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令和5年度NHK新人落語大賞観戦記

若手落語家賞レースの最高峰であるNHK新人落語大賞が今年も開催されました。
いつもはテレビで見ているこの大会ですが、今回は大阪開催だったということもあり観覧に申し込んでみたところ、幸運なことに当選。
人生初となる落語の賞レース観戦記を、拙筆ながら書き連ねていこうと思います。

初めての賞レース。知らされぬ出演順。

11月に入りぐっと寒さも増してきた土曜日の昼下がり。大阪城にほど近いNHK大阪ホールが今回の会場です。
今回はNHK新人落語大賞初の生放送ということで、会場にはピリピリとした空気が漂います。1000人を超えるキャパシティのホールは、関西の落語ファンでほぼ満席。放送開始を今や遅しと待つお客さんたちのボルテージも上がっていきます。

入場の際に配られたパンフレットには、5人の出場者のプロフィールと、本日の演目が。
「そうか、このネタで行くのか」「この人は新作かぁ」と始まる前からいろいろ想像が膨らみます。

配られたパンフレット
プロフィールと演目が載っています

番組のスタッフさんによる注意事項の説明や拍手の練習、司会の桂吉弥師匠と牛田アナウンサーの挨拶があり、場が和んだところで審査員のみなさんが入場。片岡鶴太郎さんの姿が見えたところで歓声が上がったところを見ると、事前に審査員が誰だか知らない方も多かったようです。

16:40、放送開始。
桂吉弥師匠の朗らかな一声で番組はスタート。
出場者の紹介と、審査員の紹介が終わり、テンポよく番組は進行してきます。

この時点では会場のお客さんに出演者の出番順は知らされておらず、私の頭のなかでは「いったい誰から出てくるんだろう」ということで頭がいっぱい。賞レースにおいて重要な出番順が分からず、ドキドキしながら見守ります。

1番手の登場。

トップバッターは春風亭一花さん。
演目は師匠譲りの『四段目』。
一花さんの柔らかくチャーミングな口調が定吉のキャラクターに合っていて、聴いていてとても心地よいです。途中の四段目の芝居を再現する場面では、台詞回しや所作の美しさはもちろん、ウキウキしながら演じている定吉の様子がよく表れていて楽しかったですね。
最後の蔵の中に御膳を運ぶ場面が、今までのキリリとした芝居の場面とのギャップが際立ち、会場の大きな笑いを誘っていました。
点数は、以下の通り。
※本番では最後に審査、点数を発表していましたが、ここでは点数と一緒に紹介していきます

春風亭一花さんの得点

広瀬さん以外は9点、広瀬さんのみ7点という評価になりました。
噺の演じ方、口跡の美しさが評価されたのでしょうか、文珍・馬生の両師匠の点数は高め。一方、広瀬さんは厳しい評価。こういった賞レースでは笑いの多さが求められますが、笑いどころが少ない噺を選んだ部分が低評価につながったのかもしれません。

またも続く東京勢。

2番手は柳家吉緑さん。
演目は柳家のお家芸ともいえる泥棒噺『置泥』。
さがみはら若手落語家選手権や北とぴあ若手落語家競演会など、数々の受賞歴がある実力者らしく、非常に落ち着いた高座で観客を引き込みます。
貧乏人の家に入ってしまう間抜けな泥棒と、その泥棒を口八丁で手玉に取り、お金を巻き上げていく男とのやり取りが、落ち着いたトーンで進んでいきます。
点数は以下の通り。

柳家吉緑さんの得点

最高点は日髙さんの10点。馬生師匠と広瀬さんがやや厳しめの8点でした。
泥棒と男の立場がだんだんと逆転していき、いつの間にかお金を取られていく様が笑いを誘いましたが、2人の会話が隣近所にバレないようにとコソコソと静かなトーンで進んでいくため(そこがこの噺の持ち味だと思うのですが)、全体的に噺が与える印象が弱かったのかな、と感じました。

空気を変えた3番手。

3番手は春風亭昇羊さん。
ここまで東京勢が3人連続しています。

賞レースは一般的に、後半の出番のほうが有利とされています。
前半の出番はまだ会場の空気が温まっておらず、笑いが生まれにくいからでしょう。実際、1番手の一花さん、2番手の吉緑さんも、どちらかというと静かに進むタイプの噺だったため、お客さんの雰囲気もやや重く感じました。

昇羊さんの演目は、この日のために何度も高座にかけたという『紙入れ』。
マクラでは、協会の大先輩である昔昔亭桃太郎師匠とのエピソードを披露。審査員や落語ファンにはたまらない桃太郎師匠の登場で、一気にお客さんと審査員の表情もほころびます。
噺に入ると、端正な顔立ちの昇羊さんが演じるおかみさんの色っぽさにグッと引き込まれ、大胆な”間”の使い方にまた引き込まれ…。くすぐりで畳みかけるのではなく、間や表情でお客さんとの距離をどんどん縮めていきます。聴き慣れた噺でも、セリフの間を工夫するだけでこんなにも面白くなるんですね。
何をしゃべるか、どうしゃべるかではなく、表情や所作、間合いなど、言葉以外の部分でも笑いを増幅させるという工夫に驚かされました。
点数は以下の通り。

春風亭昇羊さんの点数

文珍師匠、鶴太郎さん、広瀬さんが最高点である10点。一方で、馬生師匠は最低点となる7点を付けました。
古典落語をきっちりと演じ、しゃべり以外の部分でも多くの工夫が見られた点が高く評価されたようですね。一方で馬生師匠は最後の総評で「若いうちから不倫の噺はしないほうがいい」とおっしゃっていましたが、噺選びの部分で評価をされなかった、ということでしょうか…。
会場の空気も、現時点で笑いの量が一番多く、昇羊さんがトップの評価だろうなぁ、という雰囲気でした。

満を持して上方勢登場。

4番手は桂慶治朗さん。
ここにきてやっと地元上方勢の登場です。
演目は『いらち俥』。江戸でいう反対俥ですね。
やっと出てきた上方勢ということで、お客さんも前のめり。
「梅田のステンショ」に急く男が俥を探す…というおなじみの展開ですが、俥引きと男のやり取りが非常にテンポよく進みます。一つ一つのやり取りが漫才でいうボケとツッコミの形になり、ドカンドカンと笑いを生みます。
それまでの噺が「二人の立場の逆転」や「会話のすれ違い」で笑いを生むものでしたが、この慶治朗さんのいらち俥は、強烈なボケと激しいツッコミの応酬で進んでいく「しゃべくり漫才」のような構成になっており、有無を言わさずお客さんを笑いの渦に巻き込んでいきます。
笑いの数・量も、それまでを圧倒していました。
点数は以下の通り。

桂慶治朗さんの得点

馬生師匠を除く4人が10点、馬生師匠もこの日の自身最高点である9点をつけており、5人全員が最高の評価をしています。
落語をどう評価するか、は人それぞれでしょうが、この大会を「お笑いの賞レース」として見た場合には、登場人物のキャラ付け、ボケとツッコミという構造の明確化、笑いどころの多さ、演者のテンションや高座の明るさ、どれをとっても完璧だったと感じました。

トリは唯一の新作。

5番手は桂三実さん。
演目はこの日唯一となる新作落語「あの人どこ行くの?」。
初めてひとりで電車に乗るという9歳の少年が、たまたま乗り合わせた同級生の少女と、電車に乗っている人をみて「あの人どこ行くの?」と想像を膨らませるという何ともほほえましい噺です。
9歳の子供とは思えない洞察力と想像力で繰り出される思いもよらぬ推理の数々に会場は大爆笑。噺の舞台が地元大阪の御堂筋線ということもあってか地元ネタ的なウケも加わり、会場は大きな笑いに包まれました。
点数は以下の通り。

桂三実さんの点数

文珍師匠、日髙さんの上方側の審査員が満点の10点。鶴太郎さん、広瀬さんは9点、馬生師匠は最低点となる7点でした。
馬生師匠が総評で触れていたように「鳴尾浜球場」「中津の自転車保管所」「宝塚大劇場じゃなくて梅田芸術劇場」のような関西以外の人にはピンとこない地元ネタが多かった点が、東京側の審査員には評価されにくかったようです

ここで5人の熱演が終了。そのまま審査に移ります。
5人の審査員が悩みながらも手元のフリップに点数を書き込みます。
生放送なので、審査の時間はわずか。会場のお客さんも静かに見守ります。

そして結果発表。

審査結果は以下の通り。

5人の審査員の審査結果一覧

5人の審査員中4人が満点をつけ、準満点である49点を獲得した桂慶治朗さんが大賞に選ばれました。
金の紙吹雪が舞うなか、トロフィーを手に感極まる慶治朗さんに、会場は喝采の拍手。非常に感動的なフィナーレとなりました。

改めて点数を振り返ると、慶治朗さんが2位に3点差をつける圧倒的な勝利でした。
2位は昇羊さん、3位は三実さん、4位が吉緑さん、5位は一花さんとなりました。
おそらく会場で見ていたお客さんの評価も、だいたいこの通りだったのではないでしょうか。じっくりと聞かせる噺を選んだ一花さん、吉緑さんが早い出番になってしまったのはやや残念でした。

やっぱり強かった上方勢。

桂慶治朗さんの大賞受賞に終わった令和5年度のNHK新人落語大賞。
改めて感じたのは、上方勢強し、ということですね。

名称が現在「NHK新人落語大賞」になってからの大賞受賞者を見てみると、上方勢の強さは一目瞭然です。

2014 春風亭朝也 大分県出身(落語協会)
2015 桂佐ん吉 大阪府出身(上方落語協会)
2016 桂雀太 奈良県出身(上方落語協会)
2017 三遊亭歌太郎 東京都出身(落語協会)
2018 桂三度 滋賀県出身(上方落語協会)
2019 桂華紋 大阪府出身(上方落語協会)
2020 笑福亭羽光 大阪府出身(落語芸術協会)
2021 桂二葉 大阪府出身(上方落語協会)
2022 立川吉笑 京都府出身(落語立川流)
2023 桂慶治朗 大阪府出身 (上方落語協会)

協会別でみると、東京勢が4名、上方勢が6名ですが、笑福亭羽光さんは鶴光師匠の一門で上方落語を演じていますし、吉笑さんは談笑一門ですが京都出身で、落語は主に関西弁を使っています。
大分出身の朝也さん(現・春風亭三朝)も西日本だと考えると、10人中9人が西日本出身、8人が上方をバックボーンに持つ落語家さんとなります。

今回の慶治朗さんの高座を見ても感じましたが、上方落語(もっと言うと関西弁)が持つ言葉の力、笑いを生み出すパワーの強烈さというのは、こういった賞レースでは圧倒的な強さを発揮しますね。
もちろん、江戸落語が弱い、面白くないということではないのですが、同じ土俵で戦うとどうしても江戸落語はおとなしく感じられてしまうという面は否めないと思います。
東京の4協会に所属する落語家が、上方落語家の3倍近くいるという現状を考えると、ますますその差は大きく感じられます。
江戸落語はお座敷芸、上方落語は路上で演じた辻噺がルーツである、ということがよく言われますが、そういったルーツの違いは近年の大賞受賞者の偏りとも無関係ではないでしょう。

陰のMVPはあの師匠。

今回のMVPは、もちろん大賞に輝いた慶治朗さんですが、陰のMVPといえるのが、今回初審査員を務めた馬生師匠ではないでしょうか。
審査のなかで、吉緑さんに「おでこは出したほうがいい」「短刀の時の扇子の持ち方が違う」といった、今までにはなかったビジュアル面の指摘をしたり、昇羊さんに「若手は不倫を扱ったネタはしないほうがいい、今までにそれでダメになった人がたくさんいた」といったようなネタ選び自体についてのダメ出しを放送終了直前にしたりするなど、普段あまりテレビにお出にならない師匠ならではの振る舞いが印象的でした。

初めて生で見たNHK新人落語大賞は、ピリピリとした緊張感のなかで戦う落語家さんの姿を見ることができる貴重な機会でした。
慶治朗さんの圧倒的な高座は本当に素晴らしいものでしたし、本戦に出場されたみなさんの高座はどれも個性的で感動させられました。

個人な話にはなりますが、ずっと江戸落語を見てきたものからすると、圧倒的な強さを誇る上方勢を打ち負かすような、強烈な個性とパワーをもった東京勢の落語家さんの登場にも今後は期待したいですね。

栄光に輝いた慶治朗さん、惜しくも対象を逃したみなさま、本当にお疲れ様でした。

大賞決定の際に舞った紙吹雪
(許可を得ていただいてきました)

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