『神絵師さまの言うとおり。〜イラストストーリー部門の秘密〜』<第一話>
※申し訳ありません、締め切りオーバーです。供養のためにアップします。
<あらすじ>
15才の女子中学生、原絵禊(はらえ みそぎ)は創作大賞2023、イラストストーリー部門の課題イラストを見てびっくりしました。この少女、どこからどう見ても私です。彼女は金髪白衣の女性に拳銃を持たせて、かつ追い詰めることこそが、自分の使命だと考えました。彼女は懸命に夢を叶えるべく、女教師の泉望(いずみ のぞみ)を理想の金髪白衣に仕立て上げ対決を挑みます。ところが、彼女こそ原絵の憧れのイラストレーター、課題イラストを描いた『先生』だという事実が明かされます。原絵は泉を『先生』とは認めませんが、彼女との対決を通して人間として奇妙な成長を遂げるのでした。
(アップロード担当より:PCの苦手な友達に頼まれてそのままアップロードします)
(以下本文)
こんにちわ。
まずは、何から話しましょうか。
えっと、そう、とりあえず――創作大賞2023・イラストストーリー部門について。
これは、課題となるイラストを元に小説を書いて応募するという投稿企画です。
かくいう私もいまこの文章を、そのイラストストーリー部門に応募するべく書いています。
ただ――ひとつだけ覚えておいて欲しいことがあります。
私は、他の応募者とは違うのです。
立場と言うか、関わりというか、それがぜんぜん違うのです。
そう、つまり。
課題とされている一枚のイラスト。
そこに描かれている二人の女性のうちの一人。
この女の子。
これ。
そう。
彼女。
これは。
――私です。
このイラストは、この子は、私をモデルにして描かれているのです。
◆
インターネットで初めてこのイラストを見た時には本当に驚きました。
Twitterで見かけた企画告知。私の大好きなイラストレーターの先生がお題イラストを描いているとのこと。応募しようなんてつゆほども思わず、ただどんな素敵なイラストなんだろうと思って開いたリンク先のページ、その画像。
え。
うそ。
え。
ほんとに?
これ。
――私じゃないですか。
髪型。体形。間違いないです。制服も私の学校の制服だし、身に着けている小物類もすべて私の部屋に揃っています。
うそ。ウソウソ、うそ……じゃない?
ほんとに? ホント? 本当に?
先生。
あの先生が。
私の推し絵師が、神絵師さまが、神様が。
描いてくれた。描いてくれた、描いてくれた!?
私を? 私のことを?
うそ。なぜ。どうして。いつどこで私を見て――
「――!」
ハッとして振り返ります。
そのとき私は、自分の部屋でクッションにうつぶせになりながらスマホを見ていました。クッションから身を起こして振り返った先にあるのは、壁です。
何の変哲もない私の部屋の壁。私が物心ついたときから変わらない、少しくすんだ白い壁紙。
その上に一枚のポスターが貼られています。
それはまさに、この先生のイラストのポスターでした。
バチン、と、そこに描かれたキャラクターと目と目が合った気がして背筋が痺れました。
ポスターにゆっくりと歩み寄ります。どきどきします。ポスターを慎重に剥がして、そっと……ポスターの裏に隠れていた壁を見ました。
まさか……そこに穴が開いていて、仕込まれたカメラのレンズがきらりと光っている……そんな想像をしましたが、そこにあったのは何の変哲もない無地の壁。ただポスターの輪郭をかたどるように薄くついたホコリ汚れが、私と先生との歴史を感じさせるだけでした。
周囲を見回しても、何の変哲もない私の部屋です。
現実感を確かめてから、改めてスマホを見ました。
やはりそこに描かれているのは私でした。
ドキドキは収まりませんでした。
◆
どきどきから一晩を経て、気分はもう、うきうきでした。
その日、中学校の廊下を歩いていると通り過ぎる男子が言いました。
「うわ、アクマが歩いてる、キモ」
アクマとは私の事です。とてもセンスが悪いあだ名だと思います。ひねりがありません。あまりにダサいその呼び名に、昨日までの私は俯いてやり過ごす事しかできませんでした。でも今は違います。ええ私、絵のモデルになってるアクマですが、なにか? といった感じで、堂々と相手の顔を見返すことができました。相手は少し目を丸くして、あっさりと視線をそらしました。
教室に入ると私の席の上にゴミが置いてありました。お菓子の空き箱が一個、包み紙が八個。大した量ではありません。わざわざ用意したわけではなく、机の隣で食べたものをそのまま何気なく置いた感じ。この地味さ。いじめにすら労力を掛けたくないとでもいうような感じに、昨日までの私は打ちのめされていました。ですが、いまは笑みが漏れました。いまならわかります。彼らは妬んでいたのです。先生にモデルにしてもらえる、この私のことを。
片手でゴミを払い落としました。空き箱が床に落ちた瞬間にカコッ、という小気味いい音が想像以上に響いて、その音に教室中の生徒がこちらを見ました。彼らもまた、私が視線を送ると波が引くように顔をそらしました。
元はと言えば、私の話し方が変だとか、そんなきっかけだったと思います。そこから声、仕草、服装、全部について「男に媚を売っている」「キャラを作りすぎている」「舐めている」、そんな理由で「ムカつく」からと、この人たちは私を仲間外れにしました。
ああ、先生が思わず描いてしまう私の魅力をわからないなんて。なんだか周りの生徒達が可愛らしくすら見えてきます。
フフ、と胸の中では鼻で笑いつつ、表面的には澄ました顔のまま、私は姿勢よく席に座りました。ふと窓を見ると、そこには私の顔が写っていました。
昨日までの私はどんな顔をしていたか、思い出せません。記憶にないというより、顔にずっと影がかかって見えないようになってたような気がします。
でも、いまは違います。イラストに描かれていた蠱惑的で不敵な笑顔がそこにありました。イラストの中の彼女と瓜二つです。
先生……私にこんな表情が隠されているなんて、私自身も知らなかったのに、どうして先生はわかっていたのですか? 私のことを私より知っていて、私に教えてくれるなんて。
神?
神絵師で、神?
窓に映る少女はうっとりとした目つきをしていました。
それを見て、私もまたうっとりとしてしまいました――
ガン!と机が揺れて我に返ります。
見ると、横を通り過ぎる女生徒が私の席にかけてあるカバンにぶつかったようでした。あるいは、わざと蹴飛ばしたのか。
女生徒は舌打ちして、こっちを見て言いました。
「チッ、邪魔だな~、頭おかしいんじゃないの」
私は自分のカバンを見つめました。悪魔の羽の付いたお気に入りのカバン。先生がイラストに描いてくれた私のカバン。目立った汚れはありませんが、私はカバンの表面を手のひらで払いました。
――あの子。
知らなかったとはいえ、これは罪です。
先生の描いたカバンを。
先生の選んだカバンを。
先生と私のカバンを。
頭おかしい、というのは褒め言葉として受け止めますが。
蹴るのは、ダメです。
数歩先に行っていた女生徒が、何かに気づいたのかこちらを見ました。
私は笑っていました。にっこりと、楽しげに、嬉しそうに。
彼女があからさまに戸惑った様子でこちらに背を向けました。
私は笑顔のまま彼女の背を見つめました。そう、実際に私は嬉しかったのです。
昨日までの私はこんな時どうしていいかわかりませんでした。
でもいまは違います。それが嬉しいのです。
◆
私は、彼女が一人になるのを待ちました。
なんなら今日じゃなくても仕方ないかなと思ったのですが、先生のご利益でしょう、すぐにチャンスが訪れました。
移動教室の前に、彼女がトイレに行きました。意外に友達とトイレに行くタイプではないようです。
トイレの前で待ちました。そのまま、お友達が待っている移動教室に一人で向かうようです。
その途中、校舎をつなぐ渡り廊下の片隅。ちょうど人から見えづらくなる位置があります。
「――ねえ、ちょっといいですか?」
「……は?」
「ちょっとだけ、すみません、お願いしたいことがあって」
「…………」
じっとこちらを見てきます。無視しないのは、私の態度のせいだと想います。私は笑顔で、物腰も柔らかく、緊迫感もありません。そう、あのイラストに描かれた私のように。
とはいえ、数秒の沈黙の後、彼女は私を無視して立ち去ろうとしました。想定の範囲内です。前に回り込んで、彼女にあるものを握らせました。カッターナイフです。
彼女の手に握らせたその上から私の指を這わせて、カッターナイフの刃をカチカチと六メモリくらい出しました。
彼女の全身に緊張が走るのが伝わってきました。私はそこに、イラストの中で私に追い詰められる女性に似た雰囲気を感じて嬉しくなりました。そのうれしさを口調に乗せて伝えます。
「お願いというのはね、とても簡単なことなんですよ。これで手首を切ってくれませんか?」
「……は?」
「どうしても見たいんです。あなたが手首を切るところが。いいでしょう? ネ」
かわいく微笑みます。
「……意味わかんない、ってかマジイタいねあんた……ちょっと、離してよ!」
初めて見る怯えた表情。私の手を振りほどき、カッターナイフを投げ捨てました。
ちくりと、指先に熱を感じます。見ると、右手の人差し指にほんの少しの切れ目ができていました。彼女がカッターナイフを投げ捨てるときに切ったようです。赤い、赤い、赤い血が深い色の宝石の様に現れました。
「……こんなに丁寧に頼んでるじゃないですか。ほら、ここですよ、ここ。ぐいっと」
言いながら、私は指先に浮かんだ血を絵の具にして、彼女の左手首に横一文字に赤い線を引いて上げました。手首を切るときのガイドラインです。
「ひっ……!」
彼女は悲鳴を上げて手を引っ込めました。
そのまま多少足をもつれさせながら、駆け足で離れていきました。転ばないといいのですが。
それにしても、なんというか、彼女は本当に心の底から、モブでした。
名無しの女生徒Aというか。あそこまで没個性的な反応を返せるものでしょうか。
彼女の反応に少し気分は冷めましたが、自分の指先の血の跡を見るとまたちょっと笑みが漏れました。
私は教室ドアのガラスに映る自分の顔を見ました。なんだか自分の顔を見るのが癖になりそうです。血のにじむ指を口元に当て、濡れたような笑顔を浮かべる私。
素敵です。
その後、私も移動教室に着きました。
私のしたことに関して何らかの情報が伝わっているのか、皆の視線を感じる1時間でした。
その日から、私に対する気にくわない態度は無くなりました。
それに対する私の感想は――なんかつまらないな、でした。
本当の私になるにはまだ足りない。あんなにたやすく逃げ出してしまう相手では物足りない。
あのイラストのように、誰かをギリギリでおいつめて、命がけの対決をしたい。
……うん、いい考えです。
私はスマホのメモアプリに新規メモを作成し、一行目に記入しました。
『計画表』
◆
私は改めて課題イラストを詳細に見つめました。
舞台は怪しく光差す夕暮れの教室。私をモデルにした少女は教壇に頬杖をつき、黒板を背にした女性に向かって誘惑するような上目遣いを向けています。その女性はさらさらストレートの金髪ロングで、乱れた白衣の下にはシャツとタイトなスカートといういかにも大人の女性という格好をしています。左足を怪我して血がにじみ、白衣にも血が染みています。そして、追い詰められたような青ざめた表情で、手にした拳銃に一発だけの弾丸を込めようとしていました。
見れば見るほど素敵なイラスト、ワクワクしてきます。
先生、待っていてください。
私は、先生の教えてくれた私になります。
私はこのイラストの通りにすることにしました。
それが先生から私に課せられた使命だと思いました。
早速自分の部屋でスマホのメモに、必要なことを書き出してみました。
計画表
一つ目、拳銃を手に入れる
二つ目、金髪白衣さんを見つける。
三つ目、金髪白衣さんと対決する。できれば勝利する。
スリーステップ。思いのほかにシンプルです。
でも、よくよく考えれば当然です。
舞台は学校。登場人物の一人は私。
この時点でイラストの八割は完成したようなものなのです。
なんだか簡単そうな気がしてきました。
さらに思いつく範囲を書き足してみました。
1.拳銃を手に入れる
買う? 問題 お金がいる 違法でリスクがある
作る? いけるかも
盗む? 警察から 大変そう
意外と難関。
2.金髪白衣さんを探す
金髪の人を探す 学校関係者?
白衣の人を探す 保険の先生 理科の先生
役者さんを雇うとか? 本気で対決するのが大変そう
3.金髪白衣さんと対決する
逃げられないようにして追いつめる
家族を人質にするとか。
罠が必要?
学校から逃げられない様にする
私を殺せば助かると信じさせる
ざっとこんなところでしょうか。
書き上げたものを眺めます。
ふぅ……いい仕事をしました。
時刻は夜の23時。このまま寝たらいい気持ちで眠れそうです。
……うん、寝ましょう。
ベッドに横になって、最初のうちはわくわくしていましたが、しばらくすると――急に不安な気持ちに襲われました。
計画しただけでこの満足感。
このまま計画を練り続けるだけで、簡単に時間は過ぎて行ってしまうのでは。
そのまま何もせずに、計画だけして終わっていく――それではきっと後悔します。
期限が必要なのかも知れません。
いつまででしょう。
どのくらい時間をかけるのが妥当なのでしょうか?
わかりません。時間なんていくらあっても足りないような気がします。
手に入れ方の分からない拳銃がいつ手に入るか、見つける見込みのない女性がいつ見つかるか、そんな予定が立つわけがありません。
……考え方を変えましょう。
『いつまでにやらないと駄目なのか』
その期限を決めればいいんです。
私はガバッと起き上がると消していた明かりをつけ、卓上カレンダーに目印を付けました。
7月16日
創作大賞2023、イラストストーリー部門の締切日が7月17日。
その日にアップすることを考えれば、実質の締切は前日の16日になります。
この日までに私は私を完成させるのです。
そして、それまでの様子を、その結末を、小説として公開するのです。
そうすればきっと先生にも読んでもらえます。
そうしたら、先生から私へのメッセージが届いて。
会って。
ほめてもらえるかも知れません。
ぞくぞくと――心のそこからの震えが全身に伝わりました。
そして…………ここまで読んでくれた皆さん、ありがとうございます。
これがいま。現在。この時です。
私がこの小説を書こうと決めた瞬間で、書き始めた瞬間です。
つまりここまでは私の回想。ここから先はリアルタイム。
プロローグというには短いかもしれませんが、ここからが本編です。
あと二か月で、私はかならずやり切って見せます。
楽しみにしててくださいね。