点Pはまだ動く
「動く点Pとは?」と聞かれても・・・なーんも覚えちゃいないし、説明なんか出来ないよ?
これは数学の話ではない。
午前中に曇天の下、散歩で大きめの公園の周りを歩いていると、サッカーコートや野球場で少年たちが試合をしていた。
もしかすると、この中から将来、プロのサッカー選手や野球選手が現れないとも限らないけれど、だいたいはどこかで飽きたり、諦めたりしてプロにはならないし、なれない。
残酷かも知れないけれど、そういうもんだ。
それぞれがどんな風に向き合って、どれだけ努力して、またはサボったりしているかは違うだろうけど、全然分野も違う、なんなら、君たちの父母より年上の可能性もある、通りすがりの無名の元少女の一例を挙げてみる。
彼女は本を読んだり、絵を描いたりするのが好きで、引っ込み思案。
運動は苦手で目立たないように、常に人の後ろにいるような少女だった。
そんな彼女は中学二年の時にクラブ活動の時間に1本の映画を観て衝撃を受ける。
「演技でこんなに他人の心を感動させられるなんて、役者ってすごい。私、高校生になったら演劇部に入ろう」
彼女は高校生になると本当に演劇部に入って、舞台に立った。
人前に出るのも、大きな声を出すのも、目立つのも苦手だったけど、舞台上でその「役」として話して動くのは大丈夫。
だってそれは「私」ではなくて「別人」だから。
下手だった。
それでもみんなで1つの劇を作るのは楽しかった。
大学生になって、しばらく芝居をしていなかったが、3年生の春休みに友達に誘われて芝居を観に行った。
埃っぽい、狭くて古い地下劇場。
「思い出した。私、やっぱり芝居がしたい」
コピー用紙数枚の手作りパンフの裏に書かれた連絡先に電話して、彼女はそのアマチュア小劇団に入った。
大学を卒業する頃、世間は「就職氷河期」だった。
彼女が行っていた、無名文系女子大は箸にも棒にも引っ掛からなかった。
彼女は就職活動をしなかった。
彼女はテレビに出る「女優」になりたかった訳ではない。
プロの舞台役者になりたかった訳でもない。
ただ、そのアマチュア小劇団の脚本が好きで、居心地がよくて、芝居が楽しかったし、正社員で就職する気がなかった(受からなかっただろうし)
なんとなく、ズルズルと非正社員で働きながら「趣味」と言うのもなんか違うけど、お金がもらえる訳でもない「芝居」を続けた。
稽古は正直めんどくさいし、思ったように表現できなかったり、辛いことや落ち込むこともたくさんあるし、毎回、命を削る思いで芝居を作っていたが、だんだん周りの人たちが1人辞め、2人減り、いつの間にか脚本も役者も揃わなくなった。
歳を取った彼女たちは、たまに会って酒を飲みながら話す。
昔の話で盛り上がって爆笑する。
実際にあったことなのに、とても遠くて、全員で共有している夢の話のような気もする。
彼女たちはこれからどうなるだろう。
それはわからない。
少年たちはこれから何を選ぶだろう。
それもわからない。
ただ、今、止まっているように見える点Pは止まっている訳ではない。
あとになったら「それがその時の点Pだった」とわかるだけ。
点Pは動き続けている。