をしたことは信じないと言い、その通りにして処女性を確認した。生ける神を試みたことになるサロメの手は火で焼かれてとれてしまう。しかし祈りながら、みどりごを抱き上げると癒された。
マリアの奇蹟的誕生、神殿での養育、男やもめヨセフとの縁組み、ベツレヘム近郊の洞窟でのイエスの出産が描かれている「ヤコブ原福音書-いとも聖なる、神の母にして永遠の処女なるマリアの誕生の物語」は「新約聖書外典」(講談社文芸文庫)で読むことができる。著作年代は二世紀末と言われ、当時、広く読まれ親しまれていた。本書はカトリック教会で展開しているマリア崇敬の原型を提供しているのだろう。