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#002 個数の基準をどこにするか

 皆さんは普段何気なく利用しているトイレに "何個トイレがあるか" を意識したことがあるだろうか。 普通、そんな人はいないだろう。 私も特段そんな風変わりな趣味があるわけではないので、意識することはないが、ふと気になった出来事があった。

 その日私は妻と娘と劇場を訪れていた。 娘が通信講座で日頃お世話になっている「トラの仔」の演奏会に参加するためだ。 娘はこのトラの仔、およびその仔の友達にぞっこん、というほど熱中しているわけではない。 ただ他の「アンパンを配り歩く慈善活動家」や、「未来から来た青狸」などと比べると、明らかに好きな部類と言えるだろう。 演奏会があるよと教えた際も、あともう少しで演奏会だよと教えた際も、いつ演奏会かあるのか、あと何回寝たら演奏会か、誰と行くのか、その日はどのご飯を食べてから行くのか等と、数日に渡って事情聴取が行われた。 この事情聴取は入眠儀式(我が家では絵本を読んでいる)を終えた後に突如始まるからたちが悪い。 こちらは早く寝かせたいので適当な相打ちで応対しようものなら、父はやる気が無いものとみなされ、怒りの矛先を向けられることとなる。 
 話を戻そう。 トラの仔の演奏会にはそれはもう多くの家族が参加する。 子供だけで来られる年齢の家族はほぼ居ないため、トラの仔のファンと2名の同伴者がだいたいどのグループにも居た。 ベビーカー置き場は折りたたまれたベビーカーで埋め尽くされ、空いたベンチでは多くの家族が軽食、あるいはミルクの真っ最中。 トラの仔、あるいはその友人であるウサギや鳥の看板の前は、推しの撮影スポットとして、ちょっとした列が作られている。 とにかく、どこもかしこも子供とその家族であふれ、BGMは劇場に来た家族の声で自然にできあがったホワイトノイズでかき消されるほど賑わっていた。

 唯一BGMが聞き取れる所。 それが幕間での男子トイレであった。 劇は冒頭から人気キャラクター達が歌う定番ソングで大いに盛り上がりを見せていた。 幕間に向かう最後では、トラの仔と、その友達である緑鳥の仔が些細なことで口論になり、緑鳥の仔が家を飛び出していった。 製作者からすれば、ちょっとした物語の盛り上がり、あるいはスパイスのつもりだろうが、彼らを愛してやまない子供たちにとっては大きな衝撃である。 劇場内は泣き声に包まれ、見るからに不安な顔をした子供たちが親に救いを求めている、そんな空気感が生まれていた。 こうなると父親より母親が子に頼られがちなのは多くの家庭でも同様なようで、女子トイレは母親とその子供たちで長蛇の列。 日頃の行いの報いか、人望のない男どものトイレはガラッガラなわけだ。 ここで初めて天然のホワイトノイズにかき消されていたのがトラの仔たちが歌う曲だったことに気づいたわけだ。

 そんなガラッガラな男子トイレがいつもにましてガラッガラに感じる。 なぜだろう、と、周りを見渡して気がついた。 トイレの個数が圧倒的に多いのである。 同じように人が集まるショッピングモールなどと比べると、その数は数倍に及ぶだろう。 なぜここまで個数が必要なのか。 トレイに設置する個数の基準はどのにあるのだろうか。 そんなことを考えながら妻と娘を待つこととした。私なりの回答はすぐに出てきた。 私が思うに、その答えは単純で、劇場はまさに今起きているように、幕間、という極めて短期間に大勢の人がトイレを利用するため、というものだ。 たとえ、ほとんどの時間トイレを使用する人が居なくとも、この”幕間”で捌き切らなければ、その劇場には苦情の嵐が吹くだろう。 何しろ時間は限られている上に、遅れれば有料コンテンツが始まってしまうのだから。 一方ショッピングモールのように人が流動的かつ利用時間が散発的ならば、利用客が多くてもそこまで多くのトイレが必要ないのだ。
 つまりトイレの個数の基準は、「一日あたりの利用者数」ではなく、「単位時間あたりの利用者数」をベースに考えられているのであろう。 だからショッピングモールのように人が流動的ながら、常にトイレ利用客が殺到するパーキングエリアでは多くのトレイが必要となるし、家族の生活リズムが揃うご家庭ではトレイが2つあると便利となるのだろう。

 ふむふむ、なるほどなるほど。 また一つ物事を深く見ることができ、賢くなった気がする。 などと悦に浸りつつ、ふと先程の光景を思い出した。

 そこには十数個のトイレがあるのに、利用客はおっさん3名。 みなカジュアル過ぎず、かといってフォーマル過ぎず、行ってしまえばどっちつかずの”休日のお父さん”スタイル。 そんな風貌の3人が用をたしているBGMには、そりゃもう明るい曲調で「常夏なっつなーつ」とか「パイナップルップル」などと陽気な歌が流れている。 流れているBGMがよくわからないジャズやクラシックの類ならしっくり来るだろう。 しかし流れているのは丸っきり幼児向けの底なしに明るい曲。 「常夏なっつなーつ」とおっさんが3人耳を傾けながら、黙々と用をたしている。 
 伝わるだろうか、このシュールさ。 一体私は何をしているのだろう、と妙な冷静さを取り戻してしまう。 先程までの娘の笑顔が脳裏からかき消され、明るいBGMのなか”おっさんのケツ”がしっかり脳にインプットされてしまった。

 物事に適切な言動、服装があるように、BGMにもTPOは存在する。 BGMによって客はそのお店の格式を感じることも、リラックスすることもできる。 子持ちならば少しマスキング効果のある曲が流れているレストランでは、子供のちょっとした言動や食器の音が文字通りマスキングされるのでホッとできたりする。 これと同様に”トイレにピッタリのBGM”はないだろうか。 この音を聞けば”あぁ、安心してトイレができる”と思えるような、マスキング効果もあり、落ち着けるような音が。
 私にはパッと良い音は思いつかなかった。 唯一思いついたのはディズニーシーなどのエリアの切り替わりに流れる滝の音だけだ。 確かにマスキング効果も落ち着きも出せる音のような音ではあるが、トイレで流れていたら、なんだか汚くないだろうか・・・。

 ぜひこれを最後まで読んでくださった読者の方で「トイレにはこんな音楽が最適!」と思いついた方がいれば教えてほしい。 そうして皆に浸透する”ある音楽”が広まれば、それを聞けば皆便意を催すという凶悪な兵器としても使えるかもしれない。


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