夢のはなし 第二夜『スライス・オブ・ライフ』③

▽①話はこちら



新顧問が運転し、私は助手席で自分の席の窓から外を見回しながら周囲や紅先生に注意を向ける。
紅先生は少し離れた外から見守りつつ指示を出す役割だ。

車を立体駐車場から出すのはとても神経を使った。
紅先生は車の前やら後ろやらをちょこちょこ交互に見て回りながらもう少し右だの左だの、ここが危ないだのと真面目な面持ちで忙しく心配そうにうろうろと動き回っている。
新顧問は緊張した様子で顔をこわばらせながら神経を研ぎ澄ましているようだった。車は少しずつ着実にだが進んでいる。
わたしもなるべく力になれるように自分側のドアが傷つかないように声をかけつつ紅先生の指示を新顧問に伝えるなどして、こちらもまた神経を研ぎ澄ましていた。

最後の難関である出入口はとても狭く、さらに飛び出た鉄や壊れたフェンスが小さくだが確実に邪魔をしていたためにとても時間がかかったが、やっとの思いで脱出することができた。
その瞬間、私は静かにほっと胸をなでおろした。終わった達成感を感じてちらっと外に目をやると紅先生も同じようで、おそらく夢中になりすぎて中途半端に上げたままになっていたのであろう両手をゆっくりと下ろしていたのが見えた。

車はそのまま申し訳程度に設置されていた立体駐車場出入口の外に設置された仕切りのフェンスを通り越すと、一旦敷地内に駐車された。新顧問は一言も言葉を発することなく車のエンジンを切る。
エンジンが切れた瞬間、ほっとした顔をした後にありがとうな!と大きく新顧問は喜び、隣の私に少し口元をゆるませながら感謝の言葉を何度も言った。その姿を見て、私もとてもうれしい気持ちになり大きな達成感で心がいっぱいになった。

そのまま新顧問は車を降りて紅先生にもひとしきり多めのお礼の言葉を伝えていた。
紅先生は近くの自販機で少し悩んで自分のカフェオレを買った後、新顧問にコーヒー、私にはサイダー、を買ってくれた。
そして3人で飲み物を飲みながら、あそこが危なかったとか、いかにこの場所が整備されていないかとか、最後にいつ使ったのだろうなどという話を少しして解散となった。

紅先生はもう少ししてから学校へ戻るとのことだったので、私は新顧問の運転する車の助手席に座って学校まで送ってもらった。

それからというものの、私は新顧問への愛着がなんとなく強くなったこともありバレーは上手くないながらも、少し、気持ちだけは前向きに部活に参加するようになった。すると、自分と同じようにあまり運動神経に自信のない部員と仲良くなったりして今は前より楽しさを感じながら部活に参加するようになっている。

新顧問はというと、元々正直で素直な人間だったため、その飾らなさや真面目さなどの良い人間性が部員に徐々に知れてきて、あからさまに嫌う態度を取る者は一部と言っても良いくらいに少なくなっていた。

そのせいか前よりも部員と明るく楽しげに接しているように感じられる。

前は怖かったけどいい人になったよねと噂する部員の話を聞くこともあった。
私はそれを静かに盗み聞ぎし、元からそうだったよ。と心の中で思うと同時にたまに少し寂しい気持ちにもなった。
しかしその寂しさは一瞬浮かんでは、気にする前にいつの間にか自分の中から消えゆく程度の感情であった。

おわり

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