タクシードライバー -------- Short Story --------
近未来の東京、西暦20●●年、その夏のこと。
8月もあと一週間で終わる。
月初めのころは全国が気温40度をゆうに超えた。
国内最高は47度だった。
以前は昼でも外に出られたが、いまは違う。
暑すぎてというか熱すぎて外に出られないのだ。
日本の夏はまさに猛暑も酷暑も過ぎて火あぶりのような熱さになっている。
海辺も同様だ。
熱すぎて海には誰も行かず海の家も海水浴場も全滅だ。
何よりも砂が熱すぎて並みのサンダルでは歩けない。
安物のビーチサンダルでは砂の熱さで底が溶けるという。
肌もうっかり露出していると火傷で救急車だ。
高層タワマンは涼しいかと思いきゃ、それは窓が開けばの話し。
もろに太陽光を受けてビルそのものが蒸し器になっている。
世界的な暑さ、いや熱さで砂漠の国々では毎日千人単位で死者が出ている。
イスラムの国々ではメッカなどの巡礼者の遺体が延々と続き、とうとう巡礼禁止令が出た国もある。
そのうちアラーを信じる総ての国が巡礼を禁止するだろう。
以前は世界から富を集めていた砂漠の国ドバイもいまはもう誰も行かない。
周囲の砂漠の熱に囲まれ海も水温が上がり、ドバイにいること自体が死につながるようでは誰も行かない。
それのみかドバイの住人そのものが国外に脱出を始めている。
一方で世界に人気が出てきたのが山がある国、氷がある国だ。
欧州の山岳地帯、南北アメリカの山岳地帯、グリーンランドやシベリアも人気の場所だ。
南極も人気が高く、研究者しかいなかった氷の大地についにホテルまで登場した。
歩く人が消えた町では自動運転のタクシーの天国だ。
最初はEVだったが、電気をバカ食いしたあげく故障や事故が多いのでいまはほとんどがハイブリッド車だ。
EVの床下は大きく重いバッテリーが収まり長時間運行すると相当な熱を帯びてくる。
電気の塊りだから当然と言えるが、この熱がまた熱さを倍加させる。
それを冷やすクーラーがついているが、このクーラーもクーラーでこれまた熱を出すのでキリがない。
EVてのは自分で問題つくって自分で解決しながらまた問題を起こしているすさまじく低レベルな乗り物だ。
それに世界が気づいて今では世界の自動車のほとんどもハイブリッドか、でなくばエンジン車あるいは水素だ。
あの自然再生エネルギーとやらで電気自動車がもてはやされた騒ぎは何だったのだろうか。
自然再生エネルギーを叫んで世界を荒らし回った連中はもうどこにもいない。
それを煽った新聞特に一番騒いで扇動した左翼の新聞社ももう不動産が本業になって新聞部門は自分たちの小さなコミュニティーのミニコミ紙に落ちている。
テレビも同様だ。
無知で無定見で常識すら無かったキャスターやコメンテーターという奇怪で不潔な人種もどこかへ消えた。
テレビそのものがネットに勝てずに消えた。
社会を荒らし世論を寸断分裂させ憎しみを煽ってきた令和のころのテレビはもうどこにもない。
退社退職したキャスターやコメンテーターたちは行く当てもなく、中には乞食になったという者もいた。
浩平は個人タクシーのドライバーだ。
いまも高齢の夫婦を乗せて走っている。
夫婦は浩平のタクシーでスーパーに行ってまとめ買いし、またタクシーで帰宅するようになって3ヵ月になる。
タクシーはほとんどが自動運転だが、中には人間が運転しているタクシーもある。
そのほとんどは個人タクシーだ。
浩平も勤めていた会社を辞めて個人タクシーを開業してまだ半年だ。
自動運転の無人タクシーより人間の運転する車に乗りたいという客も意外と多いことにも気づかされた。
かすかな光が点滅し、数字が走り、動くたびに小さな機械音が聞こえる自動運転のタクシーより、血が通っている人間のドライバーだと、どこか安心できるらしいのだ。
「この猛暑、気象庁によれば10月初めまで続くそうですね」
高齢の主人は熱さでぼんやりとしながら応えた。
「炭素が悪人だと決めつけてエンジンや火力発電所を否定してきたが、結局ありゃ間違いだったな。新聞もテレビもいい加減なこと煽りやがって、ロクなもんじゃねえ」
その夫人が続いた。
「炭素の影響もあるらしいけれどさ。地球そのものが温暖化の時期で炭素だけが原因じゃないて誰か言ってた。そうよね、日本には四季があって暑い夏がある。夏の暑さって地球の気候であって、炭素じゃありませんよね、日本の夏は昔から暑いの、そのどこに炭素があるのよ」
主人も同調する。
「そうだよな、冬と夏の間には秋も春もある。炭素が原因なら一年中が夏か、せいぜい春だろう。炭素だ炭素だなんてどこのバカが言い出したのか、それに絡めてEVをはやらして騒ぎやがって、おかげで息子はそのEVに乗って事故を起こして大した事故でも無かったのにバッテリーが火を出して息子にうつり亡くなった。こんなふざけた話しがあるか」
「息子さん、それで亡くなられたんですか」
「そうよ。長男は原発に勤めて、長女はハイブリッド車のエンジンをつくっている自動車メーカーに勤めてる。次男がさ『兄さんは原発で姉さんはエンジンメーカー、ならオレはEVにでもしとくか、どうせ通勤に使うくらいだし』て言ってさ、EV買ったのが間違いだった。中国製て聞いてびっくりしてさ、危ないからせめて日本製にしてと言ったんだけど、安いし店の人も良かったし、それがあんなことに」
夫人は泣きだしてしまった。
浩平もどうしていいか分からない。
自分で話を始めた手前、言葉が出てこない。
(まいったな、こりゃ)
炎天下の交差点に陽炎が上がる。
アスファルトの道路が熱くて叫んでいるようだ。
社会が便利になった半面、AIとロボットが社会を占有し始めたのも確かだ。
町や職場などから人間が姿を消してどこにもいない、という強烈な孤独感が人々を襲い始めた。
そして人間に残ったのは社会からの疎外感と孤独感だけだということにも、みなが気づき始めている。
最初は一部で囁かれていた「人間復興」という言葉がいまはネットにも盛んに登場し始めた。
疎外され不用品扱いまでされてきた人間のささやかな復讐劇が日本でも世界でも起き始めている。
ロボットではないヒューマンタクシーの増加もその一端だ。
一度はタクシーから人間のドライバーが消えたが、半年も経たずに人間が戻ってきた。
血が流れている人間と、信号が流れているだけのロボットの違いは大きい。
タクシーは夫婦の自宅の玄関先に着いた。
夫人はもう泣き止んでいる。
主人は105歳で夫人は102歳だ。
ともに元気だがタクシーの中でもさすがに外の熱さは堪えている。
車を停めると二人はじっと家の玄関を見ている。
大きな家でアプローチがあって玄関まではおよそ20メートルくらいはある。
入り口に四段の階段があるのでタクシーは入らない。
二人にとっては、この歳での夏の真昼間、四段上がって玄関までの20メートルは命がけだ。
以前は階段から玄関まで屋根があったのだが先の台風で飛んでしまい、工事人が熱射で倒れてポールだけが立ったままだ。
外は風も無く、庭木の葉はピクリとも動かない。
浩平は日傘を出して二人に言った。
「ボクが日傘差しますから、お一人づつ行きましょう」
「いや、いいよ、わざわざ申し訳ないから」
「でもこの暑さでは」
主人は夫人を見た。
「わたしは大丈夫ですよ」
「そうですか、じゃいつも通り荷物はボクが運びますから、お二人は先に玄関に走ってください」
すると二人は目を合わせると一緒にうなづき、主人が夫人に言った。
「よし、駆けるぞキミコ」
キミコが奥さんの名前らしいと浩平は初めて知った。
「ハイッ」
と夫人が返事するや旦那はドアーを開けてだっと飛び出した。
夫人が出るまでドアーの横で待っている。
それを浩平が日傘で守っている。
熱い、じっとしていても汗が吹き出てくる。
夫人は旦那の背中にくっつくようにして二人で階段も乗り越え団子になって玄関へ向けて走った。
100歳超えてても命には代えられない。
二人はダーッと走って玄関の大きな庇の陰に入った。
それを見ながら浩平は荷物を抱え、日傘を置いて玄関まで駆けた。
「イヤぁ良かった、助かったよ、ありがとう」
「いえいえ、構いません」
「またお電話差し上げるからよろしくね」
「はい、お願いいたします。お身体にお気をつけて、ありがとうございました」
浩平がタクシーに乗り、玄関を見ると主人と夫人は笑いながら浩平に手を振っていた。
頭を下げ、ゆっくりと車を出した。
あちらこちらの家の前にも車が停まっているが、人の姿は外には無い。
どこの家でも夏は仕事より生活よりまずは熱さ対策だ。
だがここで社会問題になっていることがある。
それは戸建ての家には窓や掃き出しに「庇(ひさし)」が無いのだ。
ビルなどのマンションやアパートに庇が無いのは仕方がないが、戸建てにも庇が無い。
古い家にはあるが、昭和後期のころから増えた戸建てには庇が無い。
だから熱さも光もそのまんま家の中に飛び込んでくる。
昭和の後期ころから庇の無い家が建ち始め、それに合わせて建材もつくられ、業界がそれに乗った。
昔の和風の家には総て庇があった。
庇があれば夏の日照り、雨、雪、風などから部屋が守れ、家財も日焼けを防ぐことができ、雨の日でも窓が開けられるし、庇の下に何か干すこともできた。
玄関にも窓にも掃き出しにも物小屋の出入り口でさえ庇がついていた。
でも昭和のころからの戸建てには庇が無い。
なぜか、家を建てる際に建築費を安くするためにだ。
それが一般化すると防水も進んで高価でも庇の無い戸建てが増えた。
そうなると庇が無いのも当たり前になってしまった。
そのせいで夏の暑さと日光が窓などからもろに入ってくるようになった。
それでも生活できていたころはよかった。
だがいまはもう環境が激変した。
結果、ほとんどの戸建てでは、夏になると窓に日除けをつけたりフイルムを貼ったりしている。
すると中が暗くなるので照明を増やす家も多い。
するとますます電気代も増えていく、という終わりなき地獄だ。
こんな社会、どこか異常だとみなが思い始めているが、さりとて当面はどうしようもない。
浩平がいまいるアパートももちろん庇は無い。
だから夏になると部屋の温度も上がるし日に当たると熱くてたまらない。
幸いベランダがあるのですだれを立てかけて日差しを防いでいる。
それでもやはり熱い。
クーラーは回しっぱなしで電気代も半端ではない。
原発を稼働させれば電気代も激減し、産業用の電源も安定してくる。
だがここでも今でも原発反対の声が高く政治もそれに媚びを売るのは令和のころと同じだ。
おかげで山という山は自然再生エネルギーの掛け声のもと、太陽光パネルで埋め尽くされ、そのすき間には風力発電のタワーが立っている。
太陽光パネルにももちろん使用限度があり、膨大な廃パネルが山野に野ざらしになり、これがまた二次災害を引き起こしている。
太陽光パネルはそれ自体が発電するので施設が稼働していなくてもパネルは電気を生んでいる。
だが電気は見えないし臭わないし音もしない。
これで動物や人間までもが感電して大火傷を負い、ときには命まで失う。
そしてその先にあるのは太陽光パネルの廃材の山だ。
この廃材のパネルも電気がつくられていて、それがまた発火する。
太陽光パネルの火事は水では消せず、それをやると下手すれば感電死だ。
事実日本の各地で感電死が頻発している。
日本の山野はいまや大危険地帯と化している。
「こんな国にしやがって」
と車を走らせながら浩平は独り言をつぶやいている。
「今日はもう帰るか。この熱さじゃ外を歩いている人さえいないし」
ふと見ると赤信号だ。
停まっていると隣にロボットタクシーが止まった。
こっちを見ている。
人間とわかるとプイッと前を見た。
「ロボットのくせに、なんだあの態度は、やっぱりアイツらか」
「アイツら」とはロボットドライバーに入っているアプリをつくっている人間たちのことだ。
面白半分でロボットドライバーのアプリに、人間のドライバーを見たら露骨に無視するように細工をしているのだ。
そういうアプリを入れられたロボットの中には、中指を立てるロボットや頭を指差してクルクルパーという仕草をするようなロボットがいる。
「親が悪けりゃガキも悪いてか、そういうところは人間に似てやがる」
するとロボットはまた浩平を見て、いきなり中指を立てた。
「一人前に笑ってやがる」
浩平も中指を立てて、アッカンベーとばかりに舌を出した。
しかしロボットには舌が無い。
人間にはあってもロボットには必要ないもの、それが舌だ。
浩平はまたいっそう口を大きく開けて舌を長く出してガラス越しに叫んだ。
「アッカンベエ― お前、舌が無いだろう。この出来そこないヤロー」
これでロボットが怒った、ようだ。
ロボットの目が異常にピカピカと点滅を始めた。
ドアーを開けようとしたが熱いのか、やめてまた大口開けて浩平を罵っているようだ。
「ケッ、信号が青になった、勝手に怒ってろ」
浩平が車を出そうとするとロボットの様子がおかしい。
見ると煙が上がっている。
「おい、煙が上がってるぞ」
だがロボットは浩平を見たままま大口開けて何か言っている。
煙が充満してロボットが見えなくなったと同時に一気に火を噴いた。
「おお、危ない」
浩平はあわてて交差点から離れた。
「あいつ、激怒して体内温度が上がり過ぎたに違いない。まあロボットだ。燃えたところでまた溶かして使えばええ。タクシーロボットは安物の合金と樹脂だからな、次に出てくるときは海岸の岩壁用の鉄筋か、またどこかの海岸で会えるかもな、ハハハ、人間様をコケにするからだ」
「さあ帰ろう帰ろう」
走らせていると向こうで手を上げているカップルがいる。
「カップルか、ロボットだな、あの二人、困ったな」
とつい口から出た。
近づくとこっちこっちと手招きする。
この熱い最中に二人とも日傘も差さず、男はスーツにネクタイで女は仕立ての良さそうな濃いグリーンの上下を着て、アクセサリーだらけだ。
(やはりロボット、汗一つかいてねえわ)
「いやだなアイツら熱いからな」
しかし乗車拒否はできない規則になっている。
それも人間よりロボットを拒否したほうが罰則は厳しいのだ。
これも西暦2000年初めころの悪しき流れが続いているせいだ。
当時は「LGBT」「BLM」「SDGs」なんていう奇妙で奇怪な流行り物が世界に蔓延していた。
つまりは差別をするな、という流れだ。
でも人間の世界は差別がなければ、社会が成り立たないのも事実だ。
それに差別と区別は違うのに、その区別も差別だとして批判された。
その遺産がいまこのときのロボットを乗車拒否すると罰を受けるぞという悪法だ。
浩平も法には勝てない。
スーッと車を停めてドアーを開けた。
「いややどうも」
二台いや二人は後席に座った。
熱い、二人の皮膚の熱さが浩平の後ろ頭にも襲いかかってくる。
ロボットは人工皮膚だが、この皮膚は熱を持つ。
夏の最中にロボットが日向を歩くと熱の塊りが歩ているような熱さになる。
タクシーのドアを開けただけでロボットの皮膚の熱が車の中に飛び込んでくる。
おまけにこの人工皮膚、クーラー程度では冷めないのだ。
(拒否すると生活にこたえるしな、しょうがねえな、このヤロー)
熱の塊りが二人、後ろの席にどさっと座っていきなりそろって足を組んだ。
まるで燃えるドラム缶が座ったような熱さだ。
(足組みやがって、ロボットの分際で大きな態度しやがって)
とはいえ客である以上はそうそう邪険にも扱えない。
女のロボットが言った。
「出してちょうだい!」
男も続いた。
「車を前に出して進んでよ」
(へんな言い方するな、こいつ)
二人は顔を合わせて笑っている。
「どこまででしょうか」
女が怒るように言った。
「あなた、わたしたちをご存じないのォ」
浩平はバックミラーで二人をゆっくりと見た。
男は少しイケメンぽいが、どこか締まりが無く焦点の定まらないようなトボケた顔をしている。
女は美形といえば美形だが、これもつかみどころのない顔で、ただの美人て顔だ。
(まあロボットだからな、うァん・・ しかしそう言われれば・・どこかで見たような・・・)
だが思い出せない。
「どちら様でしょうか、ちょっと記憶に・・」
男が言った。
「ボク、ボクですよ、ほら、知ってるくせに、いやだなァとぼけないでよ」
美形が続く。
「あなた、わたしならご存じでしょ」
「すみません、ちょっと記憶に」
美形が言った。
「わたしたち太陽光発電の企業の株主で、主人は国会議員で元環境相なのよ」
そう言われても浩平は国会議員でこの顔は見たことがない。
「すみません」
「いやねえ、この運転手は、あのさあ、日本の国立公園などの大規模景観地の規制を解いて太陽光発電のパネルで埋めつくしたのは、うちの主人なのよ、スゴイでしょ、知らないのォ主人を」
(そういえば昔そんな奴がいたらしいな、誰だっけ」
美形の攻勢は続く。
「あなたさあ、主人のお父様は元首相だったのよ。郵政民営化で郵便と貯金を分離して雇用も非正規を増やして結局グチャグチャにしたのは主人のお父上なのよ、歴史的な偉大なお人なのよ、思い出したでしょ」
浩平は聞いていると段々と腹が立ち出した。
すると男が言った。
「ごめんね、うちの奥さん元テレビのキャスターでさ、フランス語もべらべらで、下々のひと相手なら遠慮がないもんだから」
(下々のひと、てオレのことかい、言ってくれるじゃねえか、何様のつもりだよ)
「それでどこまでお送りすればよろしいのでしょうか、奥様」
「いやだァ 急に言い方変えないでよ、行く先は首相官邸に決まっているでしょ」
二人は大笑いしながら顔を見合わせた。
(何かといえば顔を見合わせて笑う、サイコ的ていうか、そろってナルシストか。それで官邸とはな、正気かい)
二人だけで話し始めた。
「ねえシンジローさん、あなたが首相になり、わたしがファーストレディーになるのは前世から神様がお決めになっていることよね、わたしたちはそれにふさわしい二人なのよね、そうでしょ」
美形は男をシンジローと言った。
シンジローが言った。
「そうだよクリステル、ボクたちは選ばれた二人なんだ。運転手さん、スーパーのレジ袋をおカネがいる有料にしたのはボクですから」
そこで浩平は思い出した。
昔、そういうアホな男が国会にいたってことを。
浩平は後ろを向いてつい口にした。
「レジ袋を有料にしたせいで客が袋やカバンを持ち込み、おかげで万引きが激増したあれでしょ? 『あれは罪人を増やしただけ』て聞いたことがありますけど。お客さんはあれをやったお方ですか」
シンジローが答えた。
「あれは仕方ないよ、予想外で想定外だったから」
クリステルも言う。
「運転手さん、わたしたちがおキライ?」
「いいえ、そんなことは」
クリステルが言った。
「わたしさ、フランス語まかして」
「それボクには関係ありません」
「寂しい人ねえ、カワイソウに」
(ほっときやがれ)
クリステルは続ける。
「わたしたちってこうして並んだら素敵でしょ?」
浩平はどう答えるべきか一瞬考えた。
どう見ても二人とも平凡で間抜けにしか見えないのだ。
(シンジローとやらはアホな顔だし、クリステルは美形でも魅力も無いし包容力も無い。二人そろって何か勘違いしているようだ。バカバカしい)
浩平は答える。
二人は浩平の答えを期待して笑っている。
浩平はきっぱりと言った。
「お二人とも官邸に入られるような人物には見えません。冗談はやめてください。どこまで行かれるのでしょう、太陽光パネルに埋まった国立公園ですか?」
一瞬、二人の形相が変わった。
1分後、浩平は頭から火を噴いている二人いや二台を乗せたまま、近くの消防署に向かっていた。