光学迷彩・耐久型
戦闘が局地化し、戦争そのものが少人数でやり合う形になれば、平面上の戦闘は起きにくくなる。極端には、囲んで棒で叩くのが理想的であろう。だが少人数で限られた地形では包囲戦術はしにくい。故に、地形を利用して隠れる、罠を張るなどして奇策的な包囲戦術に考えを凝らしてきた。
迷彩とはその両方を担うもので、地形に溶け込み、狙撃などして戦線を瓦解させる目的がある。それ故、ヘイトも高い役割ではあるが、人の目は経験が判断の8割を占めるために、迷彩の目視はしばしば不可能となる。
そこにある、不可視の恐怖。迷彩の役割とは、恐怖と警戒心を抱かせることによるミスを誘発させる。そこにいたのにいなかったという、思い込みと混乱は目に頼りきる人間の仕方ない間違いであったのだ。
「その日俺は、遅刻して途中参加で出撃したんだ。他は全員強襲で、仕方なく支援に乗って出た。センサーを貼り付け、ガーデニングに勤しんだ。だがそれでも止められない敵強襲の一塊が来てな。全体に注意喚起して自ベースに戻ったんだ。多少コアゲージが削られたが、大きな被害にならなかった。さぁ態勢を立て直そう、センサーは生きてるか、とマップを拡大したらだ。ベース前のプラント以外は真っ赤になってたんだよ!!」
「あー・・・・それは怖いな」
「やっぱり俺にホラー話は無理だ!すまん!」
「そう思う」
若い短髪の男が頭を抱える。体格の大きい筋肉質なおっさんが腕組みして、若者の残念な話に正直な感想を述べる。
ボーダーをやる以上誰であれ世話になるマグメルの休憩室。評価を得に行くだけの職業ボーダーは少なくないが、二人は少なくとも違う。むしろパートタイマーな方だろう。
「なぁ、なんか怖い話知らないか? 急に牛の角が生えて広報活動をしなきゃいけなくなった話でもいい」
「なんでお前はそう身につまされるのような話を怖い話と言うんだ」
「いや、負けると帰る家がなくなるボーダーがいるじゃないか」
「それはそいつだけだ。ともかく、怖い話か。光学迷彩とかどうだ。」
「耐久迷彩か。効果時間が残念なことになっても、鉄火場では怖いが?」
「そうだな。昔は30秒近く連続起動できたのが今では半分だ。登場経緯も、マグメル認可外で通常で使われていたものを、改めてマグメル基準で使用可能にするという、なんとも奇妙な経緯を持つが、それはまぁよかろう。通常の光学迷彩を連続起動させるためにステルスを落としたモデルになるな。」
「だが、いくらなんでもあの音なら気付く」
「そうだ。透明化に時間がかかるし、今ではかなり不遇になってしまっている。だが、生身の戦闘と違い、光学迷彩というものはほぼ不可視になるということだ。音のうるささで認識され、偵察等でマップに映ってしまえば、透明化するメリットはほぼ失われてしまう。だが生身の戦場と違うのは透明化をその都度選択できることにある。乱戦や鉄火場では姿が見えないことで勘違いはよく起きるものだ。」
「ああ、ダメージ負わせてパスしたと思ったら、そのまま奇襲された時は頭がどうにかなりそうだった」
「音のうるささも聞いてなければ問題ないし、起動時間は適切な管理で長くなる。ボーダーが、こんなところに敵の迷彩がいるわけない、と思い込めば必然的にミスが起こる。今や非常にテクニカルな武装だな。」
「見えないことへの心理的プレッシャーや、いるのに探しに行ったら見えなくなっていることへの恐怖ってわけか」
「昔は迷彩といったら、前線スナイパーの攪乱武装だった。ロックできない中で、巧みに繰り出されるクリティカルショット。もしくは、スティッキーボムによる直接のコア打撃。スナイパーではなく、工兵ではないかとよく言われたな。マグメルは不可視からの安全な狙撃を提供したつもりだが、その使用環境を激変させてしまうのはいつもボーダーという悪魔だ。」
「ああ、まさかロックできなくなるという特性を利用して、バリア的に使い、装甲のカバーをしながら格闘してくるなんてな。戦場ってのは何が起こるか分からないもんだ。」
「俺たちはやりすぎた。透明になることで、前線でも痴漢行為に走れると思い込み、戦場を遊び場にしすぎた。」
「・・・・えっ?」
「少女やお嬢様とも違うタイプの無口なあどけない娘を見えない体で追いかけることに快楽を感じていた。施設を潰し、カメラを仕掛け、少女たちの無防備の姿を眺めることも楽ではなくなったのだ。」
「ちょっ」
「だが、透明になることだけではない。遠くからロックズームで観察することもまた有用であることも、今の環境で教えられたものだ。目指すは時止めとマジックミラー号だな!」
マッチョマンが力説していた相手の短髪の男は姿を消していた。透明化したのではない。今、そこにある恐怖を通報した。
ボーダー歴の長さが経験の厚さではない。またその逆も然り。あの武器の意外な使い方を発想させるのは、想定外の使い方ができるほど武器を使い込む熟練度からである。
「また貴方ですか」
逮捕されたマッチョマンの反省房を覗く美人の女性。豊かな胸部から強調される谷間で多くのボーダーが地獄に落ちた。
「今回は、証拠不十分で明日釈放ですよ」
「甘い甘い。そんなものか。」
ボーダー歴の長いベテランは、その経験の長さから道を踏み外し易い。だが、その奇行からか、その風貌からか、妙な存在感がそこにあった。なおすごいことに、光学迷彩は、その全ての存在感を十数秒消してしまうのだ―――。