第22話 :「叶える」
私の誕生日は1月の終わり。
当然のことながら、今年も1つ年が増えました。
娘は10才になった去年の誕生日に「とうとう私も2桁になっちゃう!」
と大騒ぎしながら、
「私、歌のお姉さんになるのをやめて、保母さんになることにした」と
「『夢』の変更届」を出してきました。
小さいときに私もよく大人に聞かれました。
「夢は何?」、
「えーっとね、…」私は真剣に考えていました。
その問いが段々と「将来何になりたい?」「お前は何がやりたいんだ?」
と変化していく中で、「夢」という言葉の感覚に鈍くなっていったような気がします。
夢を見るよりも、「何になるか?」「何をするか?」を考えることの方が多くなり、
そのために前を見て歩いてきたのかもしれません。
何年か前、もうすぐ40才になるというときに、箱根駅伝を見ながら42.195キロメートルの
折り返し地点に自分の身をおいてみたことがあります。
今が折り返し地点だとすると、ここから今までの距離を逆にたどってみ
たら何が見えるだろう?
でも、どうもうまくイメージできませんでした。
そこで気づいたのは、私はまだ折り返し地点には到達していないということでした。
ひたすら前に進んでいたのです。
最近は寝ているときの夢もあまりみていませんが、現実でも「夢」を見る時間は少なくなりました。
去年たまたま見たテレビ番組で、70才になってから念願だった大学に入学し、
10代のクラスメイトと共に学び語り合う楽しそうな男性の特集をしていました。
コメンテイターのような立場でスタジオにいた小学5年生の男の子は、感想を聞かれてこう答えました。
「夢に勇気を持とうと思いました」
私は前に進んでいます。
時によって速さは変わりますが、走ったり歩いたり時には転がったりして前に進んでいます。
踏みしめたい道もたくさんある、並んで走りたい人もたくさんいます。
その走る先には一体何があるのでしょう? どこに向かっているのでしょう?
改めて「夢」を見てみようと思いました。 実現のために努力する「目標」ではなく、
ふと思い浮かべるだけでなんだかウキウキするような「夢」です。
そう、実現するのではなく「叶えたい」夢です。
この1月、仕事部屋のコーナーの一角を少し変えてみました。
目の前の壁には、1枚の絵が貼ってあります。
昨年2004年6月に描いた夢のクレヨン画です。
そこにはたくさんの人の笑顔があります。
旗や線路、ギターとピアノ、何故かドラムもありそこに家族がいます。
プランコ、ビル、家。海なのか空なのか、その水色の部分にはたくさんのかもめもいます。
眺めているだけでウキウキしてきます。
「叶えたい夢」
今ここから、私は新たな1年を刻み始めます。
気がつけば2018年の夏、あの時(2004.6)に描いたクレヨン画の1シーンが叶っていました。ファミリーバンドの音楽ライブです。
ちょっとこそばゆくもあり嬉しくもあり。。。^^
そう、改めて思いました。
「夢の力」って大きいんだなって!
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