永平寺ではきものをそろえた話
福井県の永平寺に行きました。曹洞宗の総本山です。これだけ山の中にあれば、そりゃあ修行に集中するしかないよね、と言う感じの立地にあります。(失礼かもしれない)アクセスがすごくいいわけではないのですが、それでもたくさんの人が訪れています。
永平寺は軽く参拝して帰るだけかなと思っていたのですが、スケールが尋常じゃなくて、もはやテーマパークみたいな感じでした。
この全景図を見るだけでまあすごいのですが、驚くべきことに見えている建物がすべてひとつなぎの大建物になっているのです。左の総受所というところから入ったら、奥の法堂までつながっているのです。永平寺の指定した参詣順路に沿って進むと、ここに見えている建物ほぼ全てを回ることになる、と考えると、そのテーマパークっぷりをご理解いただけるかと思います。
建物の中は基本的に靴を脱いでスリッパで周ることになります。スリッパを履くのも何だか久しぶりのような気がします。周っているうちに尿意をもよおしたので、トイレに行くことにしました。
トイレにはトイレ用のスリッパがありました。そして、用をたしてトイレをあとにしようとするとき、スリッパが来た時よりもぐしゃりとなっていることに気づいたのです。
にわかに修学旅行の時の記憶が蘇ります。宿泊施設にある大広間みたいなところの入り口のスリッパはまさに混沌そのものでした。誰か一人が乱すとそれが伝染し、どんどんと壊滅的になっていくのが世の常というものです。
そして、そのスリッパを直そうとするタイプの人間もいます。それがわたしでした。主に女子が多いんですが、わたしもその中の一人にいたような記憶があります。みんなが楽しそうに広間でおしゃべりしている中、地面に這いつくばって他人のスリッパを整える作業はやっているとなんともみじめに思うときがありました。ただ、ここで直そうとする人間は、「真面目」と周囲からは思われるのですが、わたしの場合の実態は「怒られるのが嫌」というだけです。スリッパがぐちゃぐちゃになっていることを集会で怒られたときに、「自分は関係ないです〜」という顔をして存在していたいだけなのです。しているのは善行に見えても、心はまったくもって邪そのものです。
その時の記憶が蘇ったのか、わたしは他人が崩したものも含めて、スリッパを直してその場を立ち去りました。怒る人がいないので、目的は「怒られたくないから」ではありません。ですが、それでも、内なる善の心がやったというより、「こういうことをすると功徳ポイントが貯まってきっといいことがあるに違いない、まして寺社仏閣でそれをやるんだからもう5%くらいポイント還元があるだろう」という、これまた邪な気持ちでした。『蜘蛛の糸』のカンダタみたいに、将来良からぬことがあったとき助けてもらえるんじゃないかな、という思いによるものでした。カンダタは本人も忘れているくらいだから救ってもらえたのだと思うので、それを期待してやってしまうのはたぶんダメなのでしょう。こぶとりじいさんの二人目みたいになってしまいそうです。
さて、一通り参拝を終えて、そろそろ帰ろうかな、というところで、永平寺からの「メッセージ」というパネルが、何枚か貼り出されているのを見つけました。何の気なしに読んでいると、その中に以下のものがあったのです。
これを見たときに、「うわああああああ仏に見られている!!!!」と思いました。スリッパをそろえる行動も見てもらえていたし、その内心のあるものも見られていたのです。このパネルを読み飛ばさずにいられたのは、神仏か道元禅師に導かれてのことだ、と思わずにいられませんでした。
永平寺が参拝の移動にスリッパを用意しているのは、きっとこうした仏道修行の一環であるのでしょう。別にスリッパを揃えたところで、自分が得をするわけではありません。ですが前の人が揃えてくれたおかげで履く時にスムーズになります。先祖への信仰、世のため人のために尽くすこと、などなどの教えがあるので、「はきものをそろえる」ということはポップな題材にして、仏道修行の1番の入り口なのだと思いました。
だから功徳ポイントとか、そんな煩悩に塗れた概念はたぶん存在しないのです。もしくは存在したとしても、それは全人類共有のものであって、自分一人で還元できるものではないのでしょう。そういう邪な考えに釘を刺されつつも、それはそれとして行為自体は褒めてもらえたような、そんな心持ちがしました。まさに背筋の伸びるような、それでいて心にじんわりと温かいものがにじみような……
参拝中は雨が降っていたのですが、参拝を終えて出る頃には雨がちょうどすっかり止んでいました。偶然なのか何かの影響なのか、これを科学的に説明することはできません。ですが、「これからもはきものを揃えていけよ」と、神仏や道元禅師に肩をポンと叩かれたような、そんな気分になりました。
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