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『パラパラのチャーハン』という幻想
唐突だが、ラーメン屋とか中華屋のチャーハンって何であんなにうまいんだろうか。
「ラ・餃・チャ」でおなじみの中華黄金トリオの中でも、「チャ」の貢献度はなかなかに高い。
かつてジャイアンツには斎藤・桑田・槙原という最強の先発3本柱がいたが、
その中でも派手さはないが卓越したセンスと闘志あふれるプレーで多くのファンに愛された背番号18、桑田真澄のような安心感と信頼感が、チャーハンにもあるような気がする。
…というわかりづらい例えはさておき、
そんなチャーハンの味をなんとか自宅で再現できないものかと試行錯誤したことがある人は多いのではないか。
例によって僕もそのひとりだ。
小学生のころから「ラーメン屋のチャーハン」を作るべく、うまくいくイメージを膨らませては、慣れない台所に立った。
しかし、なかなかうまくいかない。
何度やっても店の味にはならなかった。
ラーメン屋のチャーハンが美味いのはラーメンのスープを入れてるからに違いない!とか、
鶏がらとウェイパアをとりあえずアホほどぶち込んでおけば…とか、
さまざまな仮説を立てて幾度となく挑戦したにもかかわらず、一向に理想のチャーハンには近づくことができなかった。
それどころか僕がウキウキでそれっぽく振るう中華鍋からコンロ周辺に撒き散らされた具材と、火加減がわからずこびり付いたチャーハンの残骸は、毎度母の機嫌を損ねるばかりだった。
そして納得のいくチャーハンが作れないまま月日は流れ、気づけば僕は中学生になっていた。
そのころには「やっぱり店の味は家では作れないんだな」と半ばあきらめモードに入り、チャーハンに対する研究熱もすっかり冷めてしまっていた。
だがそんなある日、僕はチャーハンについてのある衝撃的な真実を悟ることになった。
実家の近所に「うえむらや」というすごくうまい家系ラーメンの店がある。
家系好きの父親に連れられて、よく食べに行っていた。
僕はそこのチャーハンが大好きだった。
ラーメンに入っているのと同じ焼豚が細切れで入っていて、黄色い卵とバランスよく混ざり、米には絶妙なきつね色が付いてドーム型に盛り付けられ、その上から程よくふりかけられた青ねぎ。
見た目も味も、僕にとっての完璧なチャーハンだった。
ある休日、いつものように父親の車でヤマダ電機に行った帰りにうえむらやに寄った。
はらぺこの僕はチャーシュー麺と半チャーハンのセットを頼み、運ばれてくるなりがっついた。
う、うんめえ〜〜〜。
はあぁ、やっぱりここのチャーハンは最高だな。。
脂っぽいラーメンのスープと、パラパラのチャーハンの相性が…
…?
ん???
いまおれ、なんていった?
「脂っぽいラーメン」と…
確かめるように、僕はラーメンのスープをすする。
…うん。たしかに味が濃くて、かなり脂っぽい。
「パラパラのチャーハン」…
追いかけるようにチャーハンを口に運ぶ。
…違う。何かがおかしい。
でも…そんなはずはない。
そのときの僕の頭の中には、「美味しいチャーハン=パラパラである」という、
「エジソンは偉い人」レベルの"あたりまえ"がこびり付いていた。
だが、僕が今まさにモグモグしているチャーハンは決して、「パラパラ」なんかではない。
そして、間違いなく美味い。
僕は頭が混乱してしまった。
いま食べているチャーハンはとても美味しいのに、いま食べているチャーハンはパラパラではないだと…???
まだまだ柔軟さを持っている14〜5歳の脳ミソと言えど、固定観念が思考を停止させるのには十分に成熟していたのだ。
間違いなく、そのチャーハンは「ベタベタ」だった。
いや待て、ラーメンのスープを飲んですぐの口に放り込んだから、脂っぽさが残っていたのではないか。
冷静さを取り戻した僕はあわてて水を一口含み、口内をフラットに近い状態に戻してから、飲み込んだ。
それから落ち着いて、もう一度チャーハンを食べてみる。
やはりそれはパラパラではなく、ベタベタだった。
僕は衝撃を受けた。
今まで「パラパラのチャーハン」だと思っていたチャーハンは、実は全部ベタベタだったのだ!
というか、そもそも「パラパラ」なんて存在しなかったのだ!
ベタベタのチャーハンを、「パラパラのチャーハン」と呼んで有難がっていたのだ!
なんと間抜けなことか!
その衝撃は少し経って怒りに変わった。
そもそも「パラパラのチャーハン」なんて言葉を使い出したのはいったいどこのどいつだ。
そして、その大嘘をさもこの世の真理かのように流布させたのはどこのどいつだ。
きっと日本中華料理協会(?)のお偉方が集まって、「本物のチャーハンを家庭で簡単に作られては困る」と言う理由で、庶民を陥れることに決めたのに違いない!
美味しいチャーハンを作るコツは実は「ベタベタにする」ことであるにもかかわらず、「パラパラ」というまるで正反対の言葉をぱら撒いて、全世界の人々を欺いていたのだ!
中二病全開の僕は、本気でそう信じ怒りに打ち震えた。
と同時に、彼ら(?)の巨大な陰謀をついに暴いてやったのだという達成感のようなものに満たされていた。
さっそく僕は、「ベタベタのチャーハン」作りに取りかかった。
「パラパラ」という虚構の世界から解放され、正常な感性を取り戻した当時の僕にとって、そのベタベタの正体を突き止めるのはあまりにも簡単だった。
答えは、「ありえない量のごま油」だった。
まず中華鍋にごま油をとにかく沢山引く。
いや、もう「引く」というより「流し込む」と言ったほうが正しい。
「ごま油の海」を十分に熱したら、そこに溶いた卵を、溺れさせる。
そして卵が凝固する前に、米と具材を一気に放り込む。
海の成分を全体になじませたらもう、勝ったも同然だ。
それより後の行程は、どうでもいいことがわかった。
小学生時代に試してきたどれをやっても、簡単においしく出来た。
つまり、今までやってきた味付けはひとつも間違っていなかったのだ。
ただひとつ、「パラパラにしなきゃ」という固定観念がすべてを狂わせていた。
中華鍋にごはんがこびり付かなくなったし、馬鹿みたいに振り回す必要もないので具材を撒き散らすこともなくなった。
こうして僕は、お母さんを困らせない「ラーメン屋のチャーハン」の作り方を習得することが出来たのだ。
あなたも、どうしてもうまくいかないことがあったときは心を研ぎ澄ませて、常識を疑ってみてはどうか。
きっと日本○○協会の陰謀によってゆがめられた真実を暴くことが出来るはずだ。
(完)