GO EXCURSION#1 旅行準備のプロになろう。 参加者体験記
書いた人
小野寺邦彦/劇作家、脚本家、編集者。多摩美術大学在学中より始めた「架空畳」という小さな劇団で芝居を作っています。http://kaku-jyo.com/
7泊8日の旅行へ行く準備に、7年をかけた知人がいる。それはカナダ北西部のイエローナイフという都市へオーロラを観に行く旅行だった。費用は約40万円。さまざまな事情で、当時決して裕福ではなかった知人だが、絶対にオーロラを観るのだ、という信念を燃やし、爪に火を灯す想いで貯金をした。そして7年後、念願かなって旅行は実現したのだが、その7年間で知人がしていたことは貯金だけではなかった。オーロラの出る季節や時間帯、天気や温度湿度などの諸条件は言うに及ばず、現地の風土、風習、歴史その他、徹底的に調べ上げた。晴れて現地に着いた折には、地元の観光ガイドもはだしで駆け出すほどの事情通と化しており、同行した他の人々は2回しか見られなかったオーロラを、自分だけ4回も見ることが出来たと得意げに語った。おまけに結婚相手も見つけてしまった。知人はいま、バンクーバーで暮らしている。
つまり、準備は重要だ。事前に行う準備の精度で、旅の質はケタ違いに変わる。旅慣れた人は観光地などには行かないなどと、うそぶく者がいる。だが哀しいかなその意見はアマチュアだ。半可通というやつだ。観光地を甘く見る者は知らない。観光地に悠然と横たわる情報の海、その広さと深さを。観光地は凄い。観光地は恐ろしい。調べれば調べるほど底なしに沸く情報渦の中心に観光地はある。謂れ、歴史、人物、地形、気候、名前、暮らし……先人による轍の群れに踏みしめられた文化の層こそが観光地なのだ。徹底的に調べる。その後、実際に現地へ赴く。初めて訪れた場所であるのに懐かしい。そして知識が無ければ決して得られない発見がある。山ほどあるのだ。世界はいつだって、ただ、そこにあるだけだ。世界を見る「目」こそがそこに芳醇な文化が眠っている事実を教えてくれる。その果実を頬張ることができる者こそ、旅行準備のプロフェッショナルである。
だが我々の殆どが、その重要性は重々知りながらも、それでも旅行準備のプロになることは極めて稀だ。なぜか。準備のプロになるより前に、旅行に出かけてしまうからだ。それはそうだ。旅行の為の準備ではない、準備をする為に旅行を計画するのだ、などという本末転倒の奇特な人物はそういない。行こうと思い立ったらサッサと出かけてしまえる事もまた、間違いなく旅行の美点である。インターネットを用いれば最安値の航空券も、素晴らしいオプションのついた宿もすぐ取れる。思い立ったが吉日で、出かけてしまえる、その身軽さこそが旅慣れた雰囲気を人々に纏わせる。こうして旅行準備のプロへの道は遠ざかる。
だが、いま、世界の様子が変わった。出かけることが憚られる世の中となって、旅行への思いはむしろ募るが、県をまたいだ移動すら自粛を余儀なくされているのが実情だ。他のあらゆる娯楽産業と同じく旅行業界においても、現在オンラインを用いた様々な企画が催されている。ビデオツールを使った疑似的な国内外旅行。現地の案内人が回すカメラとパソコンを同期しての観光。地元の名産品を自宅に郵送しての宴席など、それら一つ一つはよく工夫され、制限された中で旅行のエッセンスを伝えてはくれる。だが、それらはやはり旅行そのものとは違う。あくまで旅行のもつ要素を一部抽出したものだ。では、オンラインでのリモート旅行は、しょせん旅行のまがい品、代替に過ぎない空しい行為なのか。
そうではない。我々はいま、少しだけ長い旅行の準備期間に入ったのだ。オンラインでの疑似旅行は、やがて日常が戻ってきた日に出かけてゆく旅行の質を底上げする、旅行準備の為のプログラムなのである。そうだ、今こそ、旅行の準備のプロになろう。これまではガイドブックなど片手に独学で自習するよりなかった術が、オンラインで供される各種プログラムにより質、量ともむしろ充実した。これらを体験し、やがて再び、好きな時間に好きな場所へ好きなだけ行けるようになったとき。それは以前の旅行とは、質において圧倒的に上回っているはずだ。オンライン上で疑似的に、一度訪れる。その後、同じ場所へ実際に足を運ぶまでの、今は「溜め」の時間である。いまのうちに、我々は、旅行準備のプロになっておくべきだ。
プロへの第一歩。アプリは事前に更新すべし。
プロへの第一歩を記すべく、オンラインでのリモート旅行に参加した。
『JAPAN MICE NAVI presents GO EXCURSION #1 上勝町パンゲアフィールド ゼロ・ウェイスト・ビールを飲みながらSDGs未来都市の話を聞こう』
行先は、徳島県のほぼ中央に位置する、上勝町。人口約1500人、四国で一番小さな町だ。過疎化が進み、町民の平均年齢は59歳。上勝町は2003年に「ゼロ・ウェイスト」を宣言し、焼却ゴミと埋め立てゴミを無くす最善の努力をする、として様々な取り組みを始めた。また、里山の葉っぱや花を収穫し、高級料亭などに料理の「つま」として出荷する葉っぱビジネスで年間2億6千万円の売上を得ているという。いわゆる地方創生の重要なモデルケースとして注目を集めている町だ。
東京から徳島まで飛行機で約70分。徳島飛行場から徳島駅を経由して、上勝町まではバスで120分。本来3時間以上の道のりを、リモート旅行ではゼロにしてしまう。旅情は失われるが、現地の情報を得るため、という目的をかなえるにはむしろいい。正確には旅行ではなくリモート視察、とのことだ。修学旅行と社会科見学の中間といったところか。そういえば子供時分、教師が修学旅行の半年前くらいに、実際に現地まで「下見」と称して出かけていっていた。夜の宴会はさぞ盛り上がったろうと想像するが、今回の視察にも余禄としてビールが付いてきた。『上勝ゼロ・ウェイスト・ビール』と呼ぶもので、本来なら捨てられてしまう果実の皮をクラフトビールに活用したという。なんでも活用するのだ。
視察の前日、軽い打ち合わせを、ということでパソコンをビデオチャットツールに繋いだ。だが画面にはくるくるとリロードマークが回るばかりで、一向にチャットルームに繋がらない。再起動してみたがダメである。このビデオチャットツールを最後に使ったのは2か月近く前のことだった。どうやら、アプリの更新があったらしい。1年ぶりにキャンプの道具を開いたら、全部錆びついていた出発の前日、といったところか。だがキャンプグッズと違い、アプリの更新はただ待てばいいのだ。おとなしく画面の前で更新を待つ。結局、打ち合わせには遅刻した。バツが悪いといったらない。旅行準備プロへの第一歩として記す。
【ビデオチャットアプリは前日までに更新すべし】
視察当日でなくてよかった。だが仮に当日遅れたとしても、実際の旅行であれば同行者を満載して行ってしまったバスを、ひとり寂しく追いかけるハメになるが、オンラインであれば、即参加可能だ。これもリモートの利点だろう。行ってしまったバスを追いかけるのも旅の醍醐味だ、と言われれば返す言葉はない。
一瞬で現地到着。葉っぱビジネスの変遷を知る。
さて視察当日。現地集合、というのか。パソコンの前に座り、ビデオチャットルームに入ると、既に上勝町と繋がっていた。他の参加者も次々とログインして、画面の脇に各名の顔を映した小窓が並ぶ。町のコーディネーターは野々山聡氏。視察のスタートは16時と、微妙な時間だがこれには上勝町のオンライン回線の事情がある。町の回線が脆弱なため、町民たちがネットを使用する時間帯にぶつかると、回線が不通となる恐れがあるのだ。旅行で言えば、帰りのバスが渋滞に掴まってしまう、みたいなことか。常に「交通」事情が予定を左右するという点では、旅の本質は変わらないのが面白い。視察が始まると、メッセ―ジチャット欄にURLが送られてきた。ここにアクセスして、まずは概要を説明したビデオを各人で鑑賞する。これも社会科見学の行きのバス車中で、これから見学する施設の説明ビデオを観たときと似た感覚だ。まずは「葉っぱビジネス」について。
葉っぱビジネスを展開する「株式会社いろどり」は、上勝町農協の営農指導員であった横石知ニ氏が86年にスタートさせた。当時、町が主産業としていた林業やみかん、建設業などはどれも斜陽産業となって衰退しつつあった。働き場が少なく、若者は町外へ流出していく状況にあって、横石氏は、女性や高齢者に居場所をつくることを考えた。この町でなければ出来ない仕事をつくり、町民の自信と誇りを取り戻すために横石氏が提案したのが料理屋に「葉っぱを売ること」だった。だが提案は、葉っぱがお金に変わるわけがないと、一笑に付された。実際に葉っぱを売ろうと、料亭に交渉したが使い物にならない、と断られた。横石氏は、ニーズと用途を正確に把握するために、自腹で京都や大阪の料亭に通い食事をし勉強会を重ねた。月給が8万円の時代に、一食2万円の食事代。今の5万円程度か。その甲斐あって事業を軌道に乗せることに成功した。今では月収100万円を稼ぎ出す農家もおり、年間売上高を単純平均すれば、一件あたり125万円の売り上げだ。高齢者が年金に加えて同額程度の年収を得たことで、街の経済が発展した形だが、同時に福祉も発展した。高齢者が働かなくても暮らしてゆけることだけが福祉ではない。病院など施設の充実も重要だが、元気なうちは自分で稼ぐという生きがいが重要なのだ。葉っぱの栽培・出荷・販売の過程で、健康維持や寝たきり、認知症が予防され、町に老人ホームがなくなった。葉っぱの収穫で畑や山を動き回れば足腰も強くなる。出荷のための専用端末やタブレットをスイスイと操作する高齢者の姿が生き生きとしていたのが印象的であった。
ビデオは以上で終わり、コーディネーターの野々山氏による補足説明と質疑に入る。質問がその場で受けられない際にも、メッセージチャット欄にコメントとして寄せておけば、後で回答してくれるのは気軽に質問ができていい。ビデオではサクセスストーリーとしての面が強調されていたいろどり事業だが、参加者からの質問に答える形で、事業の問題点と課題点も併せて説明してくれた。葉っぱビジネスは、成長産業ではないこと。これ以上の売り上げ増は見込めず事業としては既に「頭打ち」であること。それ故に、新規参入者を募るよりは若年層に事業を継承してゆくことが重要だが、現在も過疎化は進み、2040年には880人にまで人口が減少する見込みの限界自治体であること。いい点ばかりを強調せずに、事業と自治体が抱える問題点をはっきりと示した。これは旅行客という「お客さん」相手ではなく、あくまで「視察相手」に向けた回答であり、誠実な態度だと感じた。
地域交流の拠点としてのゼロ・ウェイスト宣言
続いて、「ゼロ・ウェイスト宣言」について。これもまずはビデオで概要が説明される。林業が主産業だった上勝町では、かつてメインのごみ処理方法は野焼きだった。だが県からの指導によって野焼きが中止された際、新しい焼却炉を購入する余裕がなかった為に、焼却炉を使わないごみ処理方法を模索する必要に迫られた。そしてその解答が「そもそも、ごみを出さない」というものだ。トンチが効いている。だがこの発想がトンチではなくゼロ・ウェイスト宣言、すなわちゴミをゼロにするための生産と消費のシステムを構築していくという、具体的な数値目標の設定へと結実した。ごみをどう処分するか、ではなく、ごみをどうやって無くすか、というコペルニクス的な発想の転換を行ったというわけだ。
ゼロ・ウェイスト宣言
1.地球を汚さないひとづくりに努めます!
2. ごみの再利用・再資源化を進め、2020年までに焼却・埋め立て処分をなくす最善の努力をします!
3. 地球環境をよくするため世界中に多くの仲間を作ります!
具体的な方法として、まず生ごみは個人でたい肥化する。それ以外のごみは徹底的に分別し、その80%をリサイクル化して再利用する。分別項目は実に45種類にも及び、分別せずにおくものか、という執念をも感じさせる。分別項目の一覧を眺めてみれば、よくもまあ、ここまでごみという概念を分解したもだと感心するが、最後に存在する「どうしても埋めなければならないもの」という項目の「どうしても」の文字が、分別に賭けた者の憤怒を伝えると共に、いずれ再利用してみせる、という気概をも感じさせるのだった。
分別は日比ヶ谷ごみステーションという施設で行われる。基本的に住民が直接ごみステーションまでごみを運び、常駐のスタッフと一緒に分別する。これがポイントだ。現在、無人のごみステーションを設置する動きは日本各地であるのだが、それではゼロ・ウェイストは徹底できない。ごみステーションに住民が自ら訪れ、スタッフやほかの住民と交流する。それにより、ごみステーションが住民同士のコミュニケーションの場所となる。究極、人と会うという目的のために、ごみステーションへごみを持って行くことが理想なのだ。つまり「ごみ出し」を「交流」へと変換させることで住民の意識を変革した。さらにステーション内には、成長して着られなくなった子供服やまだ使える不用品をリユース品として無料で持ち帰ることの出来る「くるくるショップ」も併設され、年間約15トンのものが再利用されている。ごみはごみではなく資源であり、その資源をリサイクルする循環の中心に住民の交流がある。こうして焼却・埋立の代わりに資源化することでごみ処理費の60%削減を実現した。2005年からは、行政の他にNPO法人のゼロ・ウェイストアカデミーが設立され、事業をさらに推進している。
ここでビデオは終了。野々山氏によるライブでの補足説明が行われた。ごみステーションは地域交流の拠点としての役割をさらに強化するため、2020年の春に大幅リニューアルを行い、新たに複合施設「ワイ(WHY)」をオープンした。施設の視察者向けの宿泊施設や、ゼロ・ウェイスト関連のスタートアップ企業が使用できるコワーキングスペースやラボラトリー、さらにエコロジーツーリズムの案内所を設置。フライフィッシング、レイクカヤック、リバーピクニック、トレイルランニング、循環型ライフ体験などのフィールドアクティビティーが体験できるプログラムが準備されている。ごみステーションのコミュニティとしての役割を全面的に押し出し、すすんで来たくなるスペースへと転換を図った形だ。
時間も迫ってきたということで一旦休憩を挟み、その後にゼロ・ウェストビールで乾杯となった。ビールを飲みながら質疑応答が行われる。ごみステーションにおいても、先進的な取り組みである一方、様々な課題はある、と野々山氏。そもそも2003年に国内初のゼロ・ウェイスト宣言を行った際には、2020年までにごみゼロを目指す方針であったが、現在、ゼロ達成には至っていない。また、高齢化の進んだ上勝町では、そもそも住民が歩いてごみステーションまで行けない、という問題も年を経る毎に深刻化している。ごみ問題を、地域交流へと転換したことで事業は前進したが、同時に過疎・高齢化の進む地域の問題もまた直結した形だ。さらに上勝町内の飲食店も年々減っている。包装容器などを削減する取り組みを行っている店舗を対象に「ゼロ・ウェイスト認証制度」を設け、店舗マップを作り需要を喚起してはいるが、そもそも町民の多くは徳島市内へと買い物へ出ることが多い。いくら上勝町の飲食店ががんばっても、市内で買い物をするのであれば意味はない。つまり、問題は上勝町で行っている活動を、どれだけ上勝町以外の地域へと伝播させられるかにかかっている。上勝町はあくまでゼロ・ウェイストのモデルケースであり、そのノウハウが各地域へと拡がってこそ意味がある。実際に今回のようなオンライン視察も含め、全国から視察が殺到している現状がある以上、取り組みは確実に伝わっている。
ひと思いに現地解散すべし。
視察がつつがなく終了する頃には、モニターに映る上勝町には夕闇が訪れていた。東京の部屋はまだ明るい。その風景の隔たりが、本来ある場所の距離を思い出させた。やがて必ず、あの町を訪れるだろう。夢で見た場所に、実際に出かけていく予感を持って暮らすこと。それはただ旅行のみならず、日々の生活をもホンの少し、豊かにする。その頃には「どうしても」埋めなければならないごみも、リサイクル可能になっているのかもしれない。解散が告げられたがなんとなく名残惜しく、ひと思いにログアウトが出来ない。同じように思う人もいて、数名が居残りしばし雑談となった。旅行が終わり、駅で解散になった後、なんとなく別れがたく、ついファミレスとか寄ってダベってしまうのと同じか。だが長引けば長引くほど、別れたあとの虚しさは大きくなる。特にオンラインにおいては、ボタンをワンクリックすれば次の瞬間には自室なのである。虚しさもいや増そうというものだ。
【プロへの第二歩。ログアウトはひと思いに】
旅行後、即、日常。これがリモート時代における、旅行準備プロの現地解散作法である。プロへの道のりは、まだ始まったばかりだ。
このイベントについて
JAPAN MICE NAVI presents GO EXCURSION
日本のユニークベニューを視察訪問する、エクスカーションサービスを提供。「こんな面白い場所あったんだ」「こんな面白い取り組みあったんだ」という発見を、ぜひご一緒に。https://mice-navi.jp/excursion
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?