
誰が首相だABCDEFG??・・・・ --------- Short Story ---------
-ゆっくりと近づいている夏の終わり ー
政界妄想譚
政治家諸氏と同名の者が登場しますが、妄想であり関係はございません。
超高層マンションの最上階、それもワンフロアを一人で占有しているペントハウスから東京の夜景を見ている老婆(以下彼女)がいる。
このペントハウスもマンションもまるまる総て彼女の持ち物だ。
それだけではない、他にもマンションやホテル、学校、学園、銀行から投資会社も持っており、全財産もどれほどあるのか、本人にも分からないほどの大富豪だ。
もちろん独りでここまで来たわけではない。
三年前に主人が亡くなったが、その主人がよくいえば豪傑、悪くいえば悪人だった。
まさに金のためなら親も売る、とまで陰では言われた男だった。
反社とも当然ながら交流があり、一部では殺人にも関与しているのではないか、といまも言われている。
都心部の地上げに関して地主の一人が自殺したことがあった。
そのとき遺族と不動産屋の仲介をしたのが彼女の亭主だった。
「殺された」と主張している遺族に対して亭主はこう言った。
「仮にそうだったとしてもですな、それは恨みではなく、ビジネスの一環ですよ。それに証拠も証人もそれをうかがわせる状況も無いのに、殺人だと主張するのは故人への冒涜でもありましょう。
何よりもそれを言い続けて先に何があるのでしょう。憎しみと対立では草木一本とて無い不毛の荒野ではありませんか。相手は常識外れの立ち退き料を提示しています。娘さんの代まで遊んで暮らせる額です。それを受け取って郊外にしゃれた戸建てをお建てになればよろしいのでは。
恨みを抱くだけでは娘さんも幸せにはなれませんよ。亡くなられたご主人はお気の毒ですが、将来を確かなものにしようではありませんか」
と殺人をほのめかしながら相手を脅し、地上げをまとめてしまった。
直後に地主側がその常識外れの補償金が半分になったと騒いだが、力づくで大人しくさせ、うやむやにしてしまった。
その半分は亭主が仲介などの名目で横取りしていたのだ。
東急グループの創業者である五島慶太は別名強盗慶太と揶揄されたほど強引な人物だったが、彼女の亭主は揶揄どころか正体はまさに強盗だった。
刑務所も経験しており前科は三つあった。
だが世の中、儲けてしまえば勝ちなのである。
警察の手からすべり落ちればマスコミも何も言わないし書かない。
あげくに様々な施設にも寄付を盛んにやってきた。
受け取るほうも金の出所にはこだわらない。
金に色はついていないのだ。
かくして彼女の亭主は気がついたら国会議員になっており、彼女までも参議院議員になって二期務めた。
今では亡くなった亭主や彼女を表立って批判する者はいない。
亭主は貧困の中から頭角を現し、彼女の両親も亭主の元被害者だったが、いつの間にか腹に亭主の男子を身ごもっていた。
そしていま彼女はペントハウスの中で一族に囲まれている。
その身ごもった男子は長男としていま彼女のそばにいる。
夜景を見ながら二三歩さがった彼女はガラスを見てため息をついた。
ガラスには数十人の息子や娘、孫、ひ孫、玄孫などが彼女の背中を見ている姿が映っている。
みな笑顔だが、その笑顔が心からのものではないことは彼女もとっくに気づいている。
彼女のそばから離れようとしない、ひ孫や玄孫たちの彼女を見上げる目もどこかよそよそしい。
(他の家でもみんなこんなに冷たい目をしているのだろうか、いやそうではないはず。総ては金がこうしたんだ。金のおかげで楽しい思いもしてきたけど、息子も家族も一族もみな人ではなくなっている。まるで金の亡者の群のようだ)
彼女がみんなに振り返ると、拍手とともに歌が始まった。
「ハッピバースデーツーユー ♪」
今日は彼女の誕生日だ。
彼女は今日で82歳になる。
広い客間の奥にはお祝いの品が天井まで積み重なっている。
そして彼女は大して嬉しくもなさそうに言った。
「東京の夜景も飽きた。ここに来てからでももう十年、いつ見ても見慣れた景色、本当に飽きた」
歌声は自然と小さくなり消えていった。
みんな黙ってしまい彼女を見ている。
次にはどのような言葉が出てくるのか緊張している。
一同の一喜一憂は総て彼女の気分次第なのだ。
そのとき一人の玄孫がその母親の合図で彼女に向かって声を上げた。
「大おばあさま、お誕生日おめでとうございます!」
するとその周りの者たちがみな我先にと声を上げた。
今度は「おめでとうございます」の大合唱になった。
母親とその玄孫は得意そうな顔で彼女を見ている。
すると彼女は言った。
「ありがとうな、でももうええ、あの人はとっくにおらんし、何をやっても面白うないし、もうそろそろかなァ」
もうそろそろの意味は全員が知っている。
「おばあさま、おばあさま、もっと長生きしてください」
今度はそれの大合唱になった。
彼女は笑っているが、嬉しいわけでもない。
彼女はまた夜景を見始めた。
だが彼女の目はもう夜景なんか見ちゃいなかった。
ガラスに映る一族の顔という顔が子供も含めてみな蛇か蛇の子のように見えるのだ。
いつからか彼女は、一同の彼女を見る目が尋常ではないことを知った。
そうとはわかっていたが、いざその時になるとさすがに堪えた。
逆に彼女を見る一同の者も彼女を優しくて大事なおばあ様とは思っていない。
一同にとっては彼女は歩く「金庫であり保証であり後見人」なのだ。
そう、困ったときには頼めば何とかしてくれる、歩く全能の神なのである。
そう思われていることも彼女はとっくに知っている。
一同の思っていることはみな一緒だ。
彼女の長生きには興味はなく、いや早死にさえも望み、遺言が公開され遺産がどうなるか、それだけが一同の関心事なのだ。
玄孫も含めてここにいる全員を、彼女はもう身内とも縁者とも思っていない。
それほど彼女と一同の間には溝が出来ていた。
そしてそれはもう埋まることはない、と彼女は知っている。
彼女は東京の夜景を見ながら夜空に浮かんでいる月を見上げて思った。
(あの人に襲われて長男を身ごもり、泣き泣き一緒になって60年、あの人は事業家になり、国会議員になり、わたしまで国会議員にしてくれた。海外の投資も順調に運んでいま世界に百を超える別荘や企業がある。だがそのほとんどは持ち株会社のものだ。
あの人が亡くなったとき、子供たちにも分けるには分けたけど大した額じゃない。でもあれで良かったんだ。この子どもたちに総てを別けてはそれこそ何もかも無くなるところだった。
それにしても子どもたちはどこで間違ったのか、出来の悪い子ばかり。
頭は悪くて性格も悪く、そのくせ余計な知恵だけはある。ダメな子ほどカワイイていうけど、うちの子たちは誰に似たのか、ダメな上にカワイクもない。その孫もひ孫も玄孫がもみなそうだ。
この一族は何かに祟られているのか、まあロクなのはいない。
アンタ早く迎えに、いやアンタはもうええわ、他の誰か迎えにきてくれんかなァ)
みなが後ろでささやいている。
「月がいいねえ、三日月か」
「ほんとキレイ」
「おばあさま、月がキレイですね、最高の三日月ですよ」
だが彼女が見ているのは月ではなく、彼女と月の間に浮かんでいる亡くなった亭主の顔だった。
(わたしの人生を他人は最高だと言うけど、わたしはそんなことは思ったこともない。しょせん他人にはわからない。
わたしが死んだあと、残るのはこの子たちだ。なんでこんな子ばかりになっちゃったんだろう。哀しい、もう一度生まれかわりたいよォ)
泣いているのが一同にもわかった。
「どうされました、おかあ様」
と声をかけたのは長男の文雄だ。
亭主に襲われて出来たときの男子である。
この文雄が長男で他に兄弟姉妹はいない。
一人っ子である。
だがこの文雄には男子が三人と女子が一人いる。
三人の息子と一人の娘、四人ともに国会議員である。
もはや押しも押されもせぬ堂々たる家族である。
もちろんそろって世評は芳しくないが、社会は肩書と財産で見る。
どこへ行っても相手は平身低頭だ。
だがやはり中身は、どうにもこうにも出来が悪い。
今では首相を務めている文雄もネットでは袋叩きだ。
この文雄、東大受験三回失敗といわれるが、東大なのか私大なのかわからない。
地頭が良くないことは確かなので私大に三回落ちた、ということかもしれない。
その私大も何とか卒業して亭主の秘書をやっていたが、さっぱりダメで、ならばと企業グループの支援を当てにして衆議院議員選挙に立候補し、これは一発で当選した。
その後は鳴かず飛ばず目立たずで外務大臣まで務めたが、あのころにはすでに凡庸さと愚鈍さが現われていた。
それが神のいたずらか、後ろ盾になっていた元首相のA氏が亡くなると、頭の上の重しが取れたのか、ちゃっかりと首相になっていた。
所属している民自党の議員のレベルも悲劇的なほど低く、首相になれる人材がいなかったことも味方した。
普通なら野党に政権交代だが、国民の悲劇は続く。
この野党が民自党にも増して無能の集まりだった。
政権の失言と失策を待って批判するだけしか出来ず、それもネタはネットや新聞テレビから拾ってくる有様で、本来なら野党の資格すら無いほどの惨めさだ。
文雄が首相になれたのは、ひとえに運だけだった。
運も実力であると言われるが、この運は文雄には優しく国民には残酷だった。
愚鈍で凡庸だからとりあえずあいつを、と党内でも囁かれたが、しかしやはり能無しは能無しだ。
増税に執心し、アメリカのモウロク大統領の言いなりになってペットになり、言われるままに動き、政権支持率は日を追うごとに下がっていった。
自己が無いのか、誰に囁かれたのか、最近ではとうとうコロナのためのワクチンつくって国民に強制接種させようとしている。
それを聞いたとき彼女は激怒した。
「あんた父親が突然死したのもワクチンを打った直後じゃないか、それなのに今度は全国民に強制する気かい。アンタわたしも殺す気か。おまけに打つワクチンは世界ではどこも打たない、打つのは日本だけというじゃないか。
なんで日本人がモルモットにならなきゃいけないのかい、そんなことをすれば一族は日本人の敵になってしまうじゃないか」
と彼女は文雄が訪ねてきたとき怒ったが、文雄はニヤニヤしているだけで何も答えなかった。
彼女は今晩も誕生日なんかそっちのけで文雄を責め始めた。
「まだ重大な問題があるでしょ。あのワクチン、その副作用も後遺症も遺伝子への影響もわからないままでしょ。
それを全国民に強制接種しようとは、どういうことよ。
いまここにいる一同の中からも被害者が出る可能性もあるのよ。おまけに日本の様子を見て良ければ世界に広め、万が一そこで被害者が出たら総て日本が責任を持つらしいと聞いたわよ、あんた一体どこの国の人間なのよ、ああ情けない本当に情けない。こんなふざけた話しがあるか。こんなワクチンを国民に強制して、一体何のためにやるんだい」
すると文雄の長男であり彼女には初孫でもある茂が手を上げて言った。
「おばあ様、いずれこの先、もっと悪質なコロナが確実に登場してきます。そのためにも強制接種して国民を守らねばなりません」
彼女は言った。
「あんた医者でもないくせに、『もっと悪質なコロナが確実に登場』てなぜわかるのよ。
議員になって地方創生相なんて得体のしれない大臣になって地方をチンタラチンタラ歩いて地酒飲んで土産もらってヘラヘラしてただけの奴が何を偉そうに」
茂は怒り気味に反論した。
「そりゃ極秘事項だからここじゃ言えないけど、でもチンタラチンタラ、ヘラヘラは言い過ぎでしょう」
「わたしゃ本当のことを言ったんだ」
彼女は続ける。
「その先もその先も永遠にコロナが発生して国民は永遠に打たれ続けるのかい。文雄も茂もさァ、わたしをなめるんじゃないわよ。なによアメリカの言いなりになって、なんで日本人で試すのよ、あんたわたしにも強制する気かい」
すると茂はぼそっと答えた。
「なあに、おばあ様、わたしたちには抜け道はいくらでもありますから、安心してください。国民の様子を見てから厚労省で精査した上でやりますかから。どうでも嫌だと言われるならおばあ様には打ちませんから。日本には1億2千万人いるのですから、三百万人や五百万人死んでもどうってことはありませんから」
「アンタ・・・・いつ鬼になった」
茂はばつが悪そうに黙って文雄を見た。
文雄が言った。
「ついでですが、外国の方々は日本の宝ですから、日本人の接種の様子を見てから問題が無ければ外国の方々に接種します。移民の方たちもどんどん入れてムスリムの土葬もモスクも難民の生活保護もバンバンやりますから。わたしは首相なんですから」
「そんなことは言ってないでしょ、聞いたことは答えずに聞いてないことを言う、あんたいつもそれだ」
彼女は文雄をにらみつけると部屋を出た。
自室に戻ったのか、一同はもう誕生日どころではなくなった。
すると文雄の次男の太郎が言った。
「お父さん、そんなに正直に言っちゃダメでしょう。おばあ様を怒らせて、ボクは今日、おばあ様の誕生日にかこつけて頼み事があったのに」
「オレは知らんよ。お前の頼み事なんか、どうせまた金の無心だろう。たまには自分で始末したらどうだ、情けない」
「お父さんにそんなこと言われる筋合いはありません。お父さんだって一人でこっそり来ては金の無心をしているでしょ」
「あ、あれはな、派閥にまく金だ。銭金ばかり欲しがって政(まつり)ごとはさっぱり出来ない奴ばかり。とにかく民自党で出世するには金が要るんだ。それに総裁選も近い。次も総裁になって首相になるからな」
すると文雄の末娘の鮎子が言った。
この末娘、一家のお荷物でとにかく頭が悪い。
それも並みの悪さではない。
だがこんなのが大臣をやっているのだ。
この一家、息子も娘もロクなものではない。
「お父さん、民自党の中はもうメチャクチャよ。わたしにはカンケ―ないけどさ。でも次の総裁選も大丈夫なの?、わたしも今度も大臣になりたいし、絶対に大丈夫なの?」
すると文雄の三男の進次郎が言った。
男三人兄弟、茂に太郎に進次郎に鮎子、名前に統一性が無いのは四人とも腹違いだからだ。
文雄の嫡出子は茂一人だけで、太郎、進次郎、鮎子は全員が腹違いである。
この進次郎、これもあまり頭が良くない。
そのせいか繁殖力だけは強く、女房はハーフで子どもはすでに4人いる。
その進次郎が言った。
「おばあ様も気分を壊されたようだし、ぼくたちもう帰ります。明日はサーフィンに行く予定ですから」
太郎が言った。
「おまえ、明日は国会だぞ」
「いいんです、出るところ無いし、出てもしょうがないし。さあ、帰ろうか」
と女房を見た。
ハーフの女房で「クリなんとか」ていう名で、進次郎と並ぶと、どこかアホらしくなるような雰囲気を持った夫婦だ。
これに子供が混じると四次元の世界のような光景になる。
進次郎自身がすでに四次元の住人だ。
「でも帰ってもしようがないし、料理もみな残ってるし、ご飯だけでも済ませましょうよ」
ハーフの女房は子どもと一緒にさっさとテーブルについて食事を始めた。
「おばあ様のケーキもいただいちゃいましょうか」なんて言いながら子どもと話している。
つられて一同もぞろぞろとテーブルにつき始め、その間を手伝いの女たちが数人歩きまわっている。
進次郎も加わった。
ちらちらと茂たちを見ている。
茂が太郎に振り向いて口を開いた。
「太郎よォ、お前、地元じゃもう中国人と言われているそうじゃないか、一家の面汚しだな」
「そりゃないだろ、兄さん。世話になっている後援会の洋平さんが内臓移植してもう中国から足が抜けられないんだよ。オレも仕方ないから付き合っているだけさ」
「嘘いえ、お前のほうが中国にべったりだとみなが言ってるぞ」
「みなって誰だよ」
「だからみななんだよ」
「いい加減なこと言うなよな」
進次郎が言った。
「ぼくんちのやってる自然再生エネルギーの太陽光パネルもみな中国製だからね、女房もその会社の重役だし、ぼくんち一家で太陽光、みんな大好きチャイニーズ」
ハーフの女房は天井を見上げて何かつぶやいた。
それを見た長女の鮎子が言った。
「進次郎ちゃん、奥さんがシンジローはバカだってつぶやいたわよ」
ハーフが怒った。
「わたしはそんなこと言ってません。嘘を言わないでください。鮎子さんのほうこそ何よ、内閣府特命担当大臣、男女共同参画担当なんて肩書だけはご立派だけど、中身は無いクルクルパーのくせに。アンタなんかが議員になってるのが間違いなのよ」
「なんですってェ、鮎子がクルクルパーとはどういう意味よ」
「クルクルパーはクルクルパーなのよ、この間抜け」
「何言ってんのよ、オリンピック招致で「おもてなし」と言っただけで何の役にも立たなかった女が、え、ら、そ、う、に。フランス語がしゃべれる?あんたな、フランスじゃガキだってしゃべってるわよ」
茂が間に入った。
「まあまあ二人とも落ち着いて」
鮎子は茂に返した。
「ウドみたいにのそのそ動くだけでえらそうに言わないでよ」
太郎も茂に言った。
「えらそうに間を取り持つ気かい、兄さん。鳴かず飛ばずで何の取柄もないくせに、気に食わないと仲間を後ろから撃つようなことばかり。アンタが党内でどんなこと言われてるのか知らんのかい」
「何だとタロー、お前に何がわかる。オレは、オレは、長男として必死で生きてきたんだぞ、あのオヤジあのオフクロ、お前らのようなアホでバカの弟と妹、それもみ~んな腹違い。オレの苦労をお前ら何も分かっちゃいないだろう」
すると太郎と進次郎と鮎子の三人は声をそろえて言った。
「知るもんか、勝手に悩んでろ」
茂は激怒した。
そこで文雄が叫んだ。
「よし、もう決めた。次の総裁選にはもう立たない!」
突然総裁選の話になった。
文雄が続けた。
「次期総裁、首相になりたければ兄弟妹みな仲良くして力を合わせろ!」
すると茂と太郎と進次郎は突然抱き合って叫んだ。
「ボクたち三兄弟、力を合わせて目指すは」
「茂首相だ」
と叫んだのは茂本人だ。
太郎と進次郎は怒って叫んだ。
「違う、茂兄さんじゃない。太郎首相だ」
「いや進次郎首相だ」
鮎子が言った。
「てめえたちで言ってりゃ世話ないわ、いまこそ日本で最初の女性首相は、わたくし鮎子よ」
「男女の格差の是正は数合わせじゃねえぞ」
と言ったのは茂だ。
文雄が言った。
「総裁選、他にも出るだろう、兄弟で力を合わせろ、よく話し合え」
三人が顔を見合わせ声をそろえて叫んだ。
「力を合わせる? 話し合う?イヤです」
そのときだ隣の部屋から彼女の声が聞こえた。
「みんなバカヤローだァ」
と同時に部屋でドサッと音がした。
みんなはおどろいた。
駆けつけてドアーを開けてみると、一部始終をドアーの向こうから聞いていたらしく、彼女が倒れている。
一族の中で唯一の医師である敬三が診た。
進次郎が言った。
「敬三さん、ヤブ医者だって噂だけど」
「黙れ、チンピラ。これはいかん、すぐに救急車そしておばあ様をベッドに」
「よし、みんなで力を合わせておばあ様を守るぞ」
と文雄は言うや、彼女の肩を持ち上げた。
茂は右足を持ち上げ、太郎は左足を持ち上げ、進次郎は右腕を持ち上げ、鮎尾は左腕を持ち上げ、みんなで彼女をベッドに運ぶために引っ張り持ち上げた。
そのときだ。
彼女は「ウウッウググ痛い痛いよォ」と言うやカクッと首が折れ静かになった。
肩を持ってた文雄もみんなもおどろいた。
敬三がすぐに診た。
10秒20秒、沈黙が続いたあとに敬三は静かに言った。
「おばあ様は・・・お亡くなりになられた・・・」
沈黙が支配したが、寂しさはなく、部屋の空気はどこか乾いていた。
そして文雄と茂と太郎と進次郎それに鮎子たちは互いに顔を見合わせた。
泣いている者はいなかった。
それを敬三はじっと見ていた。
後に敬三は語っている。
「文雄さんたち、あの人たち、かすかに笑っていた」