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年末ロス

年末が終わりまして年始になりました。「8月のくせにあまり暑くない」とか「4月のくせに寒い」とか、毎年季節にはそれなりにブレがあるのに、年末と年始だけは毎年ちゃんと年末と年始をしています。これってよくよく考えると不思議なことですよね。テレビ放送のラインナップだったり、街の雰囲気だったり、人々の会話の中身だったりなどによる影響はあると思いますが、テレビを見ずに引きこもっていても年末と年始は必ず感じられるような気がします。年末と年始は毎年それぞれの空気も同じような気がします。12月31日の空気と1月1日の空気は毎年ガラッと変わり、それでいて毎年同じ変わり方をしているのです。

365日の中の区間という意味ではどこを切り取っても一緒のはずで、今の4月1日を年始にしても社会は回ると思うのですが、3月30日と4月1日には同じような空気は流れていません。そう決めちゃえばちゃんとそんな空気になるのかもしれませんが。今の12月31日と1月1日には何だか不思議な力があります。一体誰がここだって決めたんでしょうね。

年末と年始では、わたしは年末がたまらなく好きです。「好きな季節は?」と聞かれたら「年末」と答えてやろうかと思うくらい、一年の中でも年末がダントツで好きかもしれません。年末には、町中に感謝ムードがあふれているような気がします。「今年もお世話になりました」という言葉を言われて不機嫌になる人はおそらくいません。年末にはつい「今年もお世話になりました」と言いたくする空気が流れているのです。わたしは「よいお年を」という挨拶がこの世の挨拶の中で一番好きです。あらゆる挨拶の中で、「よいお年を」は相手の幸せをもっとも直接的に祈っているような気がするからです。こんなことを照れずに言って言われるのは年末だけです。

「年末の風景を思い描いてください」というと95%以上の人が夜の風景を思い浮かべるのではないかという気がします。統計とってないですがたぶんそうです。一方で「お正月の風景を思い描いてください」というと95%以上の人が朝の光景を思い浮かべるような気がします。一年の終わりと始まりが、さながら1日の終わりと始まりとイメージ上で結びついているのではと思います。

年始になると、せっかくのいい「終わり」が終わってしまいます。終わりに対して次の「始まり」が迫ってくるのです。さながら、朝起きて「ああ……朝になってしまった……」と感じるような感覚です。今年の目標を立てないといけない気持ちになったり、実際に仕事が始まったり、責任が降りかかってきます。「今年もよろしくお願いします」というのはまだ気持ちのいい言葉ですが、実際によろしくお願いしないといけないことが割とすぐ訪れることを考えると、なんだか強迫的な感覚を覚えてしまいます。

わたしは今早くも、また年末が来ないかなと思っています。年末ロスです。ずっと真夜中でいいのに。とは思いませんが、ずっと年末でいいのに。とは思います。そうは言っても、実際本当にそうなっちゃうといろいろおかしくなると思うので、年末を楽しみにして今年も生きていくしかないのでしょうね。いい年末を迎えられますよう、みなさま、今年もよろしくお願いします。

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