リレーブログ(奥泉)
─『轟音トラッシュ』リレーブログ①───
まだ、こんなところに居ます。いえ、なにかひとつを信じない限り永久に正解なんてないんだってことくらいは、なんとなく感じているのですが。それでも正しくありたいから、不正解の要素を炙り出してはそれを否定し、翌日にはその否定そのものを否定したりなど。そうやって逃げの論理だけが日々、加速していきます。そのうえで改めて、気持ち悪いな、と。
学生気分の延長でフリーターを進路とし、小劇場役者のような身分となって25歳。はたして続けていいものか、と思うことが増えました。生活の苦しみとかはありません。むしろ、この不安定こそが安寧の材料であり、理想的なライフスタイルであるとさえ言い切れます。
ツラ汚しであるような気がして。どうやら、お芝居とか演劇とか、好きになってしまったようで。好きなものには完璧であってほしいのです。しかし、そこに自分が混じることで美しさは損なわれていきます。
極端な物言いであることは重々承知で、加えて、実はさほど真意でもなく、これは自戒のようなものです。才能ないよと日々言い聞かせることで均衡を保っています。残念なことに私ごとき赤ん坊は、おおよそ物事の分別というものに疎いのです。大して強くない野望と根拠のない自信のみで成り立った、自意識を慰めるだけのエントリー。なぜ自分だけはちょっとイケてると勘違いしてしまうのでしょう。
前向きな言葉も、後ろ向きな言葉も、すべて正しくない。明日の予定だけが今の真実です。向こう一年間のスケジュールは決まっているから、自己否定なんてダサいことをしている場合ではありません。だから前向きになる、わけでもないのが気持ち悪いところです。
ああ、つまり、人間が人間であることの証明みたいなものだけが本当で、動物的な部分はすべて嘘だなと思っていて、でも根源的なものって結局、野性に根差してしまうじゃないですか。全部、気持ち悪いんですね。分かった気になることほど気持ち悪いことはないです。
何が言いたいかというと、っていう日本語が嫌いです。何が言いたいかというと、価値っていうのは勝手に見出すものであって、おおよそ全ては(私という存在が私にとって全てなので)取るに足らないということです。
そう、寝るまでが今日。今日の自分は誇れないから。明日の自分に期待するしか、要求するしか生きる意味はなくて。悲しみなんていうものは、交通事故みたいなものなのです。
当文章においてオーダーされたテーマは「ゴミ」でした。リレー形式らしいので、私も次の人にオーダーします。次のテーマは「価値」でお願いいたします。
チカラこそパワー。敬具。
(撮影: 藤田恭輔 様)
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