バスタオルと母
2泊3日で札幌の両親の家にお盆の帰省をした。わたしは北海道の地方都市に住んでいて、札幌の両親の家まで、都市間高速バスで片道5時間ほどかかる。父も母も80歳を超えているが、元気に2人で暮らしている。あまり健康や生活に支障はないようで、ただ高齢なので、わたしと東京に住む妹が3ヶ月に1回ペースで訪ねて行く。お盆はわたしと妹が揃うので、かつてのオリジナルな家族が顔を合わせる。晩には刺し身などを食べてお酒を少し飲んで過ごす。母は魚をさばくのが上手だと自認していて、確かにイカなどは細く切り、いわゆる「イカそうめん」を仕上げる。
バスで札幌に到着して、JRで両親の家の近くの手稲駅まで行くと、いつものように父の運転する車で迎えに来てくれた。車には母と一足先に来た妹も乗っている。「札幌は暑いでしょう。」と母が言う。ここ5年ほどの間に北海道も夏が本当に暑くなってきている。わたしが子供の頃の北海道は気温が多少上がることはあっても、空気がからりとしていたものだったが、近年は湿度が高くて、本州並みのまとわりつくような暑さにさらされている。母が言う、「家の中も暑いのよ。ナミちゃん(妹)が、さらにぐつぐつお湯を沸かしてばかりいるのよ。」わたしは「へー、そう。」と言う。まもなく両親の家に着いて玄関をくぐると、家の中から涼しい風が吹いてきた。エアコンが全開だった。「ナミちゃんが買ってくれたのよ。」と母が言う。「ナミ、ありがとう。とても過ごしやすくなったね。」とわたしは言う。妹の方がわたしより高給取りでお金があるのは、周知の事実なので、わたしも素直に、妹が両親のためにしてくれたことに礼を言う。いつかお金ができたら妹に返そうと思う。
少しお酒を飲んで、晩ご飯を食べて、コーヒーを飲んでくつろいでいると、母がフェイスタオルを20枚ほどたたんだものをわたしの前に差し出して、「タオル見つかったから持って行って。」と言う。前回帰省した時に母が、「木根の姉からバスタオルが段ボールひとつにいっぱい送られてきたのよ。」と言うので、たまたまわたしの家で風呂上がりに使うバスタオルが不足気味だと感じていたので、「そんなにいっぱい送られてきたのだったら、4~5枚ちょうだい。」と言うと、母が、「いいわよ。」と言い、自分の寝室に取りに行った。しかし、「どの段ボールに入っているか見つからないのよ。」と言いながら戻ってきた。それでわたしは、「無理に探さないで、見つかった時にもらえたらいいから。」と言っておいたのを思い出した。わたしは「バスタオルを何枚かもらえたらいいので、タオルはいらない。」と言う。すると母は「木根の姉のタオルは新品でないようだから嫌なのかい。」と言う。わたし「いや、そうじゃなくてフェイスタオルはいらないの。」母「なるべくきれいなタオルを選んでるのよ。」見ていた妹も言う、「最初からタオルがほしいと言っているんじゃなくて、バスタオルがほしいと言っているんだから。」母はちょっとすねた顔をしたが、気を取り直して他の話を始めた。
エアコンのきいた居間に布団をのべて寝んだ翌日は、時折雨がぱらつく曇りで、外はひどく蒸し暑かった。一緒に買物をしたりして1日を過ごした。「しまむら」で母はバスタオルを5枚ほど買って、帰ってからわたしに「持って行きなさい。」と言って渡した。買ってまでもらいたかったわけではないとか、思うところはあったが、そこは素直に「ありがとう。」と言って受け取った。
晩はひやむぎを食べる。わたしは「ひやむぎ冷たくておいしいね。でもこれって作るとき、沸騰させた鍋を乗せたガスコンロの前で、麺が茹で上がるのを待つのがたいへんで汗かきながら作らないとならないよね。」と言う。妹が「ひやむぎよりそうめんの方が茹で時間が短くていいのよね。」と言う。麺を茹でていた母はにこにこしていた。
2泊3日が過ぎて帰り支度をする午前中、母が「バスの中で食べるおにぎり持って行くかい。」と言うので、「いや、いい。」と断る。家族で写真を撮ったりして過ごした後、母が「おにぎり持って行くかい。」と言い、わたしは根負けして「うん、お願いします。」と言う。母は台所に行っておにぎりをにぎっているようだった。しばらくして、「素手ではにぎっていないから大丈夫よ」と言って、おにぎりを2個渡された。おにぎりを詰め込んだわたしのリュックサックにまだ余力があるのを見て、母はフェイスタオルを10枚ほどねじこんだ。「持って行きなさい。」「はい、ありがとう。」
父の運転で手稲駅まで送ってもらう。「秋にまた来るから。」と言い、手を振って駅のエスカレーターに乗り込んだ。