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『AI NOW 2019 Report』抄訳 公的バイオメトリック認証にまつわる課題について

内容を3行で
・指紋や顔認証などのバイオメトリック認証を公的な福祉サービスへのアクセスに活用する動きが各国に広がっている。
・一方で、公的IDデータベースのセキュリティや企業のアクセス権にまつわる問題が発生した事例もある。
・企業による利用をどの程度許可するか、あるいは個人のバイオメトリック情報の収集をどれだけ許容するか、議論の余地は多く残される。

自分の勉強を兼ねて訳したものなので、誤訳などありましたらご指摘ください。

原文:https://ainowinstitute.org/AI_Now_2019_Report.pdf
以下、訳文

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公的バイオメトリック認証システム

公的バイオメトリック認証システムを構築する国が増えている。これは各個人の身分証明となり、一般的に個別の政府データベースへのアクセスのため活用される。多くの国において、さまざまなサービスにアクセスする上で、こうした新しいデジタル身分証明の必要性が増している。指紋や虹彩、あるいは顔スキャンといったバイオメトリック情報はデモグラフィック情報と並び、IDデータベースへのワンタイム認証として、あるいは継続的に使われる認証手段として用いられる。こうしたIDシステムは、居住者か、市民権保持者か、あるいは難民のうちどれを含めるかによってさまざまな種類がある。こうしたプロジェクトの多くはグローバルサウスの国々で実施されている。開発の優先目標として積極的に推進されている(たとえば世界銀行などは「ID4D」の標語を掲げている)だけでなく、国連の持続可能な開発目標達成につながるとして支持を受けている。こうしたプロジェクトは「エンドユーザー」に対する政府サービスの利便性を高めるためとして正当化されているが、直接的な利益は、利害関係を複雑に絡み合わせた民間企業と公的機関にもたらされるように思われる。

たとえばインドでは、おそらくは福祉サービス提供の効率化を目指して導入されたであろう国民識別番号制度が、マーケティング活動や商用監視にも活用できる仕組みになっていた。そしてインドの最高裁判所が介入するまでの間、あらゆる私企業が公的バイオメトリックIDインフラを認証に利用できる状態にあった。そうした企業には銀行や通信事業会社、さらには監査基準やプライバシー保護体制が十分でない個人商店も多数含まれていた。近年の報告では、ガーナ、ルワンダ、チュニジア、ウガンダ、ジンバブエのIDデータベースによって、信用調査所のような「市民のスコア付け」の慣習が大規模に現れている点が指摘されている。

テクノロジーの基幹部分に海外のテクノロジーベンダーが介入することもまた、ケニアやガーナで国家安全保障上の重大な問題を引き起こしている。いずれの国でもIDデータベースへの侵入がこれまで何度も試みられており、先端技術でプライバシーを守るシステムと讃えられたエストニアのIDシステムにはセキュリティー上の欠陥が見つかっている。こうしたデータベースからバイオメトリック情報が漏洩すれば、その被害にあった人は生涯その影響をこうむることになると考えられる。

IDシステムが作成した認証記録の書類、およびデータベース間の情報を集約する機能は、政府の監視インフラの強化につながる。ケニア内務省は近年公表されたバイオメトリックIDシステム「フドゥマ・ヌンバ」について、各市民に関する「真実についての唯一の情報源」を開発したと語っている。

こうしたIDシステムへの登録とデータ収集は強制的に行われる。なぜなら必要不可欠のサービスにアクセスするには事実上あるいは法律上登録が必須だからだ。こうした事例について理解するには、システム導入によって福祉サービスの不正受給者や「幽霊」受給者がなくなりコスト削減につながるという意見を念頭に置く必要がある。これまで同様の論調で、厳格な政策の導入や正当化を目的に技術的システムを活用することが行われてきた。インドとペルーでは福祉サービスの提供拒否の事例が複数発生し、それが栄養失調率や餓死者の増加につながったが、その理由はシステムに登録できなかったこと、あるいは技術的問題により認証ができなかったことにある。

こうした自動システムの効果予測についての懸念、またシステムの恩恵を誰が受け、引き換えにどんなコストが生じるかという懸念はだんだんと増している。今年、ジャマイカの最高裁判所は、「自由で民主的な社会では正当化しがたい」ほどのプライバシーの問題を引き起こすとして、同国の中央集権型強制登録式バイオメトリックIDシステムを無効にした。それから間もなく、アイルランドで新たに導入された「公共サービスカード」の運用について、データ保持や企業と政府間のデータ共有に制約が設けられていなかったと発覚したことで、同国のデータ保護委員会が政府に対し320万人分のID記録を削除するよう命じた。インドのバイオメトリックIDシステムであるアドハーについては、市民からの抗議と戦略的な訴訟が何年も続いた結果、ついにインド最高裁判所は私企業によるシステムの利用にいくつかの制限を設けた(ただし、政府による大規模かつ強制的な運用は許可された)。ケニア最高裁判所は現在、フドゥマ・ヌンバに関する憲法違反の訴えについての審理を行っている。これは顔画像や音声サンプル、DNAデータなど多岐にわたるバイオメトリック情報を収集するとした公的認証システムである。

抗議の声が上がっていても、同様の中央集権型バイオメトリックIDシステムの導入を推進する政府や援助機関は絶えない。この10月にはブラジル政府が中央集権型市民データベースを開発し、全居住者からバイオメトリック情報を含めた広範な個人情報を収集する意図を発表した。フランスでは最新の公的認証の取り組みとして、市民の登録に顔認証を活用するための試験を行う旨を公表した。

こうしたプロジェクトが世界各地で始まっている現在、IDシステムの国際政治経済学的研究へのさらなる注力が求められる。#WhyIDキャンペーンのような市民社会運動は合同で、プロジェクトを国家規模あるいは国際開発協会を通じて推進することについての根本的な問題提起を行い、同時にこうした開発に影響するための支持戦略を策定している。


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