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新・古今東西見聞録

ラスト・ワルツ さらば、ガース…

 その時、“ビック・ピンク”と呼ばれた地下室を改装して創り上げられた即席のスタジオに、ボブ・ディランと“ホークス”と呼ばれた5人組のバンドがいた。そこでのセッションは、『The Basement Tapes』で聴くことができる。ディラン以外の5人の“ホークス”とは、ロビー・ロバートソン、リチャード・マニュエル、リック・ダンコ、リヴォン・ヘルム、ガース・ハドソン。そう、『The Basement Tapes』の後、“ザ・バンド”を名乗ることになる5人なのである。ガース以外は、残念ながら亡くなっているが、この1月21日の朝(現地時間)、メンバーの中でただひとり歌わず、楽器たちに拘った最後の“ザ・バンド”、愛称“ザ・ベアー”ガース・ハドソンが亡くなった。“ビック・ピンク”を改装して即席のスタジオをこしらえたのもガースだった。
 ボブ・ディランのバックで“ホークス”として、場数とテクニックを磨き、子供の頃からピアノに親しんできたガース。やがて機が熟するとそれはハモンド・オルガンで表現する“マッド・プロフェッサー”に、また時には縦横無尽に語るアコーディオンやサックスでも魅せた。その音色は“ガース・ハドソンの色”だった。誰にも真似できないそれは、“ザ・バンド”には無くてはならない色だった。
 先ほど記した『The Basement Tapes』の正規版(海賊版は出回っていたらしい。)がリリースされたのは1975年。もうその頃には“ザ・バンド”は、完全に独り立ちしていた。『トロント・サン』紙は、“ザ・バンドのおかげで、ディランは歌える歌手のように聞こえた”と評した。決して目立ちはしなかったが、個々の実力は完璧だったのである。そしてこうも呼ばれた“彼らは兄弟のようだった”と。そして、ガースによる最高の名演のひとつは、“兄弟”の終焉、『ラスト・ワルツ』での「It Makes No Difference」である。ザ・バンドがこれまでに演奏した中でのベストとも言えるし、5人全員がキャリア最高の演奏を披露している。曲の終盤、ロバートソンがギターで苦悩と嵐のような演奏を披露し、ソプラノサックスのガースにバトンタッチする。これほどシンプルかつ派手さのない、なおかつパワフルな演奏は彼にしかできないだろう。わずか68秒のことだが、『ラスト・ワルツ』のすべての感情的な要素、バンドのキャリア全体を要約している。
 その後もガースは精力的に様々なアーティストの演奏に参加、決してしゃしゃり出てることもなく、素顔も無口で、そんな人となりが出ているような、でもしっかり感情を乗せた演奏で、アーティストを盛り立てた。私もキーボードを弾く。お手本というか、それ以上のとんでもない存在だけど、1960年代から1970年後半までの“ザ・バンド”、そしてその後のガース。ありがとう。そして、さらば、ガース…合掌。


追記
『The Basement Tapes』は、2014年になって『The Basement Tapes Complete』として、6枚組の完全生産版として甦っている。

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