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【すぽきゃすTV】第二の人生を勝ち取る○○力|ゲスト:添田豪(男子テニス日本代表監督)【第1回】

GODAI note編集部 です。

GODAIでは、「タメになる健康エンタメ」をコンセプトとしたYouTubeチャンネル「すぽきゃすTV」をお届けしています。

「Lifestyle with Sports」を掲げるGODAIグループでは、この「すぽきゃすTV」でのさまざまなゲストとのトークを通じて、一生ものの健康とスポーツの話をお届けしていきます。

その「すぽきゃすTV」から、今回はトークゲストに元プロテニスプレーヤーの添田豪さんを迎えたインタビューを、全3回にわたってお届けします。

2022年11月の全日本テニス選手権を最後に現役引退を表明した添田さん。2003年、18歳でのプロ転向以来、実に19年間にわたって日本の男子テニス界をけん引し続けてきました。2012年には自己最高位(キャリアハイ)のATPランキング47位を記録しました。
また、引退を表明した翌月の12月に男子テニス(デビスカップ)日本代表監督に就任するというニュースも、日本のテニスファンに大きなサプライズをもたらしました。

その添田さんへのインタビューの1回目は、現役を引退した現在の心境や、デビスカップ監督を引き受けるまでの経緯などを伺います。

※もとのインタビュー動画から、表現・構成などを記事用に一部変更しています。

<ゲスト>添田 豪さん(元プロテニスプレーヤー/男子テニス日本代表監督)
1984年9月5日年生まれ。神奈川県藤沢市出身。
藤沢翔陵高校卒業後、2003年にプロに転向。
世界ランキング自己最高位シングルス47位。
2022年に現役引退。引退後、男子テニス日本代表監督に就任。

<進行>
右:早川 洋平(プロインタビュアー/キクタス株式会社 代表)
左:石﨑 勇太(GODAI白楽 支配人)

「豪がまさか、これほどの選手になるとは……」

早川 さぁ、本日は添田豪さんをゲストにお迎えしました!

添田 よろしくお願いします。

早川 ちなみに、石﨑さんと添田さんはどうやらアンオフィシャルな関係が……どういう関係ですか?

石﨑 「豪」とあえて呼びますが、豪とは小学生の頃から通っていたテニススクール(※荏原湘南スポーツセンター)が一緒なんです。いわば幼馴染のような感じですね。

そこからお互い違う道を歩んで、僕自身はテニスから離れて、彼とずっと会っていない時期もありました。それでも、彼が世界を転戦し活躍する姿はもちろん知っていました。

その後、僕がGODAIに入って、仕事を通じて再びテニスに関わるようになりました。その中で会社としても豪をサポートしたいという話になって、2014年からスポンサードをさせてもらっています。このような経緯で、豪とは大人になってから再会した形です。

それにしても、豪がまさか、これほどの選手になるとは……。

早川 ……思わなかった。

石﨑 ……とは言わないです(笑)。小さい頃から彼のプレーを見ていて、僕の中では「この人は将来、すごい選手になるだろうな」という予感が子どもながらにありましたね。

「明日の練習……あ、ないわ」

早川 その添田さんにさっそくお話を伺っていきたいのですが、現役引退を表明したのが2022年の11月。

添田 そうですね。全日本テニス選手権を終了した直後です。

早川 18歳でプロデビューして、20年近くずっと第一線で現役を続けるのはすごいことですね。その長いキャリアに終止符を打って、いま率直にどんなお気持ちでしょうか?

添田 現役の頃は毎晩、次の日の練習のことばかり考えていたのですが、それがまずなくなりましたね。でも、今はまだ現役生活の余韻が残っていて、「そうだ、明日の練習……あ、ないわ」って感じで(笑)。

早川 喪失感や脱力感といったものともまた違う……?

添田 違いますね。でも、今は日本代表監督の仕事をしているので、集中力や緊張感は引き続き保っているような状態です。

早川 添田さんのことをずっと近くで見てきた石﨑さんから、現役を退いた添田さんを見て、何か感じることはありますか?

石﨑 テニス選手というのは、365日のうち大げさでなく300日くらいずっと稼働している職業です。しかも、そのうち200日以上は海外にいます。そんな生活をずっと続けてきたので、引退したことで生活リズムや感覚もずいぶん変わってくるのかな、とは思っています。

だから、まずは普通のゆっくりした生活に慣れてほしいという思いはありますね。もう家族もいることですし。

アスリートにとって難しい「引き際」

早川 その「引退」の決断についてもうちょっと伺いたいのですが、プロアスリートとしての「引き際」ってありますよね。ボロボロになるまで長く続ける人もいれば、選手としていちばんの絶頂期で辞める人もいる。ご自身の中で「このくらいで辞めよう」という引き際は、前から考えていたのでしょうか?

添田 実は、昨年の4月頃までは辞めることはまったく考えていなくて、「できるだけ長くやりたいな」と思っていました。ところが、その4月の時点でのランキングでは、グランドスラム(プロテニスの最高峰の四大大会)に出られないことがわかりました。その時点で、「もう一度グランドスラムに出られる順位までランキングを上げよう」という気力が自分の中にもう残っていないことに気づいたんです。

そのような状況で無理やりテニスを続けても、自分としては楽しくない。そう思ったので、それならもう「辞めよう」と。割とすんなり決めましたね。

早川 添田さんの周りにはご家族や、今で一緒にやってきたコーチ、選手の仲間などもいらっしゃったと思います。そういう人たちに引退の相談はしたんですか?

添田 どちらかというと、ぜんぶ自分で決めちゃうタイプですね。でも、最後は妻に背中をちょっと押されるような形でした。

早川 石﨑さんも、添田さんが決断してからその話を聞いたと思うのですが、最初に聞いた時はどう感じましたか?

石﨑 本当にビックリしましたね。僕の中では、「40歳とか、節目を迎えるところまで続けるのかな」って勝手に思っていたんです。事実、この間の楽天ジャパンオープンや全日本選手権でのプレーを観ていても、体のキレもあるし、まだまだ世界とそん色なく戦える。

それだけに、彼にとっても「引き際」ってすごく難しい決断だったと思うのですが、それでも辞める決断に踏み切ったというのは、ある意味「プロフェッショナル」だな、と僕は感じたんですよ。

もともと、豪はパッと決めたらもうそっちに行くタイプ。その意味では本当に豪らしい決断だな、という印象も受けましたね。

選手とは違う視点でテニスと関わる日々

早川 今日も、トークショーで子どもたちからも鋭い質問がありましたね。「テニスはいつまで好きですか?」という質問のに「一生涯!」と答えていたのが印象的でした。

実際、選手としてはピリオドを打ちましたが、今でも「テニスやりたいな……」みたいな瞬間はあるんですか?

添田 自分から「テニスやりたいな」っていう気持ちは、今はないですね。今も監督として毎日のようにコートに立って選手とヒッティングしていますが、選手から頼まれたときに準備だけはしておこうかな、というくらいで。

早川 それが、数か月も経ったらまた自分から「テニスやりたいな」と思えるようになるとか……?

添田 ……どうですかね(笑)? 実際のところ、現役を終えたことで気持ち的には一度プツンと切れちゃったので。でも、また違った視点でテニスを好きになることはあるかもしれませんね。

「監督」と「ありたい自分」のイメージが重なった!

早川 現役を引退して、すぐに日本代表監督に就任しましたね。選手からすぐ監督に、という例はこれまであるんですか?

添田 実質的には前例はないですね。過去には一つだけあるのですが、それは本当に稀なケースで。だいたいコーチを経て監督に、というパターンが多いかな。

早川 引退の決断の話にもつながりますが、そういう監督のオファーをもらった時に、迷いはあったんですか? それとも、逆に背中を押してくれたものとか……そのあたりの決断はどうだったのかなと。

添田 どちらかというと、自分から「やりたい」という気持ちを伝えました。

早川 自分から! それはなぜでしょうか?

添田 心から「やりたいな」って、素直に思えたんです。

現役の頃から、「引退してから何しようかな……?」と、なんとなく考えてはいました。でも、自分の中でこれというのが見つからなくて……。もちろんコーチという選択肢もありましたが、それが本当に自分がやりたいことなのかどうかわからない。かといって、テニスから離れてまったく違う業界に、というのも現実的じゃないなと思って。

その中で、日本テニス協会から代表監督のお話を頂いたときに、その「監督」のイメージが、自分が思い描く「ありたい自分」のイメージに、まさにピッタリ合ったんです。

早川 そうだったんですね!

添田 決断の背景には、先ほども言ったように妻の存在もありました。協会からお話を頂いてから、妻に「こういう話があって、引き受けたいと思うんだ」と打ち明けました。そしたら、「その自分の気持ちを、ちゃんと協会の方に伝えたほうがいいんじゃないの?」と言われて。

そうやって妻にも背中を押されて、協会にも「監督を引き受けたいんです!」と自分の思いを伝えました。

早川 最高のリスタートですね! 選手から監督へ。ピリオドは打たれたけど、添田さん自身の物語は続いているんですね。

2回目に続きます!

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