佳き日、楽しい日
先週末、近くの川にコーヒーを飲みに行ったんですよ。
不定期にやるんですけど、そのときは普段使っている仕事用のリュックを空にしてキャンプ用のイスと充電器、文庫本を入れて。
もちろん、川にコーヒーは売ってないんで近くのコンビニでペットボトルに入ったコーヒーとちょっと菓子パンとか買って。少し前に流行った豆から淹れるコンビニコーヒーだと持ち歩きに不便だから、ペットボトルに入ったコーヒー。
そのまま河原に行って、イスを置いて、ぼーっとコーヒーを飲むだけです。景色がきれいなんだから写真もきれいだねとひねくれたことを思いながら、たまにあざとエモい写真を撮ったりする。
文庫本は持っていっただけで読まずに音楽を聞いているだけのこともあるし、普通にYou Tubeをみて、家と変わんないやん。みたいなことを思いながらやっぱりたまには家でなきゃなーって毎回思ってホクホクするんです。
んでまぁ、こんな風にたまに外で過ごしたくなるのもきっかけがあって。
そのきっかけになったのは「BEAUTIFUL」という曲だったんですよ。
20代ではじめて聞いてきれいな曲だなーって思ってギターで練習したりして。あー3拍子(正確には6/8拍子。ハチロクなんていう人もいるらしい)の曲って独特の焦燥感とか訴えかけてくる曲多いかもとか思って、ハチロクの曲ばっかり弾いてた。
そっから10年くらい経って、日常というのはわけもわからない間に流れていくんだなーと感じるようになったんだよね。
なんかそんな時に昔聞いてた曲を聞き返すようになった。好きな曲はたくさんあるんだけど、その中でもこの曲は地味部類。だけどしみる。
これ聞いてお外でコーヒーを始めたんです。いやーホントおっしゃる通り。そんなもんでいいよねって。
ここはおとなになって聞こえ方が変わったところなんですよね〜
20代はわかりたいことがたくさんあったし、今もあるんだけど、どんどん減ってく。
んで、これがさみしくないの。むしろしっくり来るの。
半径1メートルの幸せみたいなことを考えてくと、結局人類の愛情より、隣の人が風邪ひいてないかなとか。あんまり大事じゃない人のことより、隣の愛する人よね。とか。
諦めじゃなくて、受け入れてる感じが好きなんです。
諦めてもいいんだけど、僕にとって受け入れるって言葉は温かいからしっくり来る。
吉井さんがお子さんの頬をなでる画がいつも浮かぶ。吉井さんのバックボーンとか愛の捉え方とかを知って聞くと吉井さんという人が愛をどう捉えてきたかがここから感じられる。
あ、あとこの曲で赤子は祈りなんだってはじめて知ったかも。
今日は美しい。
こんなシンプルな言葉に至りたいなって思うから、河原でコーヒー飲んでみたりしてる。
今日を美しくするのってコンビニのコーヒーと菓子パンくらい身近で、だから受け入れた毎日は美しいんだなって思ったわけです。
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