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「社会イノベーション」を支える日立アカデミーの研修プログラム
株式会社日立アカデミーは、主に日立グループの企業に対して研修を提供しています。年間の受講者数は、のべ16万5,000人です。
そんな日立アカデミーでは2016年から、社会イノベーションを牽引するリーダー育成を目的とした「Social Innovation Leader研修」を提供してきました。2020年からは、当社GOBもパートナーとなり、研修プログラムの開発や運営を共にしています。
日立グループ全体で掲げる「社会イノベーションの推進」に向けて、同プログラムがどのよう役割を担っているのか、具体的な取り組みや成果について、同社の高橋宜孝さん(経営研修本部 テクノロジー&イノベーションリーダー開発センタ イノベーション研修グループ GL部長代理)、世良田学さん(同グループ 主任L&Dプランナ)に聞きました。
年間約1,300コースの研修を提供する日立アカデミー
——日立アカデミーでは年間約1,300の研修を提供しているそうですね。研修を通じた最終的なゴールはどこにあるのでしょうか。
高橋宜孝さん: 日立グループでは、2008年のリーマンショックによって強い危機感を持ったことをきっかけに、日立の存在意義を改めて議論しました。その変革の指針として生まれ、現在まで掲げているのが「社会イノベーション」です。日立グループが培ってきた技術を活かして、社会課題や地球規模の環境課題を解決し、持続可能な社会の実現に貢献しようとするものです。
私たち日立アカデミーは、そのための人財育成を担っています。
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世良田学さん:なかでも私たちが所属する「テクノロジー&イノベーションリーダー開発センタ」では、特に長期的な視点でのリーダー育成に重きを置いています。単発の研修よりも、数ヶ月から半年ほどをかけて提供するプログラムが中心です。
その中で、新規事業創出を牽引するリーダー育成の中核を担うのが、GOBさんとも取り組んでいる「Social Innovatioin Leader研修(SIL)」です。
——改めてSILの狙いを教えてください
世良田さん:社会イノベーション事業を推進するためにはまず、イノベーションを生むための方法を体得することが必要だと考えています。既存業務で成果を上げる方法とイノベーションを生み出す方法はまったく異なるためです。
グループとして100年以上の歴史がある中で、既存事業では上流の工程から下流工程へと順番に進めていくウォーターフォール型の業務フローが確立されてきました。一方で破壊的なイノベーションを生もうとするなら、ウォーターフォール型ではなく、素早くサイクルを回してトライアルアンドエラーで適応していくアジャイル型で進めていかなければいけない場面もあります。このサイクルを素早く回していく重要性を肌で感じてもらうことが、SILの大きな狙いです。
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——SILの特にBコースでは、まさにこのイノベーションの「プロセス」を体感してもらうことが1つのゴールですよね。実際にプログラムはどのように進んでいきますか?
世良田さん:Bコースは5カ月間のプログラムです。年に2回開催し、年間およそ50名の参加者が、数人のチームを作ります。それぞれの参加者には、参加前の時点で取り組みたいアイデアや関心のある事業領域などを聞いているので、それらをチーム内で突き合わせながら、事業アイデアの立ち上げを進めていきます。プログラムの最後にはピッチプレゼンテーションの場を用意し、そこで一区切りとなります。
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——ウォーターフォール型の方法論が染み付いている中で、まったく異なる流れで進むSILでは、やはり戸惑いも見られますか?
世良田さん:やはり序盤は特に、戸惑う参加者も多いですね。
普段の業務では、製品やプロジェクトの最終形をイメージして最短ルートで仕上げようという思考が主だと思います。一方でSILでは、とにかく繰り返しサイクルを回すことを重視しているので、最終形はイメージしつつも反復をするという進め方に、慣れが必要だと感じています。
ですから、〇〇をワークシートに整理してくださいと言っても、「このワークシートはどこまで固めたら完成なんですか? 次に進んでいいんですか?」みたいな質問が出ることがありますね。
——SILのプログラムには、私たちGOBが体系化した新規事業開発の型をエッセンスとして落とし込んでいますが、型やフレームワークがあることで、そこを抜け出せずにハマってしまうこともありますよね。
高橋さん:ただ、GOBの若松さん(SIL研修の講師を担当しているGOBメンバーの1人)らにも常々「フレームワークをどう埋めるかで悩むくらいなら、新しくフレームワークを作っても構わないんですよ」というお話をしてもらっていますし、そこは難しいですが根気強く伝えてもらえていると感じます。
世良田さん:確かにワークシートがあることで穴埋め的になる場合もありますが、やはり検討段階でフレームが整理されているのは、取り掛かりやすいですし、その時々で必要なさまざまな観点を学べるので助かりますよね。
高橋さん:私たちが社内に向けて研修について説明する時にも、ことあるごとに「スピーディーに考えるために、行ったり来たりするための型なんだ」ということは言うようにしています。
人によってはフレームワークには弊害があるとか、そんなのは覚えないで熱く壁にぶち当たるくらいじゃないと事業創生はできないといった声もありますが、少なくとも今の時代においては、一定の型を学んだ上で守破離で超えていく方が早いと考えています。
これまで4年間での手応え
——GOBのプログラムを取り入れてからおよそ4年が経ちますが、プログラムを運営してきて手応えはどう感じていますか?
高橋さん:事業化の件数などを定量的に測定できているわけではありませんが、たまに修了生が自分の部署に戻ってプロジェクトを立ち上げた時など、ニュースリリースと一緒に報告のメールをくれたりするので、それは非常にうれしいですね。
世良田さん: 前身のプログラムから、歴史を重ねてきたことで、過去の修了生たちのネットワークも大きな資産になっています。参加者の中でつまずいている人がいれば、過去に比較的近いテーマで取り組んだ社員とつないでヒアリングの機会を設けたり、といったこともできる体制が整ってきました。
——実際に事業化につながった事例も生まれていますか?
高橋さん:はい。SILとしてはピッチまでですが、修了生でモチベーション高い人はその後に、日立グループが開催している「Make a Difference!」などのビジネスプランコンテストに応募する人もいます。
例えば、GOBさんとタッグを組む以前の事例になりますが、実際に日立グループで事業化している「感染症予報サービス」を立ち上げた丹藤匠も、SILの修了生の1人です。
彼のお子さんが小さかったこともあり、感染症の流行が気になるという課題から着想したアイデアでした。SIL研修期間中にチームで検討を重ね、ビジネスプランコンテストで入賞し、事業化に至りました。
——事業を立ち上げたのが2019年とのことなので、コロナ禍前の発案だったんですね。
高橋さん:そうですね。当時は、彼も苦労していたことが印象に残っています。イノベーティブなアイデアであればこそ反対意見も多くなりますが、彼の場合も周囲から、「〇〇のショッピングモールで来週インフルエンザが流行すると言われたら、商業施設側が嫌がるだろう」など批判的なフィードバックを受けることが多かったように思います。それでも彼は、天気予報で雨であってもみんな備えをして出かけるわけだから、成立するはずだと考えていたようですね。
SIL修了後に継続したいという気持ちを持っている人は毎年一定数います。研修内で検討していたアイデアでうまくいかなくても、翌年また別のテーマでビジネスプランコンテストに応募する、といった人も増えていますね。
今後はさらに「事業化」を見据えた仕掛けへ
——素晴らしいですね。今後は、さらに「事業化」へとコミットしていくことになりますか?
高橋さん:そうですね。こういう研修の場合、人財育成にフォーカスするのか新規事業創造にフォーカスするのかという問題が常につきまといます。日立アカデミーが立ち上がる以前は、人財育成の研修だと位置付けていましたが、最近ではやはり新しい事業につなげていこうという向きが非常に強まっています。私たちとしては両方とっていきたいです。
そのためにも、やはり事業化の件数などを定量的に算出できるよう、逃げずに整理していきたいと考えています。
——ありがとうございます。最後に、2020年から我々GOBとプログラムの開発、運営に取り組んでみて、率直なご感想はいかがですか?
高橋さん:当時はコロナ禍直後だったこともあり、オンラインで事業創生のプログラムを展開できるパートナーを探していて、そこで見つけたのがGOBさんでした。
その中で、新規事業開発の型に基づいてステップバイステップで伴走してもらえるスタイルは効果的で、事業開発のベースラインや目線をそろえることができたと思います。
世良田さん:それから、プログラムのアップデートも随時あって、昨年度からプログラムの進め方をガラッと変えてくださったんですよね。それまでの進め方も良かったのですが、より伝わりやすく、メリハリがついたプログラムになったなと感じます。
——逆に、もっとこういうサポートがあればいいといった部分はどうですか?
世良田さん:今は半年の中でメンタリングの機会を2回とっているのですが、そこでの気づきがすごく大きいようです。プロセスを行ったり来たりしているうちに提案の一貫性がなくなってきたりすることが多くて、そういう時にメンタリングでのアドバイスや壁打ちによって、本質的に大事にしたい部分を整理できた。という受講者コメントを度々いただきます。
欲を言えばメンタリングなのかあるいは別の機会で、同様の気づきを促せる場が作れたらいいなと思います。
——最後になりますが、今後チャレンジしていきたいことがあれば教えてください
世良田さん:GOBさんが整理している事業開発のステップ(構想期、開発期、実証期、事業化期)でいうと、今のSILでは開催期間や予算の都合で前半の2つまでで終えています。
でも実際には、後半の実証実験を進める中で得られるものはすごく濃いはずですよね。アイデアを作るところまでは来ても、実際に実証する中でのハードルや想定外の学びがたくさんあると思うので、そこに一歩踏み込んでいきたいですね。