落ち葉の下には
「櫻の木の下には屍体が埋まっている」
梶井基次郎氏の「櫻の木の下には」の冒頭。
そして、坂口安吾氏の「桜の森の満開の下」
桜は美しく儚く、それ故「死」を連想させるのか。
では、落ち葉は?
すでに枝からヒラリと離れた、静謐で物悲しい落ち葉。
乾いて優しい落ち葉が降り注いだベランダをぼんやりと眺める。
「今年の大掃除は終了しました」
完了、ではない。
終了。
年内の燃えるゴミの日の終了と共に、ベランダの落ち葉も来年に持ち越されるようだ。
そして件の「落ち葉の下には」
私は答えを知っている。
夏だったろうか。
ある日、ベランダを見るとすでに息絶えた屍体があった。
黒いヤツ・・・
なぜ、うちのベランダで息絶えた・・・
私はヤツを忌み嫌っており(たいていの場合、嫌われているが)うちに侵入されないように結界(と呼んでいる、なんとかキャップなるもの)を張っている。
眉間に皺を寄せたが「室内に侵入されなかっただけよかったと思おう」とした。
だが、ベランダで行き倒れたヤツをどうすればいいのか。
すでに動かなくなっているとはいえ、どのように片付けるのが最善かわからず、思考も動きも停止した。
なんの解決にもならないが、見なかったことにした。
そして・・・今に至る。
落ち葉の下には屍体が埋まっている。
まったくもって、美しくない。