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「命」について考える。

本日もお読みいただき、ありがとうございます。

五木田穣(ごきたゆたか)です。


「命」について、考えてみました。

「生きている」のではなく「生かされている」

孔子曰く

「命を知らざれば、以て君子たる無きなり」

とあります。


まずは「命」を知ることが大事だと。
「君子」とは、現代的なニュアンスで捉えると、
「素晴らしい人」とかそういうニュアンスになるかと思います。

自分の「命」を知らなければ、素晴らしい人間になれない。
そんな意味になるかと思います。

この「命」とは、生まれながらに授かったものです。
与えられたもの。生まれ備わった自分の身体的特徴を含む資質や能力。

人は自分で「生きている」と思いがちですが、
心臓は自分の意思で動かしてないし、
自分の意思で止めることもできません

生まれたくて生まれたわけでもないし、
死にたくても自分の意思で死ねないわけです(自殺は別)。

つまり、「生きている」のではなく、
何か大いなる力によって「生かされている」と考えられます。

ということは、この「命」には何か意味があるのではないでしょうか?

宿命。運命。使命。

「宿命」とは、この「命」に宿ったもの

これは変えられません。生まれた家庭環境は変えられない。
選べない。

(魂的にいうと、選んできていると考えられます)

人は、良いとか悪いとかではなくて、生まれた環境によって、人生においてできることできないことが決まってしまいます。

金持ちの家に生まれるのか、貧乏な家に生まれるのか。
日本に生まれるのか、アフリカに生まれるのか。
生まれ落ちた環境によって、宿命は決まります。

であれば、これは受け入れるしかない。
宿命は変えられない。

「運命」とは、この「命」をどう運ぶか。

これは宿命とは違い、動かせるものです。自分次第で変えていけるもの。
この与えられた命を自分でどう動かしていくか。
どう生かしていくか。

運命は変えられます。
自分の人生を生きることを「運命」と言います。

「宿命」と「運命」を、
混同もしくは誤解している人が多いように思います。

「使命」とは、
この「命」をどう使うか誰の役に立ちたいのか、というミッション。

自分で決めるもの。もしくは、自然とそういう方向に導かれるもの。
この人生を、この今世をどう生きるか。どう活かすか。
この命を何に使うのか。何に費やすのか。

知命。そして、立命。

「知命」とは、自分の「命」を知ること。
自分の宿命や運命や使命を知ること。受け入れること。

「立命」とは、「命」を知り、この命に自分を尽くしていくこと。
自分の足で立つこと。自分の足で、この人生を歩いていくこと。
「人」の「生きる」道を歩くこと。自分の人生を生き切ること。

この人生は、自分次第です。いかようにも変えることができます。

全く変えられないなら、この人生というゲームは全く面白くない。
ゴールが決まっている、ゴールが変えられないなら、
こんなクソゲーありません(笑)

でも、人生はいくらでも変えられる。
自分の行動次第でいくらでも変えられる。

人生を楽観的にとらえるのか、悲観的にとらえるのか。
主体的に生きるのか、受動的に生きるのか。

人生とは、自分の心のあり方次第だと思います。

まずは、自分の「命」を知ること。知命。
そして、自分の足で立ち、自分の人生を生きること。

さあ、「立命」しようじゃありませんか。


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心と体をととのえる『ととのえ職人』五木田穣
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