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尺八ってどんな楽器なの?

この文章を読まれているみなさんは尺八という楽器をご存知でしょうか?名前は知っているけれどどんな楽器なのかはよくわからないという方が多いのではないかと思います。本稿では尺八がどんな性質を持つ楽器なのかについて記していきたいと思います。本稿を読めばみなさんの尺八知識の偏差値が70を越えることは間違いないです。(一般市民の平均が低いため)
なお、筆者は三曲合奏などの伝統的な合奏の経験や、琴古流古典本曲など、伝統的な尺八の楽曲・奏法に対する造詣が浅いため、本稿ではその辺りの詳細な説明は少ししかしません。あくまで西洋の楽器とのアンサンブルなどにおいてどういう感じなのか、という、いささかミーハーな観点での記事になりますことをご留意ください。本稿に書いてある内容は尺八の深遠な世界のほんの入口にすぎないのです。

BGMが欲しい人向けに動画を一つ貼ります。尺八がかっこいいのでぜひ聴いてください。

尺八の定義

尺八とは、ざっくり一言で定義すると「縦笛」です。縦方向の管に前と後ろ合わせて五つの穴が開いている代物です。(七つのケースもあり)

材質はなんでもよく、定義には関係しません。竹が有名ですが、木製のものやプラスチック製のものもあります。原理的には穴が開いている細長い棒に、切れ込みを入れればなんでもいいです。したがって、塩化ビニルの水道管を尺八にしている人も、鉄パイプを尺八にしている人もいるのです。鉄パイプのを吹いたことがありますが、笑っちゃうくらい重くて、吹いた後手が鉄棒の匂いになります。また、中をくり抜いた人参を使ってステージ上で尺八を吹き、演奏後人参を食べた人もいるという伝説を聞いたことがあります。(食べ物で遊ぶのは良くない)
とにかく重要なことは、材質はなんでもよく、特定の構造をした縦笛は尺八と呼んでいい、ということです。ただし、どういうわけかやっぱり竹か木製が一番いい音です。

管の長さは決まっています。一般的なものは一尺八寸管と呼ばれていて、およそ54cmあります。後述しますが、尺八は移調楽器というジャンルの楽器でして、一尺六寸管だとか、二尺四寸管だとかさまざまなものがあります。マイナーな長さの管はそうおいそれと売ってないのですが、それでもコレクターはいろいろな種類の管を集めています。

どうやって音が鳴るのか

尺八は「エアリード楽器」というジャンルに属しています。つまり、唇を使って気流を生み出すことで音を出すということです。これがどういうことなのかは正直筆者にもあんまりわかっていないです。俺たちは雰囲気で尺八を吹いている。楽器をやっている人には、フルートと同じ原理で音が鳴ると言えばパッと理解いただけるかもしれません。

尺八は先端部分に切れ込みが入っています。この切れ込みのことを唄口と呼びまして、これが尺八の心臓とも言えるほど大事な場所になります。ここが傷つくと尺八はおしまいです。

尺八の唄口

尺八を吹くときには実は管を咥えることはしません。下唇を管の上に置いて、その状態から唇を横に引いて口を細くします。その状態で、唄口に向かって息を、ちょうど外と中とに二分するように吹き入れると、音が出ます。文字だけだと何を言ってるのかさっぱりですね。この音を出すのが非常に非常に難しいです。コツを掴むまで掠れた息の音しかしないのです。ペットボトルでも同じことができるのでぜひやってみてください。

縦笛といえば、リコーダーを演奏したことがある方が多いと思います。リコーダーは先端を咥えて息をトゥートゥーと吹き入れるだけで音が出ました。あれと同じ要領で、咥えて息を入れれば音が出るんじゃないの?と思う方もいらっしゃるかもしれません。実は、リコーダーにも切れ込みが入っているのです。押さえる穴と別に穴が空いていて、そこを抑えながら吹くと「ビィッ」という音がするものがあったと思います。リコーダーは、息を吹き入れるだけで切れ込み部分に自動的にいい感じで息が当たるように巧みに設計されているので、何も考えずに息を吹き入れるだけで音が出るというわけです。切れ込みが思い出せない方は以下のページを見てみてください。「これか!」っていうのがわかると思います。


というわけで、尺八がMT車だとしたら、リコーダーはAT車であると言えば分かりやすそうです。尺八は難しいぶん、自由度高くいろいろなことができるのです。

基本的な音階

リコーダーの穴は10個ほど開いていますが、尺八の穴は5個しかありません。これで西洋の音階が出せるのか、というと、しっかり全部出せます。

一尺八寸管の場合、すべての穴を塞いだときに西洋のD(レ)の音が出ます。そこから一番下の指を離すとF(ファ)、もう一つ指を離すとG(ソ)、もう一つ指を離すとA(ラ)、そして前の指を全部離すとC(ド)の音が出ます。これらが基本的な一番出しやすい音です。レファソラドの音階は民謡音階と呼ぶそうです。

そして、息を吹き入れるスピードを上げると、音が1オクターブ上がります。難しいことはよくわからないのですが、倍音のバランスが変わることによるものなんだそうです。オクターブ上がった音をかんの音と呼び、上がる前の音をおつの音と呼んでいます。(りょと呼ぶこともあり)がんばると甲の音よりさらに1オクターブ高い音が出ます。これを大甲(だいかん)と呼んでいます。大甲より上はなく、大甲の音はそうおいそれと出せません。というわけで、尺八の音域は2オクターブとプラスアルファくらい、というのが一般的な話になります。

首の角度を変える

さて、ここで全読者が気になっているであろう、尺八でレファソラド以外の音を出す方法について記していきます。結論から申し上げるとそれは「首の角度を変える」ということです。

尺八は唄口に向かって、中と外に息を二分するように吹き入れる、という話を先述しました。実は中と外に入っていく息の量のバランスが変化すると、音程が変化するようになっているのです。首を下げる(下を向く方向に動かす、管の中に多く息を入れる)ことをメリ(メル)と言います。メリの音は音程が下がります。首を上げる(上を向く方向に動かす、管の外に息を多く入れる)ことをカリ(カル)と言います。カリの音は音程が上がります。(※この概念が「メリハリ」の語源になっているようです。メルカリの語源ではありません。)
このメリカリ技術を使用することによって、細かく音程を出し分けることができます。指遣いと、このメリカリ技術を組み合わせることで、西洋の音階である12音をすべて出すことができるというわけです。

勘のいい読者の方はお気づきだと思うのですが、尺八は首の角度をちょっと変えると音程が変わることから、ピッチを合わせるのがとても難しいです。複数人数で合わせるために、尺八の入門者は、チューナーなどを使って正しい音程を出す練習をかなりの時間やることになります。

尺八 as 移調楽器

尺八は移調楽器であるという話を冒頭でしましたが、ここまでの予備知識があれば理解できると思います。尺八には指遣いによって簡単に出すことができる音階と、メリカリを使いこなさないと出せない音階があるのです。

一尺八寸管の場合、出しやすい音とそうでない音はそれぞれ以下の通りです。(これは筆者の個人的感想にすぎず、実際は個人差があります)

C:◎(ただし低い音を除く)
D♭:△
D:◎
E♭:×
E:◯
F:◎
G♭:△
G:◎
A♭:△
A:◎
B♭:◯(人によっては△)
B:◯(人によっては△)

凡例
◎:大歓迎
◯:指遣いでカバーできるのでまあ出しやすい
△:ちょっと嫌
×:とても嫌

たとえばキーがCの曲であれば、◎◎◯◎◎◎◯◎という感じで全音階ちゃんと出しやすいのですが、半音上がりの転調をしてキーがC♯になると、△×◎△△◯◎△という感じの出しやすさになります。簡単に出せる音が音階の中で2つしかなく、これは地獄です。すごく上手い人なら演奏はできるのかもしれませんが、メリ音カリ音は普通の音より音量も小さくなってしまうため、頑張って吹いたところであんまり気持ちよくない演奏になってしまうのです。「こなーーーーゆきーーーー」の「な」の部分だけ音量が小さかったら嫌ですよね。そんな感じで調ごとに向き不向きがあるのです。

尺八は管の長さが一寸短くなると指遣いはそのままにすべての音が半音上がります。長くなるとその逆です。ですから、たとえば、C♯のようなキーの曲では、一尺七寸管を使うことで、音の出しやすさが◎◎◯◎◎◎◯◎になるというわけです。このように、曲の調によって音の出しやすさが異なるため、調ごとに最適な管が決まってくるのです。これが尺八が移調楽器と呼ばれる所以です。

なお、尺八の曲で一番聴き馴染みがあるのではないかと思われる宮城道雄作曲の「春の海」という曲は一尺六寸管で演奏します。BGMが切れた方は以下からぜひ音量の大きなEの音をお楽しみください。

なんでこんなわけわからん楽器をやるのか

ピッチを人と合わせるのが地獄、キーに応じて管を用意しなきゃいけない、そもそも音が出るようになるのも難しい、何が楽しくてそんな楽器をやっているのか?リコーダーを吹けリコーダーを、と思うかもしれません。一理あります。ただ、そんなわけのわからない楽器が淘汰されず生き残っているのには理由があります。本稿の序盤あたりで、「リコーダーがAT車だとしたら尺八はMT車だ」という話をしました。リコーダーに比べて尺八はいろいろできるのです。

尺八の技法の中で代表的なのは、ビブラートをかけることができるというものです。首の角度を変えることで音程が変わることから、首をぶんぶん振ることによって音程を揺らすことができるのです。ただ、音を途切れさせずにこれをやるのが本っっ当に難しく、その難しさから「首振り三年」という言葉があるほどです。わたしは3年以上尺八をやっていますが首振りは上手くないです。なお、上手い人は首を揺らしながら息の強弱をコントロールして、ビブラートを多層的にするだけでなく、通常よりも長く息を持たせるという技も使っています。これができれば肺活量があまり要らない、だから老人にも尺八は可能なのだ、という話も聞きます。ほんとかよ。
なんにしても、上手い人の首振りは聞き惚れるほど美しいです。首振りの技だけでも突き詰め甲斐のある概念です。

また、もっとポップな(?)技でいうと、「ムラ息」というものがあります。これは、口の中で乱気流を起こす(???)ことによって息を爆発させるような音を出す技です。時代劇なので武装した僧が人を切り捨てた時なんかに流れる音です。定義はあやふやですが、息を爆発させるような音を出したあと、そのまま普通の音に戻ってロングトーンを吹くのです。西洋の楽器に同様の概念はないのではないでしょうか。なお、筆者はまだこの音を出すことはできません……。

(ムラ息は1:18くらいの音です)

また、尺八の古典的楽曲は、我々の常識を超えた音楽です。尺八は移調楽器という話をしましたが、そもそも古典的な尺八の曲は調という概念がないそうです。また、楽譜にどのくらい伸ばすのか書いてなかったりなど、拍という概念がない曲もあったりします。西洋の音階は出せますが、元はといえばそれを出すための楽器ではなかったんだと思います。古典的な尺八の曲は、息遣いがそのまま曲になっているというか、演奏することがその人の精神世界を直接表現するような、そんな凄味を持っているものがあります。聞けば聞くほど面白く、人生つまらんなと思ったときに聞くと思わぬ深みを感じることができるかもしれません。

わたしが用意してきた話は以上になります。これらの話は流派によっても全然違いますし、師範の数だけ音があるような世界です。本稿で尺八に興味を持った方が少しでも尺八の深遠な世界に自ら足を踏み入れてくださることを願っております。あと、カラオケで尺八を演奏している人がいたら、勝手にキーを上げ下げするのはやめてあげてくださいね。

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