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あるお見合いでの会話——結婚について
女:ところで……ちょっと聞いてもいいですか?
男:はい、何でしょう?
女:あの……失礼ですが……どうして、結婚しようって思ったんですか?
男:どうして、というのは……?
女:一般的な話です。あなたは先程、恋愛の経験がないと言っていました。今の世の中、結婚しないことを選ぶ人も多いですよね。それなのに、なんでわざわざお見合いまでして、結婚に踏み切ろうとしているんですか?
男:うーんそうですね……そういう意味では、「みんな」のためだと思います。
女:「みんな」というのは誰のことですか?
男:わたしに関わっている人みんなです。家族とか、職場の人とか、SNSの人とか……そういう人たちを、安心させたいから、というのが一番ですかね。一番は家族です。やっぱり、両親を安心させたいというのが一番ですね。
女:結婚すると、なぜみんなが安心するんでしょうか?
男:それが「一般的」だからだと思います。多数派とは違うレールを進むことは、勇気と器用さが要ることです。わたしはそんなに器用な人間だと思われていないし、自分でも思っていません。だから、「一般的」な人間と同じルートを歩くことで、なんとなく安心できるんじゃないですかね。
女:随分と遠回りな言い方ですね。
男:ははは。そうかもしれません。もうちょっと具体的に言った方がよさそうですね。
男:第一の不安は、実家に寄生したまま生き続けることはできないということです。父母はいずれ死ぬので、わたしが順当に長生きすれば、わたしはいつか1人で生きていかないといけません。そのときに、どうして生活していくべきか、という問題があります。
女:家事などの生活力に不安があるから、結婚することで「家政婦」代わりの配偶者を作りたい、ということですか?
男:ウウッ……随分直球な言い方ですね。そんなことは思ってない……と言いたいところですが、自分の都合だけを一切包み隠さずに言うと、そうなってしまうでしょうね。生活力がないので、それを支えてくれる人がいるといいなあ、という気持ちがあるのだと思います。もちろん、自分でもできることをやろうと思っています。でも、思っているだけでなんとかなるほど、この世界は甘くないのでしょうね。
女:家事に協力している面をしている夫ほどむかつくものはないですからね。
男:よく聞く話です。
女:生活力を高めるために一人暮らしはしないのですか?
男:何度か考えていますけど、チャンスがないままこの年齢になってしまいました……。これがコンプレックスになっていて、色々なことに踏み切れなかった、と言うことは正直あります。
女:実家から出れば、そのコンプレックスから解き放たれるかもしれませんね。
男:そう思います。一層、コンプレックスが強まる可能性もありますけどね。
女:そうですね。
男:この点で不安なのは生活力だけじゃなく、孤独に対する不安もあります。
女:今はまだ周りの友達も家庭を持っていないから一緒に遊んでくれるけども、そのうち家庭を持ち始めるようになると、関わってくれなくなる、と言うのもありそうですね。
男:まさにそうです。今さみしくなくても、さみしくなったころにはもう手遅れである、ということに対する強迫観念は強いです……。
男:第二の不安は、恋愛の地力の無さから、誰かに騙されるのではないか?ということです。これが、特に「みんな」が心配する内容です。
女:結婚詐欺にあったり、浮気女にあって養育費を振り込み続ける羽目にあうのはないか?ということですか。
男:そうです。わたしは押しに弱いし、人を見る目があまりないです。なので悪い女に利用され、騙されるんじゃないか、ということです。
女:それはありそうですね。でも、その不安って、誰かと結婚したら解消するものなんですか?
男:そこなんですよ。「みんな」を安心させるためには、ただ結婚するのではなく、「いい人と結婚した」ということをみんなに理解してもらう必要があるんです。
女:そう考えると、みんなを安心させるために結婚したい、というのは、「自分はいい人を見つけることができる」「いい人とそうじゃない人を嗅ぎ分けることができる」という過信の上に成り立っていますね。
男:そう思います。でも、こういう嗅覚って、恋愛経験をたくさん積んでいれば果たしてわかるものなんですかね?
女:わたしの友達は、彼氏を作るたびに殴られてますから……そうとも言えないんじゃないですか?
男:うーん……じゃあそうすると、「みんな」の不安を解消できるかは、運次第ということになりそうですね。案外、「あいつはもうだめだ」「結婚や女には興味がないのだろう」と思わせたままの方が、かえってみんな安心するのかもしれません。
女:ところでどうして、「みんな」を安心させることにそんなに拘っているんですか?
男:その理由は2つあります。一つは、みんなを安心させることで、自分が楽に生きられるからです。結婚しておけば、職場でのセクハラは止み、家族からのプレッシャーも止まるのです。もう一つは、「みんな」の中で一番不安に感じているのが、他ならぬ自分だから、だと思います。
女:やっぱりそうですよね。「世間が許さない」と言う人と同じですね。世間が許さないのではなく、あなたが許さないのだ、と言う言葉は有名ですね。
男:全くその通りです。でも、実際一番目の理由も大きいのです。結婚しているということが、「まともな人間である」ということのシグナルとして機能してしまっている現状は間違いなくあります。今後の「多様性」の広がりで、この価値観は変わってくると思いますが、それでも、今の人間の潜在意識にこびりついているものが、わたしたちの世代で完全になくなることはないでしょう。職場での地位とか、今後の交友関係のことを考えると、結婚することのメリットは、どうしても大きいのだと思うのです。
男:第三の不安は――あああ、こんなことを言ってしまっていいのでしょうか……。
女:ここまでいろいろとさらけ出しているのだから、言ってしまえばいいと思いますけど。
男:……。第三の不安は――きっとこれが一番根源的だと思うのですが、生きる意味に関する不安です。結局のところ、結婚して子孫をなさねば、自分の生きている意味なんてないのではないか?と思うのです。
女:生きる意味ですか?
男:はい。わたしの人生は、結局のところ、これを求め続けているのだと思っています。学問で大きな業績を作ったり、仕事ですごいことを成し遂げたり、そういうことができれば、これがわたしの生きる意味だったのだ、と納得できるでしょう。でも、わたしはとてもじゃないですが、そんなことができる人間じゃない……このわたしには、墓に刻むべき文字がないのです。この人はこういう人間だった、ということを残すことがないまま、消えていくだけの人間なのです。そのことに対するさみしさ、恐怖感があるのです。
女:この世界にいるほとんどの人間がそうだと思うんですが、自分だけが特別だと思っているんですか?
男:包み隠さずに言うと、どこかにそういう意識はあるのだと思います。ただ、ほとんどの人は、歴史に名を残さずとも、家庭を持つことによって生きる意味を見出しているのではないでしょうか?
女:結婚して家庭を持てば、生きる意味が得られるんですか?
男:そうなんじゃないか、と思っています。少なくとも、墓に刻まれる文字は「○○家の墓」です。わたしは「○○家」の存続のために生きた、ということになります。そのためには、「○○家」を途絶えさせてはいけないのです。
女:うーん……なんだか古い考えのような気がします。
男:そう思います。ですが、この考え方が呪いのように、自分を縛っていることも事実です。いや、正確にいうと、この考え方が、最もお手軽に自分の生きる意味を与えてくれる、という方が実感に近いかもしれません。自分の生きる意味を、子孫に託す――これこそが、最も簡単な……
女:それってめちゃくちゃ恐ろしい考え方だとは思いませんか?
男:と、言いますのは?
女:自分の生きる意味を、子供に託すということの恐ろしさです。そういう親がどうなってしまうか、わかりますか?
男:「毒親」……ですね……。
女:そうです。生まれてくる子供にとって、こんなに厄介なことはありません。自分の人生の生きる意味を代わりに作って欲しいという、そんな身勝手な理由で、この世界に産み落とされるのはかわいそうです。
男:そう……かもしれません。ですが、他ならぬわたしが、その生きる意味を託されてしまっている末代なんです……。これを放棄して死んでいくことは、さながら壮大な食い逃げをするような気持ちになって、非常に心苦しいのです。
女:あなたの苦しさの気持ちはわからないでもないですよ。「あなたの代でその連鎖を断ち切るべき」と言い切ることはできませんね。
男:この社会の仕組みも、そうなっているじゃないですか。金融システムやエネルギー政策などをみていると、人間が永遠に存続することを前提においています。わたしが決めたことでないにせよ、これの恩恵を受けて暮らしている以上、それに対する対価を払わなければいけないと思っています。人間の存続を前提とするシステムへの対価は、やはり人間を存続させるための活動をすることで払わなければいけないと思うのです。
女:それはまた壮大な話ですね。ただ、これもまた恐ろしい思想をはらんでいることに気づいていますか?
男:ええ、それはわかっています。この考えは、他人に向いてしまうと恐ろしい凶器になります。あたかも、「子供を作らないのはよくないことだ」と言っているようなものだからです。絶対に、この考えを他人に向けてはいけないと思っています。
女:そんな恐ろしい考えを、自分には向けていいのですか?
男:普遍的な義務だと思っていなくても、自分の中では義務になってしまっているということはあります。義務というか、これは呪いです。自分にとっての「一般的」な生きる意味を得るための、ある種の通過儀礼のようなものなのだと思っています。社会全体に渦巻いている義務感を、この通過儀礼を、払いのけて生きられるほど、わたしには芯がないのです。芯があって、それに納得している人の首根っこをつかんで、「こうすべきだ」ということはありませんし、あってはいけません。ですが、自分にはそれだけの芯がなく、勇気もない。この呪いを、受け入れて生きていくしかないのです。
女:そうは言っても、この目的を果たすためには、この考えを他人に向けざるを得ないのではないですか?だって、あなたは子供を産めませんよね?
男:問題はそこなのです。他人に向けてはいけない恐ろしい考えを、配偶者には向けなければならない――あえて言葉を選ばずに言うなら、「わたしの罪の意識を和らげ、生きる意味を得るために、お前が命を賭けろ」と言うようなものです……ああ……なんとおぞましいことか……。
女:しかも、もし運よく子供が作れたとしても、今度はその呪いを我が子に向けるんですよね?
男:そういうことになりそうですね……。もしわが子が芯の強い子だったら、そうは言わないのかもしれませんが。
女:この状況から、どうやって抜け出そうと思っているんですか?
男:確実に言えるのは、この窮地からわたしが救われる可能性があるのは、同じ呪いにかかっていて、たまたま利害関係が一致している人と、出会うことができた時だけ、ということです。わたしはただそれが、ある日ふと現れることを願っているだけなんだと思います。さながら、買わなかった宝くじが当たることを祈っているかのように……。
女:とりあえず、なんとなくわかりました。何だか苦しそうな人生ですね。
男:ありがとうございます。
女:話を聞いていて思いましたが、やっぱり、あなたは結婚できないと思います。
男:な、なぜですか。
女:相手の話を一切引き出さずに、こんなに自分のことばかりペラペラペラペラと喋るような人の話を、聞いてあげる女の人がいると思っているからです。
男:そんなことは思ってないですよ。だから、こうして空想上の存在であるあなたと、喋っているんじゃないですか。
女:それはそうですけど。
男:またお話ししてもらえますか?今度は、恋愛観の話をしたいのですが……
女:……。