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究極のマッチングサービス
(※この話はフィクションです。実在する人物や団体とは関係ありません。)
相馬竜之は金融業界のシステムエンジニアをしている。若くしてプロジェクトマネージャーになった彼は、日夜使えない協力会社の人間たちを取っ替え引っ替えしては罵倒し、上司や客に対して説明責任を果たしていた。このプロジェクトにいると、協力会社のことを人間だと思っては仕事できない。多くの人間の心と体を犠牲にしながら、彼はプロジェクトを回し、地位を保ってきているのだ。彼の人生のスタンスはただ一つで、それは「常に最適を求める」ということだ。仕様も、スケジュールも、人員も、報告内容も、常に「最適」と信じられるものしか許さなかった。上層部からの信頼は厚かったが、同僚や部下たちからは恐れられていた。
そんな相馬には悩みがあった。仕事ばかりしていて、出会いがないということだ。仕事の忙しさのあまり、3年前に学生の時から付き合っていた恋人とは別れてしまった。そろそろ結婚をして身を固めたいと思っていたが、趣味もなく、休日も仕事をしなければならない相馬にとって出会いを見つけるのは至難の業だった。また、何より、恋人と言うのは「これが最適だ」という根拠をつかむのが難しい。えり好みをしているわけでもないのだが、この人となら付き合っても構わないという判断を下すハードルが高くなりすぎて、恋人ができない状態が続いていたのだ。
そこで目をつけたのが、内閣府のやっている、AIによる高精度マッチングサービスだった。マイナンバーカードに紐づけられた数々の行動履歴などから最適な結婚相手を見つけてくれるというものだ。相馬にとって、相手を見つけてくれるということよりも、「最適」という言葉こそが何よりも魅力的に見えた。結婚相手という、人生の中でも極めて重要なファクターに対して、人工知能による最適解を提示されるのだ。これは彼の人生のスタンスにもピタリと一致している。
そのサービスを知った相馬はすぐに申し込みをし、役所へと向かった。
「42番の方―!」
呼び出されて窓口に行くと、係員の女は、事務的に彼に一枚の紙を差し出した。そこには彼の結婚相手として「最適」とされる、一人の女性の情報が載せられていた。彼は紙切れを見て、係員の女に尋ねた。
「どういう根拠があってこの人を俺に割り当てたんですか?」
窓口の女は吐き捨てるようにいう。
「知りません。AIは判断はできますが、理由を説明することはできませんので。」
相馬は黙り込んだ。彼はシステムエンジニアをやっているのでその辺のことはなんとなくわかっていた。たしかにAIのやっている機械学習では、数多くのデータから大括りに傾向を捉えて、判別をすることしかできない。だから、この紙切れに書いてある女がなぜ自分に相応しいのか、AIにはそれを説明することができないのだ。パラメータは本当に適切なのか?本当に適切なデータから学習させているのか?気になることは多かったが、係員の女に聞いたところで何が得られるわけでもなさそうだった。
「会ってみたら何かわかるんじゃないですか。連絡先もそこに書いてあるんで。」
考え込んでいるように見えた相馬に、窓口の女はさっさとどこかへ行けと言わんばかりの言葉をかけた。相馬は無言でその場を立ち去り、連絡先に記載されている電話番号をケータイに打ち込んだ。
お見合い当日。相馬は普段よりも少し高級なスーツを着て指定された場所へと向かった。駅からタクシーを乗り継いで数分。足取りはあまり軽やかではない。
待ち合わせ場所の椅子に座り、数分待つと、紙に書かれていたのよりもさらにみすぼらしい女が現れた。
「近藤みゆきです」
相馬は彼女に軽く会釈をした。
「どうしてあたしとお見合いをしようと思ったんですか?」
近藤が尋ねる。相馬はぶっきらぼうに、
「AIによるとあなたとわたしの相性がいいということでした。それだけの理由です。わたしは『最適』な結婚相手を求めています。」
と答える。近藤はクスッと笑った。
「かわいそうな人ね。」
「どういうことだ?」
いきなり侮辱的なことを言われたので、相馬の感情のスイッチが入ってしまった。もうこの女とは丁寧語で話せない。
「あなた、適職診断ってしたことある?」
「もちろん。俺の適職はシステムエンジニアだった。この仕事は天職だよ。」
「そう。」
相馬は自分の仕事がいかに素晴らしいかを語ろうとしたが、近藤は興味なさそうに話を遮り、続けた。
「あたしも昔、適職診断をしたんだけど……あたしの結果はね、芸術家だったの。これがどういう意味かわかる?」
「まあ……社会人には向いていないということだろう」
「その通り。よく分かってるじゃない。まあ、誰も大っぴらにそうは言わないけれど、本音はそういうことでしょう。」
「何が言いたい?簡潔に言え。」
「あら、エンジニアさんなのに、鈍いのねぇ。あなたのマッチング結果があたしってことは、それは結婚に向いてないってことなんじゃないかしら?」
相馬は黙り込んだ。この女の言うことに反論することはできない。AIが本当に「この女となら幸せになれる」ということでマッチングさせたのか、結婚が向いていないと判断して”外れ値”をマッチングさせたのかはわからないからだ。後者であるということを、相馬としては認めるわけにはいかなかった。高収入で顔も悪くない、身長も高い。婚活市場においては優良物件のはずだ。だから、結婚に向いていないなんてそんなはずはないのだ。これは相馬のプライドが許さなかった。ここでこの女と結婚しない選択をすることは、自分が結婚に向いていないという屈辱的な結論を受け入れるしかなくなるように思えた。
「……もし俺が結婚に向いていないとしても、結婚するという前提に立った時にお前が最適と出たことに間違いはない。俺は世間体を目的に必ず結婚したいと思っている。」
そう言って相馬は二人を隔てるガラスを思いっきり叩いた。二人の後ろに立つ警備員たちが身構えた。
「俺は妥協しない。俺は常にテクノロジーを信じ、“最適化”を信じてきた。AIが選んだ最適解でなければ俺には相応しくないんだ。お前が最適解だと最新技術が言うなら、もうお前以外の選択肢はない。たとえ相手が犯罪者だろうが構わない。俺と結婚しろ。」
「分かりました。あたしにはデメリットはないから、お受けします。でも、聞かなくていいんですか?あたしが何で服役しているのかを。」
「俺にとってはどうでもいいことだ。人間の判断は信用できない。判断がブレる要因になることは、聞きたくないね。」
「都合の悪いことを聞かないことが、本当に最適なのかしらね。まあいいわ。あたしには悪くない話だから。」
こうして後に引けなくなった相馬は、近藤と結婚した。多額の保釈金を支払い、近藤と式を挙げた。
結婚式の数週間後、相馬は突如行方不明になった。近藤は10年間の懲役のあと、死亡扱いになった相馬の保険金を受け取った。警察は近藤のことを調べたが、決定的な証拠は何一つなく、起訴には至らなかった。
相馬の職場は若手を失って若干の打撃を受けたが、協力会社のメンバの定着率が上がり、その後プロジェクトの生産性は向上したという。