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これからのイヤホンが切り拓くソーシャルプレゼンスの未来

リモートワーク体制に移行してからオンラインミーティングが増え、イヤホンを着けている時間が飛躍的に長くなりました。

愛用していたApple AirPods Proに加え、少しでも耳に負担を与えないように骨伝導イヤホンを試したり、Googleから発売されたPixel Budsを試供品でいただいたりと色々とイヤホン製品を使っていく中で、これからのイヤホンはどうなっていくのか。

現在のイヤホン市場の状況や、先行している研究を眺めつつ未来に思いを馳せてみたので、noteにまとめてみようと思います。


1. True Wireless Earbudsマーケット

英語圏では左右が独立したワイヤレスなイヤホンをTrue Wireless Earbudsと呼びます。日本語では完全ワイヤレスなどと呼びます。

幾つか先行した製品はありましたが、True Wireless Earbudsの市場を切り拓いたのは間違いなく2016年12月に登場したApple AirPodsでしょう。完全に未来しか感じなかったので発売日に即注文しました。

耳うどんなどと嘲笑されつつも、AirPodsは瞬く間に市場を席巻し2018年には出荷数で市場の6割を支配し、ミレニアルにとってステータスシンボルと呼ばれる程にブームになりました。2019年には売上でも市場の6割のシェアを誇っています。

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True Wireless Earbudsマーケット自体がAirPods登場を皮切りに急成長しており、まさにAppleがこのマーケットを切り拓いたと言って過言ではないでしょう。

またユーザー体験としてもAirPodsは大きな前進をもたらしました。ケースから取り出して耳に入れるだけでiPhoneに自動的にBluetooth接続し、おまけに片耳だけでも聴くことが出来てしまう。

最早当たり前の事になってしまいましたが、それまでの有線イヤホン、ワイヤレスイヤホンの体験を大きく変え、人々をより「音」に繋げる事に寄与したと考えています。


2. AirPods Proによるイヤホンの進化

初代AirPodsの登場から約3年、2019年10月にAirPods Proが発売されました。またもや発売日に即買い。

AirPods Proがもたらした新しい価値に外部音取り込みがあります。ノイズキャンセリングと外部音取り込みのあまりのシームレスさに、まるで仮想空間と現実世界を行き来してるような感覚をおぼえ、届いたその日にこんな感想を言ってました。

そんなAirPods Proの世界観をこのCMはよく表現しています。AirPods Proを使っていない人からすれば何のこっちゃでしょうが、まさにこんな感じなのです。


3. AirPodsの次なる進化: Spacial Audio

AirPods Proの登場から1年後、2020年秋に登場するiOS14と合わせてAirPods ProがSpatial Audioに対応する事が予告されています

これは空間オーディオと訳されるもので、映画館でサラウンドスピーカーに囲まれているような音響の立体感を再現し、さらに頭の向きに追従して仮想的な立体音響が変化するものです。例えばiPadで映像を観ていて、横を向いたら頭の動きに合わせてiPadの方から音が鳴っているように音が変化するイメージです。

AppleからはまだSpacial Audioによる映像のサラウンド音響機能しか紹介されていませんが、ここにイヤホンの未来への大きな布石があると感じています。


4. ソーシャルプレゼンス

ソーシャルプレゼンスとは仮想空間における実在感を指します。1976年にはじめて提唱され、バーチャル・リアリティの技術の中で非常に重視される要素です。

VRゴーグルをかける事によって全方向の視覚を奪う事で、視覚的に仮想空間に入り込む事が出来ます。それに加え聴覚についても、まるでその空間に居るような立体的な音を聞く事が出来れば更に没入感が増します。

目の前に居る仮想空間上のキャラクターが実際にそこで話しているかのようなリアリティのある音響が再現できれば、そこに実在するような感覚を得る事が出来ます。この感覚をソーシャルプレゼンスと呼びます。


5. オンラインのコミュニケーションに足りない実在感覚

この数ヶ月、多くの人がZoomをはじめとしたツールでオンラインミーティングを経験したと思います。

移動しなくてもすぐに会議が出来る手軽さや、はじめての人でも気軽に会えるなど、その利便性を享受しつつも、なんとなく伝わりにくい空気感や、同時に話しはじめてしまう間の悪さなど、リアルと比べると圧倒的にコミュニケーションの質が劣る事を実感されたのではないでしょうか。

それもそのはずです。私達は実世界の会話では言葉だけでなく、ジェスチャーや目線、表情、空気感などあらゆる情報を使ってコミュニケーションを行っています。現在のオンラインミーティングの技術では圧倒的にコミュニケーションの為の情報が足りないのです。


6. Facebook Reality Labs Researchによるソーシャルプレゼンスの研究

OculusというVRプラットフォームをはじめ、HorizonLiveMapsなど仮想空間上に次の世界を作り出す事に熱心なFacebookが先週ソーシャルプレゼンスに関する新たな研究の取り組みを公開しました。

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めっちゃ長いです。
要約すると彼らが取り組んでいるのは以下の2つの技術です。
 ① オーディオプレゼンス
 ② ARと組み合わせた聴覚の拡張
一つずつ簡単に紹介します。

① オーディオプレゼンス

FRL Researchが取り組むオーディオプレゼンスとは、現実世界の音とバーチャルの音が区別が付かないほど混ざりあった状態を再現する技術です。

人が聴覚で感じ取る音は音の発生場所や方向性、または空間の反射によって、また個人の耳の形状によっても微細な変化が生じます。

この動画に出てくるFacebook Reality Labs Researchが何百万ドルもかけて作った研究施設では耳の形状のスキャンニングを行い、ヘッドホンを通してどういう音を発したらまるでその空間にいるかのような疑似体験が出来るかを再現しています。


② ARグラスと組み合わせた聴覚の拡張

もう一つはAirPodsの外部音取り込みとARグラスによる合体技のような技術です。ARグラスが視線を把握する事により、その人が本当に聞くべき音だけを抽出します。

例えば騒がしいバーでテーブルで対面している人と話している時、現実世界では周りの音によって相手の声が遮られ、大きな声を出さなければならなかったりします。

こうしたシチュエーションでまるでAirPods Proが外部音を取り込み、その音の中から話している相手の声だけを抽出して再生してくれる仕組みです。

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ここからイヤホン市場と、私たちの生活を取り巻く環境でどの様な変化が起きるか、個人的に予想を連ねてみます。

未来予想① イヤホンがソーシャルプレゼンスを切り拓く

AirPods ProのSpacial Audioは、まだコミュニケーションに関する機能は謳われていませんが、恐らくはFacebookと同じようにソーシャルプレゼンスを補完する部分にも踏み込んで来るのではないかと考えています。

Oculus Roomを体験された方は実感されたのではないかと思いますが、Roomを他のユーザーと共有すると、自分が顔をどこに向けていても相手が居る方向から声が聞こえたり、空間上の距離感によって声が近づいたり遠のいたりする事で存在をリアルに感じ、まるで空間を共有しているような体験をしました。

例えばSpacial Audioを活用する事で、Zoomのようなオンラインミーティングでも、ミーティング参加者の仮想空間上の位置関係を反映した聴こえ方がする事で参加者の実在感が向上し、コミュニケーションの質が向上する事を期待しています。


未来予想② スマホメーカーがイヤホン市場で更に勢いを伸ばす

AirPods  Proの新機能でSpacial  Audioに加えもう一つ予告されている機能があります。Automatic Switchingと呼ばれ、iPhone、iPad、Mac間で使用している状況に応じて自動的にAirPodsの接続先を切り替える機能です。

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個人的にこれはキラー機能になるものだと思っており、Mac・iPhoneユーザーにとっては手放せない程便利になり、Appleのプラットフォームへの依存度が更に深まるものだと考えています。これまでも他社製品でマルチポイント機能を備えているものもありましたが、Appleはどこよりも上手く実装するでしょう。

AirPodsに限らず、これからのイヤホンには生活の中で行動から行動へ移り変わる中で、イヤホンもシームレスにユーザーの行動に追従していく事が前提になっていくと思います。またソーシャルプレゼンスに関わる機能を提供しようとした時、必ずスマホのコンピューティングパワーが必要になるはずです。

そうした時にやはり、スマホやPCのハードウェアを製造しているメーカーが有利に立ち、今後更にマーケットのシェアを獲得していくのではないかと予想します。実際に上記の2019年のマーケットシェアではAppleの次にXiaomi、Samsung、Huaweiといったスマホメーカーが名を連ねています。

2019年に「音のAR」と銘打ってスピーカー付きARグラスをローンチしたBoseですが、BoseのAR部門は6月に閉鎖されてしまいました。個人的にとても好きなメーカーなので残念な気持ちでニュースを読みました。


未来予想③ 耳のサイボーグ化による音の常時接続化

ワイヤレスになる事でイヤホンの装着のストレスが減り、更にAirPods Proのアクティブノイズキャンセリングにより現実世界と仮想空間を行き来する事が出来るようになり、イヤホンが身体に近いデバイスに急速に変化しつつあります。私自身、AirPods  Proを初めて着けたその日に「これは身体拡張だ」と思ったものです。

Facebook Reality Labs Researchをはじめとするオーディオプレゼンスの研究の成果により、現実の音とバーチャルの音がナチュラルに混ざり合う事で今後更にイヤホン装着が常態化し「音との常時接続化」つまり、常に現実とバーチャルの音が混ざり合った状態に身を置く時間が増えていくと予想しています。


未来予想④ 音のメディアの急速な発展と聴覚チャネルの奪い合い

最後にサービスやプロダクトの運営に関わる自分のような立場で、市場にどのような変化が訪れるか予想してみます。これは既に起きつつあるかもしれません。

ここまで挙げてきた未来に近づいていき「音との常時接続」が進むほどに、ブランドにおける音の重要性が高まっていくでしょう。

AirPodsをはじめとするTrue Wireless Earbudsの普及と近年のPodcast市場の盛り上がりは無関係ではないと考えています。Spotifyのこちらのデータによれば、USの人口のうちPodcastを視聴している割合が2015年の17%から2019年には32%に達しました。

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Spotifyは2019年にPodcast関連の企業を立て続けに買収し、さらに自分達は音楽だけでなくPodcastを含む音声全般のメディアを扱うAudio First Companyであるとブランドの再定義を行いました。

音声メディアの利点はユーザーを拘束せずに、他の事と並行して届ける事ができる点です。例えばジョギングしながら、家事をしながら、通勤しながら。ここに大きな可処分時間が生まれます。

音声メディアのプラットフォームは国内外で続々と立ち上がっており、あらゆるサービス、ブランドにとってユーザーとの重要な接点になるでしょう。

これまでサービスのオウンドメディアといえばWebメディアを真っ先に検討するのが当たり前でしたが、今後はWebメディアだけでなく音声メディアも当たり前になっていくかもしれません。

ブランドがいかに人々の耳にリーチできるか、聴覚のチャネルの奪い合いが始まりつつあります。

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出典

How did Apple’s AirPods go from mockery to millennial status symbol?
Apple Dominates Growing True Wireless Market
True Wireless Hearables Market Beats Expectations in 2019 with Apple to Continue Dominating in 2020
AirPods Proが立体音響対応、7.1chやAtmosまで仮想サラウンド化。頭の動きに追従
A Systematic Review of Social Presence: Definition, Antecedents, and Implications
Facebook announces Horizon, a VR massive-multiplayer world
Facebook is mapping the planet to create a foundation for its AR glasses
Inside Facebook Reality Labs Research: The future of audio
Another company is giving up on AR. This time, it’s Bose.
再注目される音声コンテンツの可能性 ――Spotify Japanに聞くポッドキャストの今
Introducing Spotify’s New Design Principles

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Go Ando / PREDUCTS / THE GUILD
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