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ハイマン・P・ミンスキー『金融不安定性説』(1992年5月、バード大学)

 ハイマン・P・ミンスキー(1919-1996)といえば、「金融不安定性」の理論で知られる経済学者です。現代貨幣理論(MMT)の代表的学者ランダル・レイは、貨幣と銀行の分析、政府による雇用保証等もミンスキーの主要な業績として挙げていますが、一般的には一つ目の金融不安定性説が有名です。同理論についての書籍は、『金融不安定性の経済学ーー歴史・理論・政策』(多賀出版、1989年)という邦訳が出ています。
 今回はバード大学のレヴィ経済研究所が公開している論文の方を以下のとおり紹介します。極力明解な表現を心がけましたが、元の内容が中々に難解なので予めご了承ください。プロの方は何か問題がございましたら、ご遠慮なく素人の私めにご教示いただければ幸いです。
 ちなみに原文はこちらよりダウンロードできます。(http://www.levyinstitute.org/pubs/wp74.pdf)

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ハイマン・P・ミンスキー『金融不安定性説*』

(ワーキングペーパーNo.74、バード大学ジェローム・レヴィ経済学研究所、1992年5月)

*原文注: これは、『ラディカル政治経済ハンドブック』(フィリップ・アレスティス、マルコム・ソーヤー、エドワード・エルガー編、アルダーショット、1993年)の出版のためのペーパーである。

 金融不安定性説には、経験的側面と理論的側面の両方がある。容易に観察される経験的側面は、資本主義経済が制御不能になる恐れのあるインフレと債務デフレに陥ることがある点である。そのようなプロセスでは、経済の活動に対する経済システムの反応がその活動を増幅する。つまり、インフレがインフレを呼び、債務デフレは債務デフレを呼ぶのである。事態の悪化を封じ込めることを目的とした政府の介入は、歴史的な危機においては不適切であったケースもある。こうした歴史的な出来事は、現実の経済がスミスやワルラスの古典派の原則に、常に準拠しているとは限らないという見解を支持する証拠となる。古典派では、経済が常に均衡を求めて維持するシステムであると仮定することによって、経済を最もよく理解できると考えられている。
 債務デフレの古典派的な説明は、アーヴィング・フィッシャー(1933)によってなされ、チャールズ・キンドルバーガー(1978)によって自立的不均衡プロセスの説明がなされた。マーティン・ウォルフソン(1986)は、金融不安定性を助長する金融関係の出現に関するデータをまとめただけでなく、景気循環のさまざまな金融危機理論についても考察している。
 経済理論としての金融不安定性説は、ケインズ『一般理論』の本質を解釈したものであり、その歴史的文脈における解釈である。『一般理論』が書かれた1930年代初頭の米国経済と他の資本主義経済の金融・実体経済における大規模な収縮は、『一般理論』が説明しようとした(金融不安定性の)証拠の一部であった。金融不安定性説は、ヨーゼフ・シュンペーター(1934年、第3章)による貨幣・金融信用理論にも依拠している。狭義の金融不安定性説の主要な研究は、無論筆者であるハイマン・P・ミンスキー(1975、1986)自身によるものである。
 金融不安定性説の理論的議論は、高価な資本(的)資産と複雑で洗練された金融システムを備えた資本主義経済としての経済の特徴づけから始まる。問題をナイト(※1)的な「所与の資源を前提とした配分」ではなく、ケインズ的な「経済の資本発展」の問題として扱うのだ。焦点は、現実の時間の流れを通じて活動する資本主義経済の蓄積にある。
 資本主義経済の資本発展は、現在の貨幣を将来の貨幣と交換する営みを伴う。現在の貨幣は投資生産物の生産に使われる資源に対して支払うが、将来の貨幣は(資本資産が生産に使用されるため)資本資産を所有する会社に発生する「利益」である。投資の資金調達プロセスの結果として、生産単位による資本ストックの項目の管理は負債によって資金調達される。これらは、指定された日付に、または何らかの条件が発生したときに貨幣を支払うという履行義務を表す。各経済部門については、資産が時系列に従って推測された現金受領を生成すると同時に、その貸借対照表上の負債は時系列に則った前払い義務を決定する。
 この構造はケインズ(1972)が見事に説明している:

 私たちの資本の富を構成する実物資産は世界に多数ある。建物、商品のストック、製造中および輸送中の商品などである。しかし、これらの資産の名目上の所有者は、それらを所有するために頻繁にお金を借りることはなかった(ケインズの強調)。その対応する程度によって、富の実際の所有者は、実物資産ではなく、お金に対して所有権を主張する。この資金調達のかなりの部分は、銀行システムを通じて行われ、銀行システムは、資金を貸し出す預金者と、実物資産の購入の資金を調達するために融資を受ける借方の顧客との間に保証を介在させる。実物資産と、富の所有者との間にこの貨幣のヴェールが介在することは、現代世界の特に顕著な特徴である。(p.151)

 このケインズの「貨幣ヴェール」論は、貨幣数量説の「貨幣ヴェール」論とは異なる。貨幣数量説の「貨幣ヴェール」論は、商品市場での商品からお金へ、そしてお金から商品への交換取引を扱う。したがって、取引は実質、商品から商品への取引となる。ケインズのヴェール論は、貨幣が時間の経過を通じた資金調達に関連していることを意味する。経済の資金調達の一部は、銀行が中心的なプレーヤーである日付付きの支払いへの履行義務として構成することができる。資金の流れは、最初は預金者から銀行へ、銀行から企業へ、そして後日、企業から銀行へ、銀行から預金者へと流れる。先ず、取引は投資の資金調達のためになされ、その後、取引は資金調達契約に記載されている以前の義務を履行する。
 ケインズ的「貨幣ヴェール」の世界では、企業へのお金の流れは将来の利益の期待に対する反応であり、企業からのお金の流れは実現された利益によって賄われている。ケインズの説では、一般の銀行家と実業家の間の交渉の結果として主要な経済取引が行われる。そのような交渉の「テーブルにある」文書は、コストと利益に対する実業家の期待を詳述する。実業家は熱狂者として、銀行家は懐疑論者としてその数字と期待を解釈する。
 このように、資本主義経済では、過去、現在、未来は、資本資産や労働力の特性だけでなく、金融関係によってもリンクされている。主要な金融関係は、資本資産の創造と所有権を金融関係の構造とこの構造の変化にリンクさせる。制度の複雑さは、社会の富の最終的な所有者とその富を管理および運営する主体との間の、多層的な仲介を発生させる可能性がある。
 事業利益への期待は、事業への資金調達契約の流れと既存の資金調達契約の市場価格の両方を決定する。利益の実現は、金融契約の義務が履行されるかどうか、つまり金融資産が交渉で示された見積として機能するかどうかを決定する。
 現代の世界では、金融関係の分析とその分析がシステムの動作にもたらす影響は、企業の負債構造とその企業に伴うキャッシュフローに限定することはできない。世帯は自動車、住宅購入などの高額消費財のクレジットカードでの借り入れや金融資産の運用を行う能力に応じて、また多額の変動債務および資金調達債務を伴う政府、および金融の国際化の結果としての国際主体は、経済の現在のパフォーマンスによって有効化または無効化される負債構造を有する。
 (どちらも現代社会の特徴である)金融機関や通常の企業の借り換え代理人としての政府の関与の高まりに応じて、金融構造の複雑さが増すと、システムの動作が以前とは異なっていく可能性がある。特に、1929年から1933年の期間のように、財政が悪化しないことの保証に各国政府が深く関与したことは、総利益フローのマイナス面の脆弱性が大幅に減少したことを意味する。しかし、同じ介入が経済に大きな上向き(即ちインフレ)バイアスを引き起こす可能性がある。
 金融関係の複雑さが増しているにもかかわらず、システムの動作を決定する重要な要素は、利益レベルのままなのである。金融不安定性説は、総需要の構造が利益を決定するというカレツキ(1965)とレヴィ(1983)の利益観を取り入れている。利益収入と賃金の受領者による消費行動が非常に単純化された骨格モデルでは、各期間の総利益は総投資に等しい。(未だ非常に抽象的ではあるが)より複雑な構造では、総利益は総投資と政府赤字の合計に等しくなる。利益の期待は将来の投資に依存し、実現利益は投資によって決定される。したがって、負債が有効となるかどうかは投資に依存する。現在の投資が行われるのは、実業家と銀行家が将来も投資が行われることを期待しているからである。
 したがって、金融不安定性説は、システム動作に対する債務の影響を扱う理論であり、債務が有効となる仕組みも理論の中に組み込まれている。正統派(主流派)経済学の貨幣数量説とは対照的に、金融不安定性説は、銀行業を利益追求活動として重視している。銀行は資金調達活動と銀行家活動によって利益を追求する。資本主義経済のすべての起業家と同じく、銀行家はイノベーションが利益を保証することを認識している。したがって、(金融のすべての仲介者を総称としての)銀行家はブローカーであろうとディーラーであろうと、取得した資産と販売する負債の革新に努める債務の商人である。銀行と金融のこの革新的な特性は、流通速度がほぼ一定に近い不変の「貨幣」アイテムがあるとする、正統派の貨幣数量説の基本的な前提を無効にする。したがって、この貨幣供給の変化には、明確に定義された価格レベルに対する線形比例関係が存在する。
 経済部門の収入と負債の関係は、ヘッジ金融、投機的金融、そしてポンツィ(ポンジー)金融の3つに分類することができる。
 ヘッジ金融部門は、キャッシュフローによってすべての契約上の支払い義務を果たすことができる部門である。負債構造におけるエクイティファイナンスの比重が大きいほど、その部門がヘッジ金融部門である可能性が高くなる。投機的金融部門は、収入キャッシュフローから元本を返済できない場合でも、負債の「収益勘定」(income account)での支払い義務を満たすことができる部門である。このような部門は、負債(の返済)を「延期する」(roll over)必要がある(たとえば、満期を迎える債務の履行義務を満たすために新しい債務を発行する)。流動負債のある政府、コマーシャル・ペーパー(商業手形)の流動発行のある企業、および銀行は通常、ヘッジ部門である。
 ポンツィ金融部門の場合、営業活動によるキャッシュフローは、元本の返済または未払い債務の利息のいずれかを満たすには不十分である。そのような部門は資産を売却したりすることができる。普通株の利息を支払うために借りたり、利息(とさらには配当)を支払うために資産を売却することは、負債と将来の収入の事前履行義務を増やすと同時に、部門の資本を減らす。ポンツィ金融部門は、債務の保有者に提供する安全性を低下させるのだ。
 ヘッジ金融が優勢である場合、経済は均衡を求めて抑制するシステムである可能性が高いことを示しているといえる。対照的に、投機的金融とポンツィ金融の比重が大きいほど、経済が偏差増幅システムである可能性が高くなる。金融不安定性説の第一の定理は、経済には安定した資金調達体制と不安定な資金調達体制があるという点である。金融不安定性説の第二の定理は、長期にわたる繁栄の期間において、経済は安定したシステムを作る金融関係から不安定なシステムを作る金融関係に移行するというものだ。
 特に、長期にわたる好景気の中で、資本主義経済は、ヘッジ金融部門が支配的な金融構造から、投機的金融部門とポンツィ金融部門に大きな比重がある構造に移行する傾向がある。さらに、かなりの数の投機的金融部門を持つ経済がインフレ状態にあり、政府当局が金融引き締めによってインフレを退治しようとすると、投機的部門はポンツィ部門になり、以前のポンツィ部門の純価値は急速に蒸発する。その結果、キャッシュフローが不足している部門は、ポジション(建玉)を売り切ることによって新たにポジションを作ろうとすることを余儀なくされる。これは資産価値の崩壊につながる可能性がある。
 金融不安定性説は、さまざまな重大度における景気循環を生み出すのに外生的ショックに依存しない資本主義経済のモデルである。この説は、歴史上の景気循環は、(i)資本主義経済の内部力学、および(ii)経済を合理的な範囲内で運営し続けるように設計された介入および規制のシステムから構成されているという見解に成り立っている。(以上)

※1:フランク・H・ナイト(1885-1972):アメリカの経済学者、シカゴ学派第1世代とされる。

参考文献

Fisher, Irving. 1933. "The Debt Deflation Theory of Great Depressions." Econometrica 1: 337-57.
Kalecki, Michal 1965. Theory of Economic Dynamics. London: Allen and Unwin.
Keynes, John Maynard, 1936. The General Theory of Employment, Interest, and Money. New York: Harcourt Brace.
Keynes, John Maynard. 1972. Essays in Persuasion,The Collected Writings of John Maynard Keynes, Volume IX. MacMillan, St. Martins Press, for the Royal Economic Society, London and Basingstoke, p 151.
Kindleberger, Charles 1978. Manias, Panics and Crashes. New York, Basic Books.
Levy S. Jay and David A. 1983. Profits And The Future of American Society. New York, Harper and Row.
Minsky, Hyman P. 1975. John Maynard Keynes. Columbia University Press.
Minsky, Hyman P. 1986. Stabilizing An Unstable Economy. Yale University Press.
Schumpeter, Joseph A. 1934. Theory of Economic Development. Cambridge, Mass. Harvard University Press.
Wolfson, Martin H. 1986. Financial Crises. Armonk New York, M.E. Sharpe Inc.
(以上)

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