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テトラポット登って宇宙に靴飛ばすにはどれだけのエネルギーが必要か

「Ah、宇宙に靴飛ばしたい気分!」
大切な人がいるとこんな気分になることもありますよね。
しかもテトラポット登った状態で。
この一節は、稀代のシンガーソングライターaiko氏の「ボーイフレンド」の歌詞です。

カントリー風の明るい曲調と、抑えられない感情を表現した歌詞が相まったaiko氏の代表曲ですが、ここである疑問がわいてきます。

「宇宙に靴飛ばすにはどれほどのエネルギーが必要なのか…?」

■先行研究の参照と議論の余地

「宇宙に靴飛ばすにはどれほどのエネルギーが必要か」という研究テーマは、これまでも多くのリリックサイエンティストを魅了してきました。
それを示すように、いくつかの先行研究が存在しています。

・先行研究1
ゴリララボ氏(2019)は、宇宙に靴飛ばす方法を「第2宇宙速度」という概念を用いて説明しています。サイエンティフィックというよりも、アイデア視点での分析でした。

・先行研究2
TANUKI氏(2010)は、物理学の視点でボーイフレンドの歌詞の検証を行なっています。実は、TANUKI氏(2010)の論稿において、宇宙に靴飛ばすために必要なエネルギーについては、一定の結論が提示されています。

TANUKI氏(2010)の論稿を要約すると以下です。

・「地表面から100km」を宇宙とする
・靴の質量を 500g とすると、地表面から100kmまで持って行くために必要なエネルギーは4.9×100000 J(=49万J) である
・膝の長さが平均の42.9cmだとすると、靴を加速するのに使える距離は、42.9×3.14 = 135cm
・この距離で加速するために必要な力は、3.6×100000 N = 37t
・足で37tの力を出せる人は、宇宙に靴を飛ばすことが、可能である

このように、37トンのエネルギーが必要であるという結論は得られています。
しかしながら、靴の質量平均値を使っていたり、37トンのエネルギーを具体的にイメージしにくいなど、議論の精度を高める余地も残っています。

これらを踏まえ、本稿では以下を方針として、検証を進めていきます。

TANUKI氏(2010)の論稿に敬意を払ったうえで
数字が曖昧な箇所に対して出典の明記やaiko氏の情報を用いて精度を改善し
具体的にイメージしやすい説明に変換する


■TANUKI氏(2010)が記載した数字の精度改善

・「地表面から100km」を宇宙と定義して問題ないかの確認
日本で宇宙について確認するといえば、みんな大好きJAXA(宇宙航空研究開発機構)に限りますね!
JAXAのまとめを見てみると、国際航空連盟(Federation Aeronautique Internationale: FAI)という組織が、地表面から100キロメートル先を宇宙と定めていると記載があるので、TANUKI氏(2010)と同じく、宇宙の定義は地上100キロメートルとします。

補足として、米国空軍は地上から80キロメートル上を宇宙と定義していますが、aiko氏は日本国籍ですので、宇宙の定義は100キロメートル上空としています。

・ケアレスミスの予防:テトラポットの高さを考慮した精度改善
宇宙の高さが100キロメートルと決まったので、靴を100キロメートルまで飛ばすエネルギーの算出に移りたいところですが、ケアレスミスに陥りやすいポイントがあります。

そうです。

aiko氏はテトラポットに登っているので、その高さを引き算する必要があります。

業界最大手の株式会社不動テトラのサイトを確認すると、テトラポッドは重さで分類されており、18種類のテトラポッドが存在します。

標準的なテトラポッドは20トン型とのことで、20トン型のテトラポッドの高さを確認すると、3.06メートルと記載があります。

宇宙の高さを100キロメートル=100000メートルと定義したので、そこから20トンのテトラポッドの高さ(3.06メートル)を引き算した、99996.94メートル(≒9.7万メートル)が、ボーイフレンドにおける宇宙に靴飛ばすために必要な高さとなります。

・宇宙に靴飛ばすのに必要なエネルギーの計算
次に物体を持ち上げるのに必要なエネルギーを詳細に見ていきましよう。
TANUKI氏(2010)の研究では以下のように靴の質量を500gとしていますが、aiko氏の靴の質量の精密な推定が求められます。

靴の質量は 500g としよう。
これを地表面から100kmまで持って行くために必要なエネルギーは、4.9×105 J である。
(TANUKI氏(2010)から抜粋)

ボーイフレンドの裏ジャケットの写真を見てみると、そのときに履いている靴がローカットのスニーカーと思しき形状であることが確認できます。

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aiko氏は、ハイカットのスニーカーやドクター・マーチンといった靴を履いていることも多いですが、ジャケットの写真がローカットと思われる形状なので、それらの可能性は考慮しません。

裏ジャケットからは靴のブランドの特定には至りませんでしたが、形状が近しい、且つ、NAVERまとめでも履いている実績のあるニューバランスの靴であると仮定して、分析を進めます。

こちらの記事によると、aiko氏の靴のサイズは21.5cmです。
ニューバランスのNB M340 BWの片方の靴の重さがAmazonの商品詳細ページに記載されており、約260グラムでしたので、ボーイフレンドの裏ジャケットで履いている靴の重さは260グラムと仮定しました。


■宇宙に物体を飛ばすとはどんなエネルギーなのか

ここまで、宇宙に靴飛ばすためのエネルギーを精密に計算するために、JAXAの情報やaikoさんの身体情報などを確認してきました。
しかしながら、そもそも物体を宇宙に飛ばすとは、どういうエネルギーなのでしょうか?

・「仕事」の概念
宇宙に靴とばすというのは、靴に力を加えて宇宙まで移動させると言い換えられます。
したがって「物体に力を加えて移動させる」というエネルギーが今回求めたいものとなります。
このエネルギーは「仕事(単位:ジュール)」という概念で定義されていて、以下の計算式で算出が可能です。

仕事(ジュール)=力の大きさ(ニュートン)×動いた距離(メートル)

なお、仕事を求めるのに必要な力の大きさ(ニュートン)は、「物体の重さ(グラム)÷102」と定義されています。

・ボーイフレンドにおける「仕事」
ここまでの分析や確認によって、「各種出典を根拠とした精密な数字」と「求めるべきエネルギーの種類と公式」を整理することができました。

これらの情報を用いると、宇宙に靴飛ばすのに必要な仕事(ジュール)を計算できます。

・公式
 
仕事(ジュール)=力の大きさ(ニュートン)×動いた距離(メートル)
・代入する要素
 力の大きさ=物体の重さ(グラム)÷102
      =260グラムのスニーカー÷102
      =2.55ニュートン
 動いた距離=宇宙の高さ-テトラポットの高さ
      =100000メートル-3.06メートル
      =99996.94メートル(≒9.7万メートル)
・公式に要素を代入
 仕事(ジュール)=2.55ニュートン×9.7万メートル
         =24.735万ジュール

■具体的にイメージしやすい指標での説明

必要な仕事(ジュール)は24.735万ジュールと計算できましたが、「どれぐらいのエネルギーなの?」とイメージがわきにくいかと思います。
これの改善のために、「24.735万ジュールを発生するには、靴を飛ばす(足を振り抜く)動作を、どれぐらいの速度で行う必要があるか」という問いに言い換えて、検証を進めていきます。
速度を求めることによって、宇宙に靴飛ばすのに必要なのは24.735万ジュールです!と説明するのではなく、宇宙に靴飛ばすのに必要なのは秒速○○メートルで足を振り抜くことです!と言い換えることができます。
エネルギーの単位で説明するよりも、身近に感じられる速度・足を蹴り上げる(靴を飛ばす)という動作での説明の方が、具体的にイメージしやすいと想定しています。

・速度の計算
速度は、仕事(ジュール)と物体の質量から求めることができます。

仕事(ジュール)=1/2×質量(キログラム)×速度(秒速メートル)の2乗

公式の「仕事」と「質量」に、既に明らかになっている値を代入して、速度を求めていきます。

・公式
 
仕事(ジュール)=1/2×質量(キログラム)×速度(秒速メートル)の2乗
・代入する要素
 仕事=24.735万ジュール
 質量=靴の重さ
   =260グラム
   =0.26キログラム
・公式に要素を代入
 仕事(ジュール)=1/2×質量(キログラム)×速度(秒速メートル)の2乗
 24.735万ジュール=1/2×0.26キログラム×速度(秒速メートル)の2乗
 24.735万ジュール×2=0.26キログラム×速度(秒速メートル)の2乗
 24.735万ジュール×2÷0.26キログラム=速度(秒速メートル)の2乗
 24.735万ジュール×2÷0.26キログラムの平方根=速度(秒速メートル)
 速度(秒速メートル)=1,379

■まとめ:宇宙に靴とばすのに必要なエネルギー

本稿で定義・推定した数字を整理して、「テトラポット登って宇宙に靴飛ばすにはどれだけのエネルギーが必要か」について一定の結論を提示したいと思います。

・宇宙の高さ=地上100,000メートル(※JAXA定義)

・テトラポットの高さ=3.06メートル(※株式会社 不動テトラ定義)

・テトラポットから宇宙までの距離=9.7万メートル

・靴の重さ=260グラム(※ボーイフレンドの裏ジャケットから推定)

・仕事(ジュール)=力の大きさ(ニュートン)×動いた距離(メートル)
 力の大きさ=2.55ニュートン、動いた距離=9.7万メートル
 仕事(ジュール)=24.735万ジュール

・仕事(ジュール)=1/2×質量(キログラム)×速度(秒速メートル)の2乗
 仕事=24.735万ジュール、質量=0.26キログラム
 速度(秒速メートル)=1379

これらにより、
テトラポット登って宇宙に靴飛ばすには「24.735万ジュールが必要」で、
それを実現するには
「秒速1379メートルで足を振り抜くことが必要」
と結論づけることができます。

■考察1:aiko氏と色んな速度を比べてみる

宇宙に靴飛ばすには、秒速1379メートルで足を振り抜く必要があると、数値的な事実を前項で述べました。
ところで、秒速1379メートルとはどれぐらいの速度でしょうか。

秒速1379メートルを、分速に変換すると分速82763メートルです。
ボーイフレンドの長さが4分47秒なので、一曲を歌い切るまでにaiko氏の靴は395865メートル(約396キロメートル)彼方まで飛んでいきます

さらに、時速に変換すると、時速4965772メートルです。
大きな数字になってしまったので、時速キロメートルに変換すると、時速4966キロメートルとなります。
時速4966キロメートルという説明でも少しわかりにくいと思われます。
他のものと比較して、相対的な速度を明らかにしていきましょう。

以下に示すグラフ1で身の回りのものとaiko氏の蹴り足の速度を比較しています。
音速の4倍のスピードで蹴り上げることができれば、宇宙に靴飛ばせます
なお、音速をマッハで表すとマッハ1、aiko氏の蹴り足はマッハ4です。

・グラフ1:身近なものとaiko氏の蹴り足比較

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身近なものとの比較では、aiko氏の脚力が圧倒的過ぎました。
やや生活感には欠けますが、もっと速いものと比較してみましょう。
グラフ2をご覧ください。

・グラフ2:生活感はないが速いものとaiko氏の蹴り足比較

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ジェット戦闘機より時速1437キロメートル速く、超高速旅客機より時速1154キロメートル遅いという塩梅に落ち着きました。


■考察2:aiko氏に起こりうる悲劇

いくつかの比較を経て、宇宙に靴飛ばすのに必要な蹴り足の速度をイメージできたと思います。
しかし、具体的なイメージは、悲劇の可能性も明らかにしてしまいました。

飛行速度がマッハ3付近に近づくと、高速な機体の移動のために、空気が急速に圧縮される断熱圧縮により高温になった空気に機体が加熱され、高温となる。(中略)この温度では、航空機の主要な素材であるアルミニウム合金の使用温度限界155℃を超えてしまう。
Wikipediaより抜粋)

マッハ4に達するaiko氏の靴飛ばしは、金属が耐えられない高温となります。
この温度で、aiko氏の足、ニューバランスと仮定した靴が無事でいられるとは思えません。

ボーイフレンドの2番サビには「あなたがあたしの耳を熱くさせたら」という歌詞が出てきますが、違うのです。

熱くさせているのはaiko氏本人なのです。


■補足1:テトラポッドとテトラポット
株式会社不動テトラの商品は「テトラポッド」と最後が濁音です。
一方、ボーイフレンド歌詞は「テトラポット」と濁りません。
厳密には言葉は異なりますが、本稿では同じものとして扱っています。
なお、「テトラポッド」は株式会社不動テトラの商標で、一般名詞としては消波ブロックといいます。

■補足2:ソニックブームの発生
aiko氏の靴飛ばしは以下の現象を引き起こす可能性もあります。

飛行機が音速を超えて飛行するときに発生する衝撃波が,地上に到達して爆発音として聞こえる現象。ときには窓ガラスを割るような破壊力を発揮することもある。
コトバンクのまとめから、世界大百科事典 第2版の解説を抜粋)

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