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(掌編小説)JKの黒猫バトン

 彼女と話をすると元気になる。そんな噂を聞いた私は、彼女から元気と黒猫のぬいぐるみを受け取った。


 私は今日もほとんど喋らなかった。話したことといえば、授業で先生に聞かれたアメリカの湖の名前を答えたのと、前の席の子が渡してくれたプリントで手を切った時に「痛い」と言ったことくらいか。あとは何も話してない。
 やっと帰りのHR。私の隣のいかにもJK達がわちゃわちゃ話をしている。聞こうとしなくても聞こえてくる。
「3組の工藤美緒って子知ってる?あの子と話をするとすごく元気になるんだって。パワーもらえるみたいよ」
「聞いたことある!でも最近は人と話さなくなったって聞いたけどな。どうかしたかな?」
 私は喋らないが耳がいい。工藤美緒って小学校の同級生だ。中学に入ってからは話したことないと思うけど、そういえば同じ高校か。でもあの子にそんな力があったのかな?

 放課後、みんなが部活をがんばっている頃に私は帰るのだ。運動は苦手だし一応科学部という部活に籍はあるけれど、いわゆるユーレイ部員。というか、私という存在がユーレイなのかもしれない。誰とも何もしない、見えているのかさえもあいまいな空気みたいな。そんなことを考えながら自転車置き場に行くと、彼女が立っていた。工藤美緒。背は私より高くて160センチちょっと、肩幅が狭くて細長い体をしていた。ショートボブに白いマスクの間から彼女の黒い瞳が見えた。私は彼女のカバンに付いている黒猫のぬいぐるみに目がいった。なんともかわいい黒猫ちゃんだ。私は珍しく自分から近づいて、彼女に笑いかけた。
「美緒ちゃん。小学校の時の…おぼえてる?」
「若菜ちゃん。橋本若菜ちゃん」
 美緒ちゃんはマスクを外して私に笑いかけてきた。私はドキッとした。何だろ?分からないけど胸の奥を優しく撫でられたような、変な気分。そのせいか思わず饒舌になって、私は大好きな音楽やアニメのこと、マンガや洋服のことなんかをぺらぺらと話し続けた。美緒ちゃんは穏やかな笑みを浮かべて、何も言わずに聞いてくれていた。ただただ話しただけなのに、私の胸の中の捨てていい言葉や汚い画像のようなものが、口から吐き出されて地面に散っていった。
「美緒ちゃんと話をすると元気になるって噂を聞いたけど、本当だね」
 私は思わずそう口にすると、美緒ちゃんは下を向いて首を横に振った。
「もうそんな力はないよ。売り切れちゃった」
 私は意味もわからずポカンとしていた。美緒ちゃんは私の目を見て静かに話し始めた。
「私、お父さんの転勤で転校するの。それでね、もし良かったらこれもらってくれないかな?」
 美緒ちゃんはカバンについていた黒猫の小さなぬいぐるみを私に手渡した。黒猫ちゃんは私の手の中でフワッと膨らんだような気がして、とっても心地よかった。
「私はちょっと疲れちゃったんだ。これが限界。でもね、後悔はしてないよ、みんな喜んでたし。若菜ちゃん、この黒猫ちゃんかわいがってくれそうだから、あげる」
 私は美緒ちゃんが何を言いたかったのかよくわからないまま、こくんとうなずいた。美緒ちゃんは空を見上げると深呼吸をして言った。
「小学校の修学旅行、一緒の班だったね。楽しかったな、ディズニーランド」
 美緒ちゃんは私を見て、ひまわりのような笑顔を見せてくれた。ああ、一緒の班だったって、今思い出した。
「もしもつらくなったら、黒猫ちゃんを誰かに渡してね。その子はバトンだから」
 そう言って美緒ちゃんは私の前から去っていった。私は自分のカバンに黒猫ちゃんをつけて、なんだか自分が意味のある人間のような、得体のしれない充実感をいだいた。しかしそれからというもの、私の高校生活は180度変わっていったのだ。

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