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TDLの思い出
暖炉のそばで、ロッキングチェアーに揺られる一人の翁がいた。彼のもとに、孫が駆け寄ってくる。
孫:おじいちゃん!おじいちゃん!
翁:おお、今日も元気じゃのう。
孫:今日もおじいちゃんの昔話を聞かせてほしいな。
翁:そうかそうか。じゃあ、今日はおじいちゃんの東京ディズニーランドの思い出をお話ししてあげよう。
孫:やったー!ぼくディズニー好きだよ!
翁:ほっほっほ。そうかそうか。
翁:おじいちゃんが最初にディズニーに行ったのは、たしか2歳の頃じゃった。おじいちゃんのお父さん、お前さんのひいおじいちゃんじゃな、彼がの、仕事でディズニーのチケットをもらって、それで行けることになったんじゃ。
孫:タダってこと?
翁:そうじゃな。ひいおじいちゃんが仕事をがんばっているからもらったんじゃろうから、タダでもらったんじゃな。ひいおじいちゃんのおかげじゃ。とにかく、その時に行ったディズニーが、わしの最初のディズニーじゃった。
孫:何に乗ったの?
翁:これがの、わしは何も覚えておらんのじゃ。ただ、聞かされたのは、とにかく2歳の子どもには、何一つ乗れるものがなかった、ということじゃ。背の高さが足りておらんかったので、あれもこれも、引っかかってしまっての。
孫:え〜
翁:しかもその日は雨での。何一ついいことがなかったんじゃ。じゃが、ただ一つ、乗ったものがあった。それがよくわからんバスじゃ。
孫:よくわからんバス?
翁:そう。どうやらわしはそのバスをいたく気に入ったようでの、わしは駄々をこねる子どもではなかったんじゃが、その時生まれて初めてダダをこねたというんじゃ。大泣きして、「もう一度乗る〜!!」と言ったそうじゃ。
孫:おじいちゃんにもそんな時があったんだ!そんなにすごいバスだったのかな?
翁:わしも覚えておらん。じゃが、その時の写真が残っておるのじゃ。それを見ると、レインコートを着たわしが、顔をぐしゃぐしゃにして泣いておるのじゃ。これがまあ、自分のことなのになんともかわいくての、ばあさんや。ばあさん、写真はなかったかのう?ほら、あのディズニーのやつじゃ。そうか。知らんか。
孫:いいよいいよ。とにかく、おじいちゃんが子どもの頃、ディズニーではじめて駄々をこねたんだね。
翁:そうじゃ。屋台のわたあめも、サービスエリアのソフトクリームも、ゲームソフトもねだらなかったわしが、ディズニーのよくわからんバスには駄々をこねてでも乗りたかった、ということじゃ。
翁:それからしばらくディズニーに行くことは無くての、次に行ったのは中学生に入ったばかりの時に、母と行ったのじゃ。
孫:そうなんだ?小学校では行かなかったの?
翁:小学校の卒業旅行というものがあって、わしの1つ上の子たちはディズニーランドじゃったが、わしらはマザー牧場じゃった。まあ行かなかったのじゃ。
孫:かわいそう。
翁:まあ、わしはそんなに行きたいとも思わなかったからそれは別にいいんじゃ。マザー牧場でバターを作る方がマシじゃった。中学校に入って母とディズニーに行ったのは、まあ母のたっての望みみたいなものでな。
孫:どうして?
翁:わしの中学校は、2月に入試があるところで、入試休みというものがあったのじゃ。入試休みは、平日なのに学校が休みでの。母は、どうしても平日にディズニーランドに行ってみたいという望みがあったそうでの、それで行くことになったのじゃ。
孫:ひいおばあちゃんは、平日の空いているディズニーに行きたかったんだね。
翁:そうじゃな。あとは、わしがこれ以上大きくなったらなかなか行けなくなるだろう、というのもあったのかもしれん。とにかくわしと母はディズニーに行ったのじゃ。ただ、お前さんはまだわからないかもしれないが、中学生というのは微妙な年頃での、なかなかこう、母とディズニーランドに行くということにちょっとした恥ずかしさを覚えてしまっていたものじゃ。
孫:へえ、どうして?
翁:どうしてかはうまく説明ができんがの。お前さんも中学生になればわかるじゃろう。わしと母はディズニーランドに着いたのじゃが、平日なのに、ディズニーは人でごった返していたんじゃ。
孫:そうなの?
翁:入試休みをあてにしてディズニーに来る中高生が想像以上に多かったのじゃ。ほとんど制服を着ている女子たちばかりじゃった。みんな考えることは一緒ということじゃな。
孫:そうなんだ……。じゃあひいおばあちゃんはがっかりしちゃったのかな。
翁:そうじゃな。「これじゃいつもと大して変わらないじゃん〜」とあてが外れたようじゃった。まあ、なんだかんだで色々乗り物に乗ったんじゃ。ビッグサンダーマウンテンにだって乗ったさ。あまりしっかりと覚えておらんのじゃが、気恥ずかしさがありつつも、充実した1日ではあったと思う。そして帰る段になった。最後にキャストの誰かと写真を撮って帰りたい、と思ったのじゃが、ミッキーもドナルドダックもグーフィーも、人気の連中は大行列していて、とてもじゃないが写真が撮れる感じじゃなかったんじゃ。
孫:どうしたの?
翁:わしらは肩を落として、諦めて自分達だけで写真を撮ろうとした。そうしたら、なんとフック船長が話しかけてくれたんじゃ。
孫:フック船長なんかと写真撮ったの?
翁:なんかって何さ。撮ったさ。人気のない彼になんだか愛おしさが沸いてしまっての。きっと彼に心無い言葉を浴びせる者もいたんじゃないかと思うんじゃ。「え〜フック船長?」みたいなことをたくさん言われてきたような、なんかそんな背中をしておったんじゃ。
孫:ふーんそうなんだ。
翁:わしにとってはフック船長はわしらのような人間にも慈愛を注いでくれた、かけがえのない存在なんじゃ。じいちゃんはピーターパンを見たことがないんじゃが、きっと愛にあふれた勇敢な海賊なんじゃろうな。人気がないのが不思議なくらいじゃ。
孫:……。
翁:最後にもう一つ思い出があるんじゃ。これはじいちゃんが中学校の時の話じゃな。ついにわしは友達とディズニーに行くことになったんじゃ。
孫:いいね!どんなお友達と行ったの?
翁:修学旅行というか、学年が20人ずつくらいのグループに分けられるイベントがあっての。それが終わったあと、「みんなで春休みにディズニーに行こうよ!」と盛り上がったんじゃ。
孫:青春って感じだね!
翁:お前さんも青春って言葉がわかるのかい。立派なもんだね。ああそうさ。青春ってやつさ。男も女も入り混じったグループで、女の子の方が多かったくらいじゃ。
孫:へー。
翁:わしは「行きます」と言ったんじゃが、同じグループにいた、わしと同じ……うーん、なんと言えばいいかのう……
孫:陰キャ?
翁:そ、そうじゃな……。その、陰の者たちは、わしが知らぬ間に不参加を表明しておったのじゃ。それを以てわしも行かない、ということはなかなかできんもんじゃったから、比較的明るい男と言い出しっぺの女の子たちだけで行くことになったんじゃ。
孫:なんかイヤな予感が……。
翁:いや、心配には及ばんよ。トラウマが残るようなことがあったわけではない。むしろその逆じゃ。
孫:そうなんだ!続きを聞かせて!
翁:そうじゃな。まあ、そんなこんなで春休みを迎えたんじゃが、前日になってあることに気がついたんじゃ。
孫:なあに?
翁:集合時間が分からなかったんじゃ。
孫:……えっ?
翁:何時にどこに集まるのか、わしはわからなかったんじゃ。よく考えてみると、誰が行くのかも正直よくわからなかった。主催者の連絡先も、陽の者たちの連絡先も知らなかったんじゃ。当時はLINEってものもなくてのう、行く人たちだけのグループとか、そういうものもなかったんじゃ。
孫:おじいちゃん……
翁:それで、その、まあ、そんなに行きたくなかったからな、ってことで、手当たり次第に電話をかけるとか、そういうことはせず、その、結局わしは行かなかったんじゃ。
孫:……。
翁:朝起きると携帯に5件くらい着信があっての。「ああ、この子に聞けばよかったのね」と、答え合わせができての。折り返しはしなかったんじゃ。なんだか怖くての。
孫:……zzz
翁:ああ、もう寝てしまったか。……あとで聞いてみたら、集合時間を聞かされていなかったのはどうやらわしだけだったそうじゃ。でもな、おじいちゃんは行かなくてよかったと思っておる。行ってたらどんなトラウマが残ったか分からない。この程度で済んだことは、本当によかったと思っているんじゃ。逆にむしろ申し訳ないくらいじゃ。わしがしたことはいわゆる「ドタキャン」じゃ。それも人のせいにするドタキャンじゃろう。どう考えても聞かなかった奴が悪いじゃろう。それなのに、こうして、みんなのせっかくの楽しい思い出に罪悪感という泥を塗ってしまったのじゃ……。謝れるものなら謝りたいよ。次に学校に行った時に呼び出されて、すごく申し訳なさそうにお土産をもらっての。その時のお土産は申し訳なさすぎて結局食べることなく賞味期限が過ぎてしまった。それ以来わしはディズニーには近寄らないようになった。これは懺悔じゃ。やはり、わしは……
翁は孫をロッキングチェアーに寝かせ、そっと毛布をかけた。
翁:ばあさんや、ちょっと出かけてくるよ。
嫗:こんな時間にどちらへ?
翁:最後の冒険ってやつさ。