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バビロンの流れのほとりに
早いもので、確かもう5〜6年ほど前になるだろうか。うっすらと雪の降りた冬の頃だった。
ずうっと遠い昔というほどでもなく、かといってこのけっこうな年月をついこの前というには、流石にわたくしもまだちっと若過ぎるきらいがあるけれども、まぁ、アレである、若くして死ぬには歳を取り過ぎて、しかし確かに生きるにはまだ若過ぎるというくらいの、ちょっと歯がゆいアレであるところの、5〜6年ほど前である。
’’コーマックが戻ってるから、ちょっと出てこい!’’
わたくしとその胡乱な…愉快な仲間たちの日々の溜まり場であるアイリッシュパブ、そこの馴染みのバーテンからぶっきらぼうなメッセージが届く。
ただのぶっきらぼうとシュッと簡潔との間にはそれこそ50では収まらんほどの陰影がーーーと文句のひとつも言いたく……ならないほど、もう気持ちのよいほどぶっきらぼうのこいつはデイブ、ダブリン出でアイリッシュパブのバーマンといえば、もうその人となりのラフな気持ちよさは説明するまでもない。またウィーン狭しといえども、聖パディーズデイ・ヨッパライ地獄の狂騒をほとんど独りでさばける男はそう多くはいまい。
そんな頼れる男のもうひとつの顔が、筋金入りプロ・パレスチナ活動家にしてIRAの魂の伝道者。そのあまりにも辛辣な政治的ジョークや時にほとんど攻撃的な議論はビル・マーでも神に祈りたくなるほどで、果たして激怒し席を立つ客も時折。
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もう結構な長い付き合いになる彼だが、そんな彼の最も信頼する友にして同胞が、これまたアイリッシュのミスター・コーマック。先にいっておくと、わたくしは彼が大好きである。スキンヘッドに首までビッチリとタトゥーが素敵な、その、一般の人々に向けて控えめにかつ率直に言ってしまうと、パッと見は完全にネオナチのフーリガンなわけだが、わたくしの知る限り彼はこの世界でも最も大らかかつ知的で、かつ徹底的にフェアな男である。
そして彼はジャーナリストであり、また筋金入りのプロ・パレスチナ活動家だ。
いつもウロウロと飛び回っていて神出鬼没な男なだけにーーーあといずれ出家するためにタイの寺院で毎年ホリデー修行に励んでいるとも聞いたので、なるべく会える時に会っておきたい。出家されて隠遁でもされると、探し出すのに骨が折れそうであるし…なんというか、タダ者ではない坊主モノムービーのようになってしまうというか、ほとんどコマンドーになっても困る。
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そんなこんなで重い腰をあげ、もう0時に迫ろうという冬の夜の寒空を急ぎ、店に着いたのは明日になって30分もたたぬ頃。
ドアには早くも閉店の札。ゆっくり話したいゲストがいる日はさっさと閉めてしまう。おお寒いとぼやきつつ店に入ると、店内は彼ら二人だけ、おお来たかと歓声が上がると、ギネスと相変わらず豪勢に巻いたマリファナを用意してくれる。
しばらくは世間話や近況報告などに花が咲き、あっという間に時間が過ぎる。
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やがて話題はパレスチナの方面へ。
最近の出来事から拘束・国外退去された友人らの話まで、笑ったり怒ったりと忙しくしていると、
’’ところで近いうちにウェストバンクに寄る予定ないか?’’
と、何か思いついたように訊ねてくるコーマック坊。
コイツも横のデイブも、それに他の仲間等もかの地では入国拒否の常連リスト入りしているため、わたくしのような怪しいアホは結構な助けになるのだろう。
しかしわたくしも別にヒマなわけでなし、また混沌を極めたパスポートにちょっと問題を抱えていたーーー某国での入国拒否・強制送還の殴り書きが、その後も行く先々で尾を引いていたーーーのもあって、まぁ機会があったら考えとくよと、その時は当たり障りのない返事をして置いたわけで。。。
こんないつも通りの一晩が、今わたくしがここにこうして、この散漫そのものを記している大きな原因になるなどとは、その当時のわたくしにはむろん知るよしも無い。
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さて、''by the rivers of Babylon''と聞いて、アブラハム云々を差し置いて真っ先にボニーMを思い浮かべる人は、きっとわたくしの友となるべきボンクラ仲間であろうけれど、このテーマではちょっとばかり真面目くさって、少なくも生来のボンクラネスを隠す努力くらいはしつつに、ウェストバンクに関するお話をしてゆこうと思う。
それでは、さようなら。