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【散文詩】女性E-青年N
ハイボールの入ったカップで氷が既に解け始めていて、一口飲むだけでも確実に薄くなっているのが分かる。今日は追っているポストロックバンドの全国ツアーファイナルだ。知る人ぞ知るSFアニメで挿入歌を担当し、有名な女性シンガーをボーカルに迎えて何曲か出しているので、それなりに名が知れて来た。素敵な話である。ハイボールをもうひとくち飲むと、会場の照明が徐々に弱くなっていき、ピアノの音色が会場に響き始める。
私は後ろでゆっくり見ますよ、みたいなスタンスで毎回ライブに行く癖に、結局腕をあげたり飛び跳ねたりしている。今日はパーカーのポケットからiPhoneとAirPodsが転がり落ちた。前列のおじさんに踏みつけられ、私が曲のラスサビで落としたことに気付いて広い、その後、盛り上がりを自身の中で再度形成することは難しくて仕方ない。私は私が思うより、ずっと感情の操作が下手だ。日々に散らばる概念・声・状況変化にコンコン弾かれながら、私は私が陥りたくなかった方向へ転がり落ちていく。その場で座り込みそうになった。10年前からネット上で追っていたバンドだった。10年の時が経っている。私の知らない新曲なんかも多い。なぜか酔いが早い。そして気持ち悪くなるのも早かった。ドリンクを貰うために缶バッジ状の何かを入場口で受け取る。裏に針がしっかりある。針は目を貫く妄想をさせるから嫌いだ。
もうなんでこんなバンド好きになったんだろう。既に新しくYouTubeの動画を見始めてしまって、それも飽きてHuluでドラマの続きを覗いたりしている。今日のセトリなんて既に覚えていない。私は何を以てして、「好き」という感情を抱くことができるのか。登録しているYouTubeのチャンネルも、見ているドラマも、このバンドも、私はまっすぐ「好き」という感情に乗っかって向き合えなくなっている。趣味だけじゃない、人ともそうだ。異性に向き合う自分の前にひたすら障害物が出現する。「好き」という感情をスルっと自分の中から引き出せたあの頃と比べて、今はチェックシートみたいになった各項目へ納得してペケ印をつけていかなければ、「好き」と認定できなくなっている。なんでこんなバンドを好きになったんだろう。これは悪態ではない。本当に思い出せないし、理由を問われたら、分析的に彼らの特徴を挙げて終話する。
小学生の頃、解剖台にカエルや魚を乗せてハサミを入れていった時、少なくとも男子は一体感をもって歓喜していた。理科の授業でいくら咎められようとも、俺たちのグロさに対する追求は止まらなかった。この残虐性に対する科学的な説明は、何か納得できるものとして公開されているのか。まぁ既に知ったこっちゃない。元々、俺たちは本なんて好きじゃない。俺たちが好きなのは外で遊ぶことであり、ゲーム画面上で戦闘することであり、暴力的な漫画を読むことであり、生き物を殺すことだったんだから。
あの頃の俺たちは強くなりたかったんだろうと思う。正確に言えば、「自分より弱い」と認識できる対象を増やしたかったんだと思う。そうでもしなければ不安だったんだ。子供だった俺たちにとって、世界は分からない事だらけだった。分からないものが、こちらより強いものだったら大変だ。だからできるだけ新しい物事に興味を示し、それが自分に脅威を及ぼさない「弱い」ものとしたかったのだ。
俺は今も変わらない。かえるの腹を切って、犬の腹を切って、猫を燃やして、カラスやハトや雀は吊るし切りにした。鹿だって、わざわざいる場所いって夜通し息を切らして、弱い、弱い、お前は、俺より、弱いって。大変だった、あれは。まぁそれは5年前くらいまでなんですけど、非常に強くなりたいです、俺は。
都心よりも23区外とか埼玉の方が幾分か強くなりやすい。だけど恵比寿に行く予定がある。アーティストのファンになったことは殆どなかったが、このバンドだけは聴こうと、CDを取り込んでアイチューンズに転送していたのだ。毎度、CDを買っている。サブスクだと、あくまでその曲はサブスクのものだ。俺自身の物なのか不確かな感じがして、そしてこのバンド以外聴かないので、アイチューンズにCDを取り込んでいる。
既に開演していた。ライブ会場に入ると、既に立てる場所は殆どなかった。なんとか入り込んだ場所で、前後左右にずっとぴょんぴょん跳ねているものがいて、暗いから黒くて、昼間のカラスみたいだと思った。大抵の人間より俺は「強い」つもりでいるが、この場にいるのは本当に人間なのかと疑ってしまう。毎度、このアーティストのライブではそうなのだ。
とにかく音は良い。音が好きになったのは彼らのおかげなのだ。いつまでだってぴぎぃという悲鳴ばかり俺は聴いて生きて来た。あとはざわざわと風の音がしていた。しかし人為的な操作によって作られる音もまた良いものだ。彼らしか受け付けない。彼らは俺が「強く」なっている以外の時、大体何も考えずにいさせてくれる。しかしライブとなると話は別なのだ。これが面倒なのだ。どう面倒か、説明する相手をライブ後に探そうと思った。ちなみに俺は高校を卒業してから、1度も人と会話をしていない。ただの、1度もだ。だけど「説明」したり、「伝達」することはできている。これも「強さ」故のものなのだ。
「恵比寿の公園で女性(35)殺害。犯人見つからず。」
12月17日(火)23:52配信
(NFS報道オンライン)
東京都渋谷区恵比寿1丁目にある「恵比寿東公園」の公衆トイレにて、都内在住の女性(35歳)が腹部を裂かれて死亡しているのが見つかり、死亡推定時刻は本日の22時30分ごろだということが、捜査関係者への取材で分かりました。犯人は現在見つかっておらず、依然逃亡中とのことです。
※画像は本作と一切関係ない写真です。
※本作含め、書いたものは全てフィクションです。モデルもいません。