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【往復書簡エッセイ No.9】乙女がおばあさんになっても

レラちゃん、こんにちは!

お父さんが周りとのコミュニケーションを諦めてなくてよかったです。ふとした気づきが、変化のキッカケになることってあるよね。

私も両親それぞれの衰えについて、なぜここまで放置したのか……と思うことも。その件は、いずれまた改めて。

今回は、親のプレ介護の悩みから少し離れて、山あいの小さな町へ行ってみませんか? 


乙女がおばあさんになっても

数年前、母と九歳違いの兄である、伯父のお墓参りに行った。七回忌を過ぎたころのことだ。

関東地方のその町は、周りをぐるりと山に囲まれた盆地にある。深いV字谷の底を流れる川が、元からの市街地と在郷地区を分けていた。いまは統合されて一つの市になっている。

母だけでなく父の故郷でもあり、子どものころは祖父母や伯父伯母の家によく遊びに行った。親戚はみな市街に住んでいた。子ども心に、川の向こう側はちょっと遠い場所というイメージを抱いていた。橋の上から川を見下ろすと、あまりの高さにクラクラしたものだ。

昭和40年前後に、伯母は川向こうの地区から伯父に嫁いだ。料理上手で冗談好きな明るい伯母と、私の母曰く、ちょっと偏屈な伯父。二人はいつも軽口を叩き合い、ときに辛辣な言葉を放ち合っていた。子どもの私からすると、仲がいいのか悪いのか、よくわからなかった。

お墓参りのあと、いまは一人暮らしをしている伯母の家に立ち寄った。

伯父がいたころとは室内の雰囲気がかなり変化していた。数年かけて断捨離したのだという。伯父は何でも取って置く人で、茶の間の片隅にさまざまな物を積み上げていた。そこを定位置に、ガラクタに埋もれるようにして座っていたものだ。

あとかたもなくスッキリと片づいた部屋で、伯母が小さな箱いっぱいの古い写真を見せてくれた。おそらく断捨離のときに厳選したのだろう。

地元の橋を背景に新婚時代の伯母を写した一枚があった。20代の伯母が、セットアップのジャケットとスカートでおめかしして、輝きを放っている。

写真を裏返すと、伯父の字で「橋のたもとに佇む乙女」とあった。新妻を慈しむ伯父のまなざしに、私は少しドギマギした。知らなかった伯父の一面を見たようで。

伯父の若かりしころの写真も数枚あった。結婚前の私の母の姿も見える。懐かしそうに写真を眺めながら、伯母がしみじみと呟いたのを私は聞き逃さなかった。

「いい男だねぇ」

伯母がそんなことを言うのを初めて耳にした。私の胸の鼓動はさらに高まった。伯父のロマンチックな裏書きに、伯母の心は乙女時代に飛んでいったのかもしれない。

そうか、おばさんはおじさんに惚れていたんだ。もちろんおじさんの方も。悪口ばかり言い合っているように見えた伯父と伯母を、愛や恋に結びつけて考えたことなどなかったけれど。

知っているはずの人々の、知り得なかった時間を思った。80歳を過ぎてなお、恋バナするように亡き伴侶のことを語る伯母が、とてつもなくチャーミングに映った。

伯父に伝えたくなった。おじさんの乙女は、おばあさんになっても乙女のままだよ、と。

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