「神様はいない」~矢井田瞳から読み解く極楽のJ-POP観7つのキーワード~極楽五万字インタビューpart2
(前回までのインタビュー)
ジョニーロットンを崇拝する超硬派パンク少年極楽はJPOPを軽蔑していた。しかし、ある佐世保の女性シンガーによりJPOP歌姫に開眼。中でも矢井田瞳に夢中に。その歴史を辿ると、秦の始皇帝、安室奈美恵に始まり、覇王であり人徳の人あゆが鈴木あみと「項羽と劉邦」的バトルの末に大漢エイベックス帝国を築く。しかし帝国の腐敗と共に魏の椎名林檎、呉のaiko、蜀の宇多田ヒカルによる群雄割拠の歌姫三国時代が幕を開けた。今回の議題の矢井田瞳は袁家の偽皇帝袁術に例えられたわけだが、果たして矢井田瞳は玉璽を手にして皇帝になれるのか。(董卓は大塚愛)
1.JPOP歌姫のオルタナ化〜椎名林檎とアラニス・モリセット〜
さて、やっと矢井田瞳の話に入るわけですが、この歌姫三国時代になると、安室ちゃんが始皇帝となったTK全盛期とはJPOP界も様変わりしますよね。
そうですね。これはあゆ、Cocco以降の傾向で、JPOPがオルタナティブロック化していくんですよね。そうそう、Coccoにも触れておきたいですね。僕、Coccoは当時から好きだったんですよ。明らかにJPOPと距離あるじゃないですか(笑)
エキセントリックな歌姫でしたもんね。戸川純とも重なる。
はい。だから他のJ-POPとは違うと思っていて。けど、今聞くと歌メロとか完全にJ-POPですよね。オケが激しいオルタナなだけで。三国歌姫以降はオケがオルタナ化していくんですよ。これはアラニスモリセットの影響だと思います。どの歌手もみんなアラニスからの影響を語ってますからね。矢井田瞳、椎名林檎なんかはモロですよね。
確かに。アイドル系を除く「女性アーティスト」って言われていたシンガーにはその傾向が見られますね。
一方でR &Bとかのブラックミュージックの影響下のJ-POP歌手もこの頃になると増えて来ますね。ただこっちは専門じゃないので、今回は深く触れませんが(笑)そっちは西洋史になるので(笑)
けど、この時期の歌姫を考察する時、その手の…例えば小柳ゆきとかって、絶大な人気があったのに除外されがちですよね。
単純にオルタナ系の三国勢力の方が勢いがあったのと、こう言うことを考察する層ってロック好きが多いからじゃないですかね。考察されがちな宇多田ヒカルはブラックミュージックから始まってますけど、ロックに着地してますし、その過程や導入はロック的でしたもんね。最終的に徳で世を治めるみたいな。
まさに蜀漢の劉備玄徳。
そう(笑)この頃はオルタナがJ-POPのイノベーションだったと思うんですよ。2010年代におけるEDMやトラップのJ-POP化みたいな。これに関してはKOHHってやっぱ凄かったんだな、と思います。最初トラップが入った時にどう日本語を乗せればいいか分からなかったのを、KOHHが率先して開発していって、今じゃKOHHみたいなフローを聞いても誰も「KOHHのパクリだ」なんて言わないですもんね、一般化しすぎて。トラップの坂本龍馬ですね(笑)ただ、系譜としてこの儒教的観点のオルタナ歌姫も続いている。YUIが2010年代まで繋ぎ、家入レオ、あいみょん、LISAなんかはこの系譜と思います。これは近代史なんで毛沢東vs蒋介石みたいな感じですよね。あんま毛沢東とか言うとヤバい感じしますけど(笑)
近代史は気をつけないと(笑)
たまにSNSにトイレに毛沢東のポスターとか貼ってるのアップしてる人とかみると「勇気あるな」って思いますもんね(笑)僕、毛沢東の長征の話は大好きなんですけど(笑)トイレに蒋介石のポスターなら張っても誰も文句言わないかな、と思うけど。
いや、トイレに蒋介石のポスター貼ってある方がヤバい奴じゃないですか?(笑)
顔的にはイケメンなんで孫文のポスターの方が貼りたいけど(笑)トイレの辛亥革命ですね。
袁世凱から怒られますよ。
袁世凱、やっぱり袁家の末裔なのか(※適当です)やる事が袁術とか袁紹っぽいですよね。ちなみに孫文は孫権の末裔という噂あるらしく、こっちも、やる事がやはり呉国っぽい。ちなちに毛沢東は三国志は熱烈な曹操派らしいですね。
矢井田瞳の登場
曹操の影響、明らかに毛沢東の政策に出てますしね。
まあ、そんな感じで近代J-POPはまだ近代化派と儒教オルタナ派の戦いが終わってないので話を歌姫三国に戻します。三国歌姫時代にJ-POPは一旦、ポップスじゃなくなるんですよね。オルタナティブロック化で。これは俺の定義ですが、純粋たるJ-POPはダンスミュージックのリズムと歌謡曲的メロディとコード進行(メジャーコードからセブンス、マイナーへの下降、そしてメジャーへの着地)の融合だと思っているので。厳密には初期あゆくらいまでがJ-POPらしいJ-POPだなと。ただ、ヒップホップが一からトラックを制作してサンプリングを辞めた様に、或いはハードコアパンクがダウンビートを取り入れた様に、音楽って変化していきますからね。となると、歴史的観点でしかジャンルは分けれないですからね。デフレパードがオルタナのアルバム出しても、それはやっぱりオルタナじゃなくてハードロックみたいな(笑)そんな折、2000年ミレニアムにオルタナ派シンガーの矢井田瞳が登場する。
やっと本題が出ましたね。
はい(笑)この2000年ってのが重要なんですよね。前言ったように、2001年からは僕、完全にパンクに傾倒するんでその時期に登場していたら無視していたかもしれない。
と言うことは、矢井田瞳はリアルタイムでデビューを体験しているんですね。
はい。当時、矢井田瞳のデビュー曲「B’cuz I love you 」がCDTVのエンディング曲で。最初聞いた時は「大丈夫か?」と(笑)
というのはもしかして?(笑)
いや、余りにも椎名林檎っぽかったので(笑)これ、初期の矢井田瞳は散々言われたと思うので余り言いたくないけど(笑)そのくらい歌声とか、ちょっと影のあるオルタナ風の曲が似ていて。今思えば仕方ないというか、アラニスモリセットという大本願があったのが判るけど中学生でしたからね。でもその時もいいなーとは思っていて。しかし奴は隠し球を持っていたんですよ(笑)
それが「My Sweet darlin’」?
はい。いやあ、たまげましたね。「B’cuz I love you 」で「ああ、この人はこういう影のある曲をやる人なんだ」と思っていた矢先の、あの超ポップなパワーポップナンバーですからね。多分レコーディングに関わっていたスタッフ全員「あ、これ売れるわ」っていう何か勝ち戦みたいな、気持ちで望んでいたんじゃないですかね。作曲終わった瞬間に勝っているみたいな。馬超みたいなもんですよね、こいつ手に入れたら勝てるわ、みたいな。
馬超を手に入れても蜀滅亡してますけどね(笑)でも、そのくらい極楽さんにとって衝撃だったと。
俺なりに研究したんですけど、好きな曲の要素が全て詰まっているんですよね。キーがE、サビ前のブレイク、BPMは180くらい、爽快なのにどこか切ない歌のメロディ。あとプロモのスローモーションで動く謎のサビ何かも好きで、弟のこうじとよく真似をしてましたね。BPM180は青春のテンポなんですよ。関係ないけど俺、BPM論好きで、これ刻みになるとガレージパンクっぽくなるんですよ。BPM185とか165だとTEENGENERATEっぽくなる。ディスチャージとかBPM300くらいありそうだけど、実は160とかなんですよね。実測だと矢井田瞳の方がディスチャージより速いという(笑)
実測と体感速度は違いますからね。極楽さんがMy Sweet darlin’好きなのがよく分かります。
この隠し球食らった感じはBUMP OF CHICKENが「ダイヤモンド」でメジャーに行った時に「意外と地味な曲でメジャーデビューしたな」と思った矢先に「天体観測」が出た衝撃に酷似してますね。こんなとんでもない球を隠し持っていたとは…みたいな。俺がミッドナイトトーキョーで明らかに代表曲だった「蠅の王」を最初のシングルにせず、「CHAINSAW TV」を先にリリースしたのはこの影響がありますね。ただ、ファーストとセカンドで10年もリリース年月が離れるのは予定外でしたけど(笑)
自身のバンドにも矢井田瞳の影響があるんですね。
数少ない聞いていたJ-POPなんで(笑)路線的に近い「DONT LOOK BACK AGAIN」も好きでしたね。同時期にリバティーンズの「DONT LOOK BACK IN TO THE SUN」やオアシスの「DONT LOOK BACK IN THE ANGER 」を聞いていたので、DONT LOOK BACKが多すぎて大変でしたよ(笑)矢井田瞳って、あまり歌詞にメッセージ性を感じないのですが、My Sweet darlin’の歌詞は印象的ですよね。やり捨てされた女の子みたいな感じにも取れますが(笑)しかし俺的にはこのダーリンとはチンギスハンの事ではないかと、まじめに考えてますね。矢井田瞳はボルテ。
矢井田瞳はチンギスハンの正妻ですか(笑)
そう(笑)「ほら貴方が歩いて来た」っていうフレーズ、歌い回しが大仰で事件性を感じる。一種のタタールのくびきですよ。あと英詞の部分に蒼き狼の伝承を思わせる部分があるのがポイントですね。前から疑問だった「darling darling ここに来て 見えるでしょう 私が」というリリック、darlingなのに何故、矢井田瞳は相手にされないのだろう?と。これは寵愛を受けている他の若い妻に対する正妻の妬みなのかな、と。
確かにそれならmy Sweet darlin’の歌詞の謎が紐解けます。
そう。あの曲から浮かび上がる強い男性像を体現するのは世界帝国の覇者、チンギスハンくらいですよ。しかし本当に「B’cuz I love you 」からのこのダーリンダーリンには衝撃でしたね。「B’cuz I love you 」って、本来なら矢井田瞳のお家芸だったのかもしれないけど、椎名林檎との兼ね合いがあるのか、この路線の曲は「アンダンテ」まで待たなければならなかった。
あー、「アンダンテ」。神曲です。
そう。まさに神曲ですよね。あのGS調のメロディでしゃがれ気味の歌声、これを待っていた!みたいな。寺内タケシ的なテケテケまでいかないけど、ピロピロしているリフがまた堪らない。テケテケまで行くとそれはGSすぎてやりすぎなんで、絶妙なバランスでテケテケっぽいピロピロなのが素晴らしい。
テケテケとピロピロは近くて遠いですよね。前者はパンクを感じるけど、後者はメタルですもんね。それを高度な次元で「アンダンテ」は中立を保っている。まるで三国志の魯粛の様に。
テケテケの諸葛孔明とピロピロの周瑜の間で蠢く魯粛のテケピロって所でしょうか。これぞまさに赤壁の戦いですよ。
(次回に続く)