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特にしたいことはないけど、何かをしていないと落ち着かない

何をしようとしても、何となく身が入らない。でも、何かをしていないと落ち着かないから、何かをしようとする。そんな時間がある。

今まさに、そういう時間になっている。

特に予定はない、卒論作業をする気はもちろん起きない、基本情報技術者試験の勉強のやる気も当然起きない、ゲームをするにも何を?と思うし、天気もさえないから外に出たいとも思わない、借りてきた本はあるが読書をしたいわけでもない、「コンフィデンスマンJP」という映画をみて面白かったが今はもう映画という気分じゃない、Google Mapでの海外旅行は既に大体行ったからもういいかな、ずっと他の人のnoteを読んでいたが、ひと段落ついたのでnoteは今はお腹いっぱいだ。

では何か文章を書こうと思ったが、特に今切実に考えていることもない(私は、そのことについてがっつり考えているときに書きたいと思う人間である)…と思っていたが、あるではないか。「特に何もしたくないけど何かをしていないと落ち着かない」という今の何とも言えない気持ちを書こうではないか。そう思って今、Spotifyで音楽を聴きながら、この文章を書いている。

こういうときは、どうしたらよいのだろうか?

「何かをしないと落ち着かない自分」を変えるしかない気がする。「何もしなくてもいいんだよ」「むしろ、『何もしない』をしているんだよ」と自分に言い聞かせる?いや、これまでちょいちょい言い聞かせてきたつもりだが、それでもまだ落ち着かない。難しい。

私は真面目で自分に厳しく、時間を効率的に使おうと日々心掛けていて、やらねばならないことにほぼ全ての時間を割いている状態である。だから、いざ休みとなっても、「自分にとって心が休まる状態」を作り出すのは中々難しいものだ。つまり、休み方を知らない、または休み方が下手、といえるのではないだろうか。

そもそも自分が何をしているときに心休まるのか、やすらぐのか、今自分はどうしたいのか、などなど、自分の心の声に耳を傾ける必要がありそうだ。どうしたら心地よいのか?どうしたら、「休んだ」感が出るのか?

そう思って今考えてみたが、私の場合はやはり何かをしている方が良さそうな気がする。文章を書いているとき、晴れた日に外出して好き勝手に歩き回っているとき、ゲーム・漫画・アニメの推しについて妄想が捗る(ここ大事、無理に妄想を絞り出すのではない)とき、またはゲーム・漫画・アニメの推しに関して何かしら供給があったとき、思いつくままに動画を作っているとき…これは「休んだ」感が出るというよりかは、心が満たされている時間なのかなと思ったが(笑)

そう考えると、私は無理に「何もしなくていいんだよ」と言い聞かせるよりも、気が乗らなくても何かをしようとしていた方が良いのかもしれない。現に、今文章を書いていたら、次々と頭にネタが思い浮かんできたのである。確か脳科学でも、「人間の脳は今の状態を続けようとする」というお話を聞いたことがある気がする。何かをしていれば、次に何かをしたいという気持ちが沸き起こってくるのではないか?そして「何かをしている」状態において心やすらぐ私は、何かをしようとし続けるのが良いのではないか?

というわけで、現時点での結論は、「何かをしようとするのが良い」となった。

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