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社会課題解決型ベンチャーを育てる「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」、裏側を神奈川県の三浦さんにインタビュー

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かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」は、神奈川県が主催するアクセラレーションプログラムです。“課題先進県”と言われる神奈川県において、社会課題の解決を目指すスタートアップを公募し事業成長に向けたサポートを提供。2020年度からGOB Incubation Partners(以下、GOB)が実施事業者として神奈川県と運営しています。

神奈川県として多くの起業家をサポートする中での手応えや難しさを、神奈川県の三浦圭佑さん(産業労働局産業部産業振興課)に聞きました。聞き手は、KSAPのプログラム開発を手掛けるGOBの田中成幸です。

三浦圭佑(みうら・けいすけ)さん
東京都世田谷区出身。新聞社を経て、2013年神奈川県庁入庁。政策形成部門で政策研究業務や大学連携事業に従事。2019年度は横浜銀行ソリューション営業部に研修派遣。2020年度から産業振興課でスタートアップ支援事業に従事。

田中成幸(たなか・まさゆき)
2017年に合同会社Co-Work-Aを立ち上げ、各地の子ども・若者支援の取組みをサポートする傍ら、困難を抱える子ども・若者を支援する特定非営利活動法人育て上げネットと、若者の起業支援、事業開発支援を行うGOB Incubation Partnersのパートナーとして”三足の草鞋”の複業生活を送る。


「課題先進県」の未来を担う起業家を

田中成幸(以下、田中):私たちGOBがKSAPの運営に携わるようになったのは2020年度からですが、KSAPの取り組み自体は2017年度から始まっていますよね。当時、神奈川県として起業家をサポートするプロジェクトを立ち上げた背景にはどんな課題意識があったのでしょうか?

三浦圭佑さん(以下、三浦):KSAPを運営している産業振興課のミッションは、県内産業の活性化です。そのためには新しい産業を生み出す必要があります。

しかし神奈川県に限らず、起業家は減少傾向にあります(*)。起業家が増えないことには新しい企業、産業は盛り上がっていきません。ですから、KSAPも当初は、起業の準備段階の方も含めたサポートを行っておりました。

田中:私自身も自治体と仕事をする機会は多いですが、多くの自治体は、すでに立ち上がっている企業や既存の産業を手厚くケアするケースが多い印象です。それに対して、神奈川県としてあえてこれから起業していく人たち、起業の初期段階にある人たちを対象にしたのは珍しい取り組みのように思います。県としてかなり前から、新しい産業を生み出していきたいという考えがあったのでしょうか?

三浦:そうですね。神奈川県は人口減少や超高齢化といった課題を抱える「課題先進県」と言われています。神奈川県内にはさまざまな特色を持った地域がありますので、その分、行政としても多様な社会課題に向き合う必要があります。

県としても本当にさまざまな角度から課題の解決に向けて取り組んでいますが、やはり私たちだけでは到底解決しきれない問題がたくさんあります。ですから、新しい産業を生み出す中で、単に経済を活性化させるだけではなく、同時に行政課題、社会課題も解決していくような取り組みが必要だろうと考えていました。

現在はKSAPの立ち上げ当初よりももう少し段階が進んで、特に起業初期の方を対象に、より事業の精度を上げたり、課題解決のために何をすべきかといったサポートに焦点を当てています。

「行政が想定していなかったような社会課題を提案する起業家が増えている」

田中:これまで取り組んできた中での手応えや気付きがあれば教えてください。

三浦:KSAPがスタートした2017年当時は、今ほど行政がアクセラレーションプログラムを運営しているケースが少なかったので、割と先進的な事業だったと思います。

現在で6年目を迎えていますが、過去5年で累計6.6億円の資金調達を達成するなど、一定の成果を挙げることができました。

しかし、その後アクセラレーションプログラムというものが一般にも浸透し、民間が運営するものも増えてきました。それによって、行政としてアクセラレーションプログラムを運営する意味を問い直す必要がありました。

その結果、やはり行政がやるからには、単なるアクセラレーションではなく「社会課題を解決する」という文脈に乗せたいということで、KSAPのプログラムもシフト。それに合わせて、2020年度からはGOBに運営をサポートしていただくことになりました。

田中:なるほど。プロジェクトの中盤から社会課題を解決するというニュアンスを込めるようになったわけですね。そういった新しい方向性、新しい価値を加えたことで、KSAPに参加する企業のラインナップや扱う事業領域が変わったりなど、何か変化は感じますか?

三浦:もちろんそれ以前に採択された起業家の方々も、​​それぞれの思いで社会課題に向き合っている方がほとんどでした。ですが、やはり2020年度以降の様子を見ていると、解決したい社会課題がより明確になっている起業家の方が多い印象を受けます。

田中:一般的な企業は、社会課題の解決を事業の中の1つの要素として組み込んでいきますが、そうではなく、むしろ解決したい社会課題が先にあって、それを事業の形に落とし込むためにどうすればいいかを考える起業家が増えたということですね。確かに、採択事業者の顔ぶれを見ているとそういう人が多いかもしれません。

三浦:行政が想定していなかった視点から社会課題にアプローチしようとする方が増えてきているように感じます。

田中:なるほど。ちなみに今年採択された企業の中で、三浦さんから見て印象に残っている企業はどこかありましたか?

三浦:皆さんユニークですが、例えばDayRoomの林和正さん。闘病の孤独感をSNSで解消しようと挑戦していますが、闘病に対して医療ではなくソーシャルの視点でケアをするというのは、行政の立場ではあまりなかった視点で新鮮でした。

田中:言われてみると確かに必要、といったテーマに取り組む企業が多いですよね。

事業成長を加速させる「かながわモデル」

田中:ここまで手応えをお話いただきましたが、反対にKSAPを運営する難しさは何かありますか?

三浦:県が打ち出しているベンチャー企業を創出するための「かながわモデル」があるんですが、全4ステップある中で、KSAPはその3ステップ目に位置する取り組みなんです。

神奈川県のウェブサイトより引用

KSAPの次の4ステップ目に「BAK(ビジネスアクセラレーターかながわ)」という取り組みがありますが、その他にも、KSAP卒業生への支援を充実させる取り組みが必要だと感じています。KSAPの卒業生が個別相談に来てくれるときもありますが、事業が進んでいくにつれて資金面での悩みも増えてくるように思います。ですが行政として直接の資金援助はできないので、ビジネスモデルが固まった後に、それをさらに拡大させていくフェーズにある起業家のニーズに対して、より応えられるような体制を作っていきたいです。

例えば県内の金融機関やベンチャーキャピタルとのネットワークを強化して、起業家とつなげたり、川崎市や横浜市のような起業支援をしている基礎自治体と連携したりすることも有効だと考えています。

田中:なるほど。数年間KSAPを取り組んできた中での成果が市町村にも共有されていって「ウチでもやってみようか」みたいな流れができてくると理想的ですね。

三浦:そうですね。さまざまな取り組みを通じて、徐々に県内でも知名度が上がってきた手ごたえがあるので、県としてこれからも良い事例を作りながら、それを見て県以外のプレイヤーがその役割を担うようになってくれたらありがたいです。

田中:一方で、先ほど三浦さんが言っていた県内の金融機関などとの連携については、三浦さんのご担当とは異なる業務領域でしょうか。いわゆる行政の“縦割り”的なシステムの弊害もあったりするのでしょうか?

三浦:我々のいる産業振興課は基本的に外とつながることをミッションとしているので、比較的フレキシブルに、フットワーク軽く動ける環境にはあります。

田中:そうですか。それは非常に心強いですね。

起業のリアルを伝える

田中:2020年度から私を含めGOBがKSAPの運営をお手伝いしてきましたが、この2年の取り組みの中での手応えや、反対に改善点があれば教えていただきたいんですが、いかがでしょうか?

三浦:まず手応えというか、GOBにお願いしてよかったなと感じているところが大きく3点あります。

1つは、GOBのメンバーの方々にしても、メンターとして参加してくれる方々も、皆さんご自身で事業を起こした経験を持っていることです。その点は非常に心強く感じています。過去に参加者からいただいた意見でも、​​起業経験がない方からは、リアルな事業経験の裏付けがある意見がもらえないといったところに不満を感じる人もいました。GOBの皆さんからは、実体験に基づくかなりリアルな視点を提供いただけているので、すごく心強く感じています。

2つ目は起業家や経営者とのネットワークの部分です。メンター陣やイベントのゲストなど、その道のトップランナーを呼んでいただけるのがありがたいです。メンタリングやイベント自体が実りのあるものになっているというのはもちろんですが、それだけではなく、神奈川県としての本気度を世間に対して示す効果もあるんじゃないかと思っています。

最後3つ目が、私たちや参加する起業家に寄り添ってくださる姿勢です。KSAPのようなアクセラレーションプログラムは、今では全国さまざまな自治体が公募を出しているので、場合によっては、あらゆる自治体に同じ提案をすることができてしまいます。しかし、GOBの場合はそうではなく、神奈川県の実状を理解いただいた上で、私たちの課題やミッションに合わせてご提案いただいているなと感じています。

また起業家に対しても、本当の意味で寄り添っていただいているなと感じています。そういういろいろな魅力を事業に還元いただく中で、この2年間はかなり手応えを感じています。

田中:私たちとしても、地域の実情と未来をイメージしながら提案内容を考えているので、今の三浦さんのフィードバックはとてもうれしいです。ありがとうございます。

また、1点目の起業のリアリティという部分に関しては、私も前職が経営コンサルタントだったのでよくわかります。経営コンサルと我々だと、求められるサポートに質的な違いがあるなというのは、実際現場でも感じるところです。

三浦さんが実際に現場で見ている中で、具体的に、起業経験者だからこそできていた支援みたいなものはありますか?

三浦:そうですね。特に印象的だったのはメンタリングですね。起業家の方が、ユーザーへのヒアリングを開始するタイミングだったんですが、その時にどういう風に依頼のメールを送ったらいいかで悩んでいたんですね。そうしたらGOBのメンターがすぐに「私も過去にやったことがあるので、その時のメールを転送します」と言って、すぐにメールを送ってくれたんです。そういう実体験に基づくアドバイスは、起業家の人にとっては本当に身になっているんじゃないかなと感じます。

田中:メンター自身も過去に起業の経験があるので、他人事ではないというか、その知見を惜しげもなくシェアしていけるのは、当事者ならではなのかもしれませんね。

三浦:それからGOBのイベント運営や当日のファシリテーションなど毎回感心させられます。オンラインイベントにも関わらず、参加者を巻き込んでインタラクティブに進めていただいているので、本当に上手だなと。

田中:たしかにZoomでイベントを進行させながら、その裏側で、事務局メンバーの5、6人がSlackで随時やり取りをして......みたいなことはあまりないですよね。そう言っていただけるのはとてもありがたいです。事前に設計するのはもちろんですが、同時にイベントをやりながら当日その場でもどんどん修正を入れていけるのは、私たちの特徴なのかもしれません。

いい事業を作り上げられているのは「本音で会話できる」から

田中:三浦さん自身が我々とプロジェクトを進めていく中で、印象の変化はありましたか? 会社やチーム全体でもいいですし、あるいは個々のメンバーでも構いません。

三浦:正直いうと、結構あります。前任の担当者を見ていると、定例ミーティングに参加するときにかなり気合を入れてるというか、気持ちを作って臨んでいたのが印象的だったので、勝手にGOBの人たちは厳しい人たちだと思ってたんです(笑)。でも実際お話ししていくと全然そんなことはなくて、本当に尊敬できる方たちばかりだなと思っていて。神奈川県とその実施事業者という関係性ではなく、全員でKSAPという1つのチームとして場を作り上げている実感があるので、定例会議に出席するのが毎回本当に楽しみです。

田中:そうでしたか。では、初回の顔合わせの時は三浦さんも実はかなり緊張していたんですね(笑)。

三浦:でも、本当にリップサービスではなく、GOBの人たちと話す時には自然と自分をさらけ出せるんですよね。最初のうちは、例えばベンチャーの専門用語や常識を知らないと舐められるのかなという印象があったので必死に勉強していたんですが、GOBの皆さんに対しては知らないことを素直に知らないと言える関係性が作れているように思います。本音で会話ができることが、一緒にいい事業を作り上げられている秘訣の1つだと感じています。

田中:ありがとうございます。確かに我々も取り繕うようなコミュニケーションをするメンバーはいないですね。そういう空気感を三浦さん、神奈川県の皆さんと共有できているのであればすごくうれしいです。


三浦さんが思う「社会価値と経済価値の両立」に必要なこと

田中:KSAPは「社会価値と経済価値の両立」をコンセプトに掲げていますよね。少し難しい質問ですが、実際に三浦さんが起業家を見ている中で、社会価値と経済価値を両立させるために起業家に求められる要素とは何だと思いますか?

三浦:正直に言うと、最終的にはマネタイズかなと思います。

KSAPが社会価値と経済価値の両立を打ち出していることもあって、やはり皆さん解決したい社会課題は非常にはっきりしているし、作りたい世界観も描けています。でもそれをボランティアではなくビジネスとして、しかも持続的に進めていくとなると、キャッシュポイントをどうするかという視点が欠かせなくて、やはり皆さんそこで頭を悩ませていますよね。

社会課題を解決することが最終的なゴールだからこそ、その手段としてのマネタイズが非常に重要だと感じていますし、県としても支援できたらと思っています。

田中:営利企業として社会課題に相対していくときに、お金は必要不可欠なリソースなので、それをいかにして作り続けていくのかは実際問題として非常に重要ですよね。

ここまでいろいろとお話いただきましたが、最後に、神奈川県として起業家や新規事業の創出を支援する中でのあるべき姿やポイントについて、今までのお話以外でお考えのことがあれば教えてください。

三浦:ベンチャー支援を担当していると、神奈川県の経済を活性化させるためにどんどん起業をしてもらおうというのは、理屈ではよくわかるんです。でも同時にそこにつきまとうリスクも考えなくてはいけないと思っています。

今、息子が4歳なんですけど、私はよく「息子が18歳や22歳になった時に起業を勧められるだろうか」「KSAPを自信を持って勧められるか」という問いを自分に投げかけています。それにイエスと言えないのであれば無責任なので、担当者として本気で起業家の挑戦に向き合っていきたいと思っています。

田中:まさにおっしゃる通りですね。私も親の立場として、子供から「起業します」と言われた時に、「こんな事例やあんな事例がたくさんあるから、可能性があるかもしれないね」と言ってあげられるようなケースをKSAPの取り組みの中でサポートしていけたらと思っています。

三浦:それからもう少し大きな視点だと、再チャレンジできる環境を整えることも必要だろうと感じています。リスクを背負ってチャレンジした時に、失敗しても再チャレンジできるような体制を作ってあげることは、私たちの部署だけではなく、県全体、社会全体として非常に重要な点だと感じています。

田中:重要なご指摘ですね。アメリカだと起業して失敗したことは、むしろ経験を積んだというプラスの評価になる一方で、日本では失敗するとダメという烙印を押されてしまう。そこが今後、ネガティブからポジティブへ転換されていくような後押しができるといいですね。

改めて、貴重なお話をありがとうございました。


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