地獄映画、世界No.1
地獄は実在する。
とは映画作家・高橋洋の名言だが、その高橋が絶賛した地獄映画がある。
MELIA監督『体験型ツアー』である。
『リング』シリーズ等で長年地獄表現を追求してきた恐怖映画の巨匠のお墨付き・・・・・・高橋信者でもある私は、この映画の鑑賞を迫られた。
だが、鑑賞前、私はたいへん気が重かった。
昨年の真夏のことである。
SNSでこの上映会のことを知った。
カナザワ映画祭グランプリ、高橋洋と稲生平太郎が高評価となれば、見ないわけにはいかない、期待大なはずなのに、なぜ、気乗りがしなかったのか。
チラシの解説文を読んで頂きたい。
性暴力被害というテーマ。
心の弱い私にとって、このような重い題材は苦手である。成人男性が痛い目酷い目に遭うのは全然平気、むしろ愉快なんだが、女性や子どもが心底残酷な目に遭うのは辛くて、見続けるタフな精神力を持ち合わせていない。
たとえば『母をたずねて三千里』とか『小公女』なんか嫌いなんだ。
そして、監督が主演、音楽も兼ねている政治ミュージカルとのこと。
監督は若い女性、チラシから推測すると、今風のポップミュージックのようだ。一番好きな音楽家は伊福部昭という超絶時代遅れの私は、ポップなものも苦手なのだ。
また、生身の人間の内面心情吐露なんてのも苦手だ。
苦手の満漢全席ではないか。
なので、行くことをそうとう迷ったんだが、高橋洋が誉めているならと勇気を振り絞って会場に向かった。
しかも、その日、寝不足で調子が良くなかった。
フラフラの状態で、闘いに挑んだ。
そう、それは決死の勝負だったのだ。
結論から言おう。私は敗北した。完全にノックアウトされた。
映画鑑賞者にとって「参りました!」と言わせてくれる作品、作者に出会うことが至上の喜びであることは言うまでもない。
以下、作品内容について踏み込みます。未見の方はご注意ください。
まずは見てみようという方はこちらからどうぞ。
『体験型ツアー』無料配信中 https://vimeo.com/user71145031
冒頭、主観カメラのショットではじまる。数人の男たちが迫ってくる。不穏な空気、暴力の匂い。彼らは強姦魔であり、被害者の目線の映像なのだ。
うわっ・・・・・・この時点で、すでにかなり気分が悪い。
画面切り替わって・・・・・・傷を負った女性(監督本人)がカメラに向かって己の苦しみを、音楽にのせて歌う。ミュージック・ビデオの体裁である。背景や傷のメイクなどは抽象化されている。
これが60分続くのか・・・・・・!?
だが、何かが的確なのだろうか、ひどく生々しくもある。主人公は涙を浮かべている。とても迫真的だ、演技とは思えないレベル。
次は、スマホ自撮り映像。主人公の自殺配信ということらしい。
ここでも主人公の表情は、真に迫りまくり。
このあたりで、苦しんで泣く様が演技ではないことは間違いないと、確信に至る。
以降、自撮りの日常の場面と、ミュージック・ビデオが交互に繰り返され、グイグイと画面に引き込まれてゆく。
苦痛と呪いと憎悪、死にたいがなかなか死ねない葛藤が、怒涛のごとく画面から溢れ出て、観客は主人公が生きる「この世の地獄」を、タイトル通り体験させられてゆく。辛い日常の光景と、ポップであればあるほど痛ましいMVの絶妙な組み合わせは、互いが呼応しあい、憎悪と絶望が増幅してゆく。
絶望についての映画である。
主人公(監督)が受けた傷は大きすぎる。
簡単に癒えるものではない。
もしかしたら、一生かかっても癒えないのではないかというレベルの深い傷だろう。
だが・・・・・・・希望がまったくないのかと言うと、そうも言い切れないのではないか。
なぜなら、この映画が存在するからだ。
誰が言っていたか、こんなことを聞いたことがある。
どんなに絶望的なことを描いたとしても、作品として発表しようということは、世界や他者とのつながりに希望を見出そうとする行為である。
作者は、絶望の闇の中に光を見出そうともがいている。
描写の一部始終は、すべてその表出なのであろう。
とここまでも、めちゃめちゃ凄いわけだが、この映画、このままでは終わらない。
想像を絶するラストが待っているのだ。
ここまでは〈この世の地獄〉だったが、ネクストステージ〈あの世の地獄〉が現前するのだ!
古今東西、映画史の中でさんざん取り上げられてきた〈地獄〉だが、それはおのずと見世物的スペクタクルが要求され、直接表現では大規模な予算がかかる。なので、低予算の場合、直接表現は避けるのが無難である。たとえば、冒頭に言及した高橋洋たちJホラー勢は、この世界のどこかに地獄が実在すると思わせる作劇や演出で間接的に描写してきたと言ってよかろう。
では、低予算個人映画のこの作品は間接表現ということか?
否、断じて、否。
主人公は自死し、地獄へ、そして・・・・・・
それはぜひ、ご自身の目で確かめていただきたい。
直接表現でもあり間接表現でもあるという、製作費0円の〈地獄〉が立ち現れるのである!
世界一安くて、世界一迫真的!
びっくりする。私は震撼した。
かつて高橋洋は師匠の大和屋竺について「ドキュメンタリストでありながら大衆娯楽路線を目指すという困難な立場を選びとった」(※)と評していたが、この若い作家は、すでにその地平を超えている。
※「大和屋竺ダイナマイト傑作選 荒野のダッチワイフ」(編/高橋洋、塩田明彦、井川耕一郎 刊/フィルムアート社)
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