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「九份の夜に消えたギタリスト」~アートディーラーの決意

第1話


第2話


第3話 アートディーラーの決意


真紅のスポーツカーで旋律が踊り出す


時間が刻々と迫る中、サオリは冷静に計画を練っていた。彼女は日本から来た富裕なアートディーラーという偽の身分を作り上げ、影の組接「紅龍」に接触する準備を整えた。

その夜、彼女はドレスをまとい、組織との会合に向かうため、スポーツカーを一目散に走らせた。


サオリはこの緊迫した状況を、なぜか心から楽しんでいた。

「こんな人生を私は望んでいたのかもしれない」そう思うと、ふと笑いが込み上げてきた。

まるで、映画のワンシーンのような自分が置かれた状況を、脚本家のように冷静に捉え、頭の中では自然と込み上げてくるスリリングな旋律が踊っていた。

サオリがスポーツカーを手に入れた理由は、その華やかな背景に隠されていた。彼女は経済的に余裕があるわけではなかったが、その音楽家としての才能が、思わぬチャンスを生んだのだ。

台湾に滞在中、現地の企業が音楽イベントやアーティストとのコラボレーションを模索しており、サオリの音楽的な魅力が彼らの目に留まった。彼女は、20代の女性向けの高級車プロモーション企画に参加することで、期間限定ながらも、スポーツカーを手に入れることができたのだ。

その契約内容は、サオリが企業のイベントでパフォーマンスを行い、同時にそのスポーツカーを使用することで、広告的な露出を提供するというものだった。


企業にとっては、サオリの音楽とともに高級車をアピールできる絶好の機会であり、サオリにとっては短期間ながらも夢のような車を手にすることができる、双方にとってウィンウィンの契約であった。

「音楽を通じて、こんな形でチャンスが来るなんて、思ってもみなかった」と、サオリは微笑んだ。スポーツカーのエンジン音が彼女の鼓動に重なり、その瞬間、彼女は自分の才能が新たな形で評価されたことを実感していた。


アートディーラーとしての潜伏作戦


台北市の薄暗い路地裏に、サオリは足を止めた。視線の先にある古びた建物の前には、ロンが立っていた。背後にある街の喧騒が遠く感じられるほど、二人の間に張り詰めた緊張感が漂っている。

「あなたがアートディーラーのサオリさんか?」ロンは低く冷静な声で問いかけた。

サオリは心臓が早鐘を打つのを感じたが、プロとしての冷静さを保ち、わずかに微笑んで答えた。
「そうです。私は、特別な才能を持つアーティストを探しています。噂によれば、あなた方『紅龍』がそのようなアーティストを抱えていると聞きました。」

ロンはじっと彼女を見つめ、彼女の言葉の裏を探るように鋭い視線を送った。だが、表情に変化はない。彼の目は氷のように冷たい。「あなたに興味を持っている者がいる」と、彼は静かに言った。

「ついてきてください。」

サオリは一瞬ためらった。あくまで、表面上はアートディーラーとして商談するためだったが、ロンが何を知っているのか分からない。組織の内情に深く踏み込む危険を感じながらも、彼女は自らの賭けに出るしかなかった。

ロンは彼女を建物の中へと導いた。暗く湿った廊下を歩く二人の足音が響く。ロンは振り返らず、無言で先を歩く。その無口さが、かえって彼の存在感を増していた。

「なぜ、こんなところに?」サオリが口を開いた。

「安全な場所だ」とロンは短く答えた。
「あなたが話したい内容は、他人の耳には届かない方がいい。」

サオリは少し緊張したが、そのまま歩みを止めなかった。彼女がこの状況からウェイに会うには、ロンとの交渉が重要だと分かっていた。「紅龍」についての情報が手に入れば、彼女の任務は成功する。

しかし、失敗すれば命を落とすリスクもあった。

ロンは階段を降り、地下にある広間にサオリを連れて行った。そこには、古びた家具と調度品が置かれた異様に静かな部屋が広がっていた。ロンは、彼女を椅子に座らせ、少し離れた場所に腰を下ろした。

「なぜ私に興味を?」サオリは問いかけた。

ロンは冷ややかに微笑んだ。
「私たちは常に有能な人間を探している。特に、あなたのように何かを隠し持っている者にはね。」

その言葉にサオリの背筋が凍った。彼が何を知っているのか、どこまで彼女の正体に近づいているのか分からない。しかし、表情を崩さずに問い返した。
「何かを隠していると?」

「アートディーラーとしての活動は見事だ。だが、それだけではないだろう?」ロンの声は冷酷で、すべてを見透かすかのようだ。


サオリは深く息を吸い、計算を巡らせた。「私が探しているのは、ただの芸術家ではないわ。彼らの作品には、私のクライアントが非常に興味を持っているの。」

ロンは無言で彼女を見つめ続けた。彼の沈黙は圧倒的な重圧となってサオリにのしかかる。やがて彼は立ち上がり、彼女に向けて静かに言った。
「私たちはあなたを試す。もしその価値があると判断されれば、取引を進める。」

「もし価値がないと判断されたら?」サオリが冷静に問いかけた。

「それは、あなた次第だ。」ロンの声には、冷酷な結末をほのめかす冷たさが含まれていた。

サオリは目を閉じ、心の中で自らを奮い立たせた。この交渉は、彼女の運命を左右するものだった。だが、彼女は覚悟を決め、目を開けた。
「取引に応じましょう。あなたがたが持っているもの、そして私が提供できるもの、それを証明してみせます。」

ロンは満足げに頷いた。「それでいい。お前には、試される価値がある。」

ギリギリの交渉の中で、サオリは確かな手応えを感じていた。



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