
弱くて良いよなんて横暴すぎるから、助け合いを当たり前に
私には、わからない。わからなくてとてもこわい。
資格持ってるとか、大学の出身とか仕事とか、年収とか年商とか、強みとか弱みとか、そういう人の形めいたもの。
見てるし聞こえてるけど、みんなのように上手に知覚できていない。
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だから何なのかわからない。みんなが何を見ているのかわからない。何を見られてるのかもわからない。とても、こわい。
「この人は金メダル取った人です!」と紹介されても、空気的にすごいっ!と言ってみることしかできない。
そんな感じでざっくりと生きてきてしまった。
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小学校くらいの頃、気がついたらみんな垣根や上下や、カテゴリーやルールを覚えて意識してコミュニケーションをはじめていた。
より強い方へ流れたり、より大きい方を選択したり、よりカッコよくて有利な方知っておくためだ。みんないつ覚えたのかな…。
私はどうしても「それ」を認識することが、できなかった。認識し損ねた。進路もキャリアもすごいっぽいの目指したけど、全然やる気起きなかった。今後できるようになる兆しもない。
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それって強みじゃんと言われるけど私にとっては深刻だ。社会でうまく生きるために結構必要なことなんだと知っている。
そうしないと失礼にあたって怒られたり、ハブられたりするし。別に関係ね〜みたいな強い人間だったら良かったんだけど。
決定的にズレているまんま、ここまできてしまった。持つべき定規みたいなものを然るべき時期にインストールしそびれてしまったのだろう。
みんながわかってる"何か"が私にはよくわからなくて。そのまま生きてみているが、ずっとずっと、恐ろしい。
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深刻な悩みを持った代わりに、ひとつひとつの存在のそのままを眺めることができるようになったと思う。
存在を見つめるのは楽しいし、美しい!と思う。私の中で、とても確かなことだ。
そして、存在同士、こころ同士で会話をすることはもっと好き。心から素晴らしい瞬間だ!と思うし感動して泣いたり、喜んだりする。
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"生き残ったのは恐竜じゃなく哺乳類だった。"
やや無理やりかもしれないが、強い方を覚えてこなかったことで何かを守っているのだ、と思ってみる。
哺乳類は弱かったから、子孫を胎の中で守れて生き延びた。
こんなに怖がってまで、胎のなかで守りたかったことは?
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幼い頃は垣根なく誰とでも友達になる子どもだった。
暇があれば人に話しかけ、犬の群れに突っ込んで、おともだちをつくっていた。幼稚園なんかは楽しくて仕方なかった。
人付き合いの得意ではない母は、この子は誰に似たのだろう?と不思議に思っていたそうだ。
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私たちはもっと助け合い、頼り合い、混じりあいたいのではないか。
ほとんどの人は1人で頑張って、強くて、イケてる感じになどなりたくない。
もしそう見える人がいたらそう見えるだけであって、そこに優劣を介在させてはいけない。

みな大いなる何かと繋がっていて、地球に含まれている。
だから私たちは、もっと関係し合って、頼り合って、助け合ったほうがよっぽど自然だ。
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ただし、頼ってくれたらよかったのになんていうのは私はナンセンスだと思う。言わなきゃわかんないとかそういうやつ最悪。
言わない方がマシな時すらあるぞ。私たちは存在から切り離されすぎて、安心感を与える関わり方を忘れすぎていると思う。センス(感覚)が失われすぎている。
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心を許して大丈夫と思える相手がいてはじめて、頼ろうと思えるものだ。弱くても良いよ、頼って良いよ、なんて横暴すぎるでしょ。
だって、強くなるよりももっと大変なみちなんだ。相当勇敢でないと、できないことだ。
もし本当に助けの手を差し伸べたいのなら、自分も弱いことを見抜いて、沢山頼ってみないといけない思う。
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対人支援職のケアを文化にするという目的の事業を行なっている。彼らは私にとって希望だ。
彼らは安心を与えるセンスを持っている、そう信じている。医療、介護、教育、福祉、保育従事者、カウンセラー、そしてコーチ。
彼らを信頼し期待しているし、同志だと思っている。そして、これからの時代をつくる人たちだと思っている。
安心をつくりだす技術と専門性があり、センスを磨いてきている、そして何よりも、意志がある。
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良き助けに溢れ、支援者も安心していられる、やさしさと思いやりのある社会に。
helpwellで体現したいことだ。やれること、やってみたいこと、沢山ある。
構築しそびれた定規の代わりにつくった、地球上で一番気に入ってるメガネ。堂々とかけて、ぴかぴかに、大切にしたい。
そして、これからも弱くも強くもない道を守り抜くと誓って。