推しを降りたオタクその後 1ヵ月半の記録
2020年2月2日
現場。推しを降りると決める。理由は推しにあるのではなく、完全に自分の落ち度でありました。
クソほど愚痴り、ぐずりながらもやっぱり推しのことが好きで、しかしこれ以上現場にいたら推しのことが嫌いになりそうで怖かったので、もう推しを推すのは一旦辞めようと思いました。
この日は非常にポエミーな気持ちで帰宅しました。
2020年2月8日
うっかりしていて、気が付いたら遠征をして別の若手俳優の現場にいました。
何の関係もない友人と、先週一緒にぐずった”元”同担と一緒でした。
それまで元推しのイベント以外には全く興味が無く、行ったことが無かったので驚いたのですが、なんだかオタクたちがそれぞれ本当に推しが好きで、幸せな空間を共有しているみたいな、そんな雰囲気でした。
若手俳優の現場ってどこも同担絶対殺すマンだらけの地獄だと思っていましたが、もしかして今までいた場所が特殊だったのか?と普通に混乱しました。
そして運営スタッフもみんな優しい。
みんなニコニコ仕事をしていて、間違っても「握手列、足を止めないでください!」と怒鳴られたりするようなどこかの現場とはわけが違いました。(どこの運営とは言いませんが、どうやって足を止めずに握手をしろというのだ。何ベックスとは言いませんが。)
そのイベントの若手俳優(以下Aくんとしておきます。)はイベントの最後に、ファンへのお手紙を読んでくれました。
泣きました。
初めて個人イベントの現場に来た、ドドドドド新規が、むしろまだファンですらない人間がぼろぼろと泣いている図はまじでキモかったと思います。連番で見ていた友人はたぶん引いていた。
まだそこまで思い入れも無い俳優の言葉でなぜ泣いたのか。
Aくんが何を言ったかというと「ファンのみんなと一緒に新しい景色が見たい、そのために俺は頑張ります」的なことでした。
まあこれは若手俳優言いがちなやつ。元推しも数年前に全く同じことを言っていました。私が泣いていたのはそれを思い出していたからです。
ああ私はこの4年という時間を、推しと新しい景色を見るために突っ走って来たんだよなあ。
もうこの先、推しと一緒に新しい景色を見ることはできなくなってしまったなあ〜。
喪失感というのでしょうか、もうこの先ないんだなという寂しさで爆発しそうでした。推すと決めたのも降りるときめたのも全部自分なのが余計に悲しく感じます。
3年ほど前、接触イベントで元推しが「5年後、10年後、僕はどうなっているかわからないけれど、今の気持ちを忘れないで、ずっと変わらないままでいたい。」と言っていたことを思い出します。
元推しはきっと想像していなかったようなスピードで人気が出て、知名度が上がって、ファンが増えて、忙しくなったと思う。
けどきっと、あの時の気持ちでいてくれてると信じています。いや信じさせてくれ。きっと変わったのは推しを取り巻く環境と、私自身。(そう信じ込まないと、今まで推してきた自分も、今まだ推しているオタクたちも救われねえ。)
降りるオタクってよく「推しは変わってしまった」って言うじゃないですか。
私はそういうのを見るたびに本当にだっせえなと思っていて、自分はそうはならないぞ!といつも思っていました。が、実際降りてみて、やっぱり「推しは変わった」って言いたくなってる自分がいます。
愚かです。変わったのは推しではなく、私が推しに求めるものなのだと思う。それは対応の話とか、認知とかそんな薄っぺらいものではなく。
いつのまにか私は、「推しが活躍しているところを見ると幸せになる」から「幸せになるために推しに会いに行く」になっちゃってました。
そのために苦しい思いで必死で働いて働いて、積んでも積んでも幸せになれなくて、他のオタクが沸いてるのを見ては妬み、そしてまた必死で働いて積む。
初めて推しを見たとき、初めて接触に行ったとき、推しの演技で感動したとき、推しが本当に幸せそうに客席を見ている表情。
そんな、積んでいなかったときのあの幸せには、いくら積んでも勝てなかった。
いつのまにか「こんなに積んでいるんだから推しに幸せにしてもらえないなんておかしい」ってなっちゃってたんですね。マジでごめんね推し。
話は戻りますが、Aくんのイベントは純粋に楽しくて、もうこの時点でほぼほぼ普通に好き~!ってなってました。先週まで「推ししか勝たん」みたいなこと言ってたのに。クソです。
2020年2月29日
うっかりしていて、気が付いたらAくんの現場に行くために遠征をしていました。いい加減にして欲しい。いい大人なんだからそろそろ「学習」というものをしたほうがいい。
前日、友人と話しているときに何げなく「物販、全部買ったほうがいいかな?」と言うと、友人に
「もうそんな無理して買わなくていいよ。この間Aくんの現場に行ってわかったでしょ、誰かと比べたり、勝ち負けなんて無いんだよ。一生懸命働いて稼いだお金なんだから、本当に欲しいと思ったものを、本当に欲しいだけ買えばいいんだよ。少しずつでいいから、練習だと思って頑張ろう。」
と、言われました。
私は、「病気の人にかける言葉やん!」と言って、笑いながら泣いてしまいました。
悲しさと安堵、そして恐怖。
私は薄々自分のお金の使い方がおかしいことに気付いていたし、部屋の隅で山積みになっている推しのブロマイドや、段ボールいっぱいのCDを横目に、本当にこれでいいのかな、ってどっかで思っていました。
誰かに「もう、そんなにしなくていいんだよ」って言ってほしかったのかもしれん。そして、欲しいものを欲しい分だけ買う、という感覚が本気でわからなくなっている自分が怖くなりました。
オタクなんだから当たり前と思って私がしてきたことは、世の中一般から見れば異常に近いことなのだとやっと分かりかけた気がします。
2020年3月1日
Aくんのイベントに元同担と一緒に行きました。楽しかったです。ただひたすら楽しくて、ずっと笑っていました。
本当に欲しいなと思ったブロマイドを数枚だけ買いました。グッズも少し買いました。ブロマイドを全種類買わないなんて、そんな日が来るとは思っていませんでした。
それでもこんなに満たされた気持ちになるんだ。Aくんはリハビリ施設か何かなのだと思います。
帰りの新幹線の中で数枚のブロマイドを眺めていたら、隣に座っていたお姉さんがカバンから束になったチェキと、町内会で配るんかってくらいの大量の缶バッチを出して写真を撮り始めました。
全く知らない人でしたが、私もつい最近まで気合の入ったオタクをさせて頂いておりましたので察知しました。これはそう、マウントというやつです。
でも何も思いませんでした。最近まで、あんなにマウント取られるのが嫌いだったのに。
積むオタクは強くてかっこいいと今も本気で思いますし、憧れます。
働くってしんどいから。お金を稼ぐって大変なことなんです。でもそれを推しに使うって、その覚悟と気合は並大抵じゃないし、そこまで何かに一生懸命になれるポテンシャルがあるってことなんです。
そんなポテンシャルの持ち主になんて、推し事以外でも敵わんと思うから、私は強いオタクが好きだし、強いオタクになりたかった。なれなかったけど。
2020年3月9日
ふと、部屋にかけたままだった元推しのカレンダーと目が合いました。そう、あの、私が整形を決めたあのカレンダー(過去記事)、かけっぱなしになってたんですな。(2017年のカレンダーをかけっぱなしにするな。)
私は本当に、この人を4年も追いかけていたんだろうか?稼いだ金ほぼ全て注ぎ込んだ人なんだろうか?と不思議な気持ちになりました。夢みてたみたいな気持ちです。
ツイッター見てたら、元推しの情報がたくさん流れてきます。
なに笑ろてんねん、って思います。
それは「なんで私が降りたのに元推しは笑顔でいてるんや」っていう、普通にひん曲がった最悪なオタクの感情で、でもやっぱりあの笑顔はきらきらしてるし、ボケたがりなのも、スベってるところも、そして何より演技やお仕事に一生懸命な姿が好きだなと、ああ、元推しのことめちゃくちゃ好きだなって思うんです。
私は自分のことが好きじゃないので、ずーっと、他の誰か、何かになりたいと思っていました。
だから「推しのオタク」でいられることが安心で、誇りだった。
「推しのオタク」でいなきゃなんないから、そのためには推しに好きって伝えないといけないと思っていました。
好きって伝える唯一の方法が積むことだったんだなと思います。もちろん、元推しにかけた金額に後悔なんてないし、金返せなんて話じゃない。
むしろ良い使い方だったとさえ思う。
でもAくんの現場に行って、ああ別にAくんのオタクとして存在しなくたって、好きって伝えなくたって、ただ幸せだなって感じてるだけでも現場にいていいのかもしれないなと思いました。
だからふっつ~にAくんのこと今めっちゃ好きだし現場も行くけど、ここはあえて”推し”にはしないでおこうと思います。ただAくんが幸せでいられることを願うおばさんでいることにします。
発作のように積みたくなることも今はありますが、「本当に欲しいと思ったものを、本当に欲しいだけ買えばいいんだよ。」を思い出して、自分に問うてます。
Aくんはリハビリ施設か何かなので。
元推しの笑顔で幸せな気持ちになれる日がまた来る日を願います。その時まできっとオタクたちのことを幸せにしてあげておくれ。4年間全てを捧げた推しへの最後の願いです。