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「九份の夜に消えたギタリスト」〜台北の路地裏に隠された謎




夜市に響く運命の即興演奏と消えた旋律

サオリは飛行機の窓から見える雲海をぼんやりと見つめながら、今回の台湾旅行に思いを馳せていた。東京での忙しい日々から逃れるように、この旅を決めたのはほんの数週間前のことだった。

音楽活動に追われる日常は、かつての情熱をすり減らし、彼女の心に重い疲労感を残していた。何かが変わらなければ、このまま音楽を続けていくことはできないと感じていた。

サオリはフリーランスの作曲家として活動している。しかし、サブスクが普及し、低単価で音楽を作っても収益化が年々難しくなっている。周囲のミュージシャンとの音楽制作の日々で、情熱が金銭として報われず、軋轢が生まれ、精神もすり減らす原因になっていた。

彼女は作曲することが天職だと思っていたが、
「生きるために農家に転職した方が良いのでは?」
と暗中模索していた。

「台湾で新しい刺激を得ることで、再び創作意欲を取り戻せるかもしれない」

そんな期待と不安が入り混じった思いを胸に、サオリはこの旅路に身を任せていた。

台湾に着いた初めての夜、彼女は九份の賑やかな通りを歩き回り、ストリートフードの香りや伝統楽器と現代のメロディーが混ざり合う音に包まれる。



「なんて素晴らしい音楽なんだろう…」と、サオリは心の中でつぶやいた。耳を澄ますと、どこからかギターの音色が聞こえてくる。それは、台湾の民謡と現代リズムが見事に融合した、魂のこもった旋律だった。

サオリは音のする方へ足を運び、古い街の曲がりくねった路地を探索していると、小さな薄暗い茶屋に迷い込んだ。店内では、一人のギタリストがギターを弾いていた。彼の指が弦を弾くたびに、豊かな音色が店内を満たしていく。サオリはその音楽に心を奪われ、しばらくの間、立ち尽くしていた。


演奏が終わると、ギタリストは彼女に気づき、にこやかに微笑んだ。

「ようこそ、楽しんでくれたかな?」ギタリストは優しく声をかけた。

「ええ、まるで魔法にかけられたような気分でした。」サオリは少し恥ずかしそうに答えた。

「君も音楽家かい?」彼の質問に、サオリは驚いてうなずいた。

「はい、私は日本から来たサオリといいます。あなたの演奏には、特別な何かを感じます。」

「ありがとう、僕はウェイ。音楽は言葉を超えて心をつなぐ力がある。君と音楽を通じて出会えたのも、何かの縁だろうね。」


二人は音楽への共通の愛を通じてすぐに打ち解け、夜が更けるまで話し込んだ。

「明日の夜、一緒に演奏しないか?」ウェイは提案した。「きっと、素晴らしい夜になると思うよ。」

「ぜひ、一緒に演奏させてください。」サオリは喜んで応じた。

音楽家としてのお互いに対する信頼と共鳴


翌晩、二人は小さなステージに立った。周囲には多くの観客が集まり、息を呑んでその瞬間を見守っていた。

ウェイがギターを静かに奏で始めると、サオリも彼のリズムに合わせてピアノを弾き始めた。その音色は、まるで二人の心が一つになっているかのように完璧に調和していた。

最初の音が響いた瞬間から、観客たちはその場に引き込まれた。ウェイのギターの柔らかな音色がサオリのピアノの旋律と絡み合い、二つの楽器が一つの物語を紡いでいくようだった。

時折、二人は目を合わせ、微笑みを交わす。その笑顔には言葉にできない何かが宿っており、互いに対する信頼と共鳴が感じられた。

音楽は次第に熱を帯び、複雑なリズムと美しいメロディが絡み合う。観客の中には涙を浮かべる者もいれば、感動で胸を押さえる者もいた。誰もがこの瞬間が特別なものであることを感じていた。


演奏が終わると、しばしの静寂が訪れた。誰もがその余韻に浸り、言葉を失っていた。しかし次の瞬間、拍手が湧き上がり、歓声が響き渡った。観客たちはこの瞬間を永遠に忘れないだろうと感じていた。

二人の間には、言葉では説明できない強い絆が生まれていた。音楽を通じて結ばれたその絆は、まるで運命に導かれたかのように自然で、しかし強固だった。

ステージを降りた二人は、互いに微笑みながら一言も言葉を交わさなかったが、その静かな瞬間にすべてが伝わっていた。音楽は二人を結びつけ、その夜、彼らは共に新たな未来を見つめていた。


不可解な彼の痕跡を探し求める決意


しかし、翌朝、サオリが目を覚ますと、ウェイの姿はどこにも見当たらなかった。不安に駆られた彼女は、昨夜の茶屋に戻ってみることにした。

「ウェイさんを見かけませんでしたか?」サオリは茶屋の店主に尋ねた。

店主はしばらく沈黙した後、ため息をついて答えた。「彼のことはあまり話したくないが、彼はよく突然姿を消すんだ。」

「どうして?何かトラブルに巻き込まれたのでしょうか?」サオリはさらに問いただしたが、店主は曖昧な返事を返すだけだった。


「何も知らない方がいいこともあるよ、特にこの街ではね。」店主は目を逸らしながら言った。

サオリは不安と好奇心に駆られたまま、ウェイの行方を追う決意を固めた。九份の曲がりくねった路地をさらに奥深く進みながら、彼の痕跡を探し求める彼女は、ウェイの失踪には何か異常なものがあると感じ始めるのだった…。


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