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(掌編小説)友と猫とコーヒーと
学生時代、僕に猫を託して消えた友達。死んだと思っていた彼からの電話。僕は彼に会いに行くことに…。
僕の携帯電話が突然鳴った。午前3時、妻は目を覚まさなかった。僕はその見知らぬ番号の電話をとって声を聞くと、早足でリビングに下りていった。もう20歳になる三毛猫のつや子が、僕の足元でじゃれつく。
「早野?生きていたのか!」
「三谷、すまん。こんな時間に。生きていたよ俺は」
大学時代に突然消えた友達は、電話口で少しはにかみながら笑った。あれからもう15年か、とりあえず生きていて良かった。僕はソファに横になると、つや子が僕の腹の上で丸くなった。
「70万必要なんだ。口座に振り込んでくれないか」
僕はため息をついた。断ろうとしていると、つや子がのしかかってきて僕の胸元に爪を立てた。
「そんな金、簡単に振り込めるわけがないだろ?」
電話口の早野は黙っていた。30秒ほどの沈黙の間、僕は頭の中で70万を工面して、なんとかなりそうだと判断すると渋々を装って答えた。
「直接お前に会って渡す。それが条件だ」
「すまない!恩に着るよ!いつか返すから」
僕らは再会の、いや、金の受け渡しの約束をして、時間と場所を決めた後電話を切った。午前4時。ウイスキーを飲んでつや子と一緒にもう一度横になった。
「昨夜はどうしたの?ソファで寝たりなんかして」
トーストを良い音を立ててかじりながら妻は言った。部屋中にコーヒーの香りとパンを焼いた香りが漂い、コーヒーを一口飲むと僕はだんだん目が覚めてきた。
「昔の友達から電話があってさ、今度会おうって」
「あんな時間に?」
「ああ、海外に行ってたから、時差ボケかな」
「私の知ってる人?」
「いや、知らないやつ」
「ふーん」
僕はいくつか嘘をついて、妻より先に家を出た。眠くて暑い夏の朝だった。
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次の土曜日、約束の日。僕は飛行機で四国に向かっていた。あの時の電話で、早野はとても交通費が出せないからと、僕が出向くことになったのだが、まさか四国とは。僕はジャケットの内ポケットの70万をまさぐりながら、久しぶりの一人旅に不思議とウキウキしていた。
空港からタクシーで30分位走った先のショッピングモールで僕は降りた。まだ午前だが、夏の太陽は容赦なく照り付け、僕は羽織っていた麻のジャケットを脱いでしまった。ただその焼けるような暑さが、15年の時を手繰り寄せては温めた。僕は少し興奮しながら、待ち合わせ場所のショッピングモールにあるカフェに入った。約束の時間の20分前、相変わらずせっかちな自分を笑いながらドリップコーヒーをマグカップで頼むと、通路側のテーブルに着いた。人の流れを見ながら、四国は初めてなのに日帰りとはもったいなかったなと思った。しかしながら旅を楽しむ気持ちと、ほんの少し、早野に対して恐れる気持ちがあった。学生時代の友達とは言え、15年も音沙汰の無いやつに金を持って会いに行くなんて馬鹿げた話だ。だが会いたい気持ちもやはりあって、ただ、深入りするのが怖かった。
「ごめん。待たせたね」
早野が立っていた。
着古した黒いアロハシャツにデニムパンツ、古ぼけた黒いスニーカー。何カ月も切っていないように見える髪は、まるで古いロックスターのようだった。そう言えば早野は学生時代バンドをやっていて、そこのボーカルギターだった。
早野は僕の向かい側にちょこんと座った。その鈍く輝く両の眼は、何かの拍子に火が付くんじゃないかと思わせるような緊張感を持っていた。
「コーヒーでいいよな」
僕は立ち上がってコーヒーを買いにカウンターに向かった。後ろで早野が何やら言っていたが、金が無さそうだったからコーヒーぐらいおごるよ。それよりも聞きたいことはいくらでもある、70万円分の話を。
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