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Weekly Music Review #48: Clairo『Sling』

Clairoはアメリカ・アトランタ出身のシンガー・ソングライターで、1998年生まれの22歳。2011年ころから楽曲を作り始め、2017年の“Pretty Girl”を嚆矢としていくつもヴァイラル・ヒットを記録。

打ち込み主体のトラックに自身の歌を吹き込む、いわゆる「ベッドルーム・ポップ」然とした音楽をやっていた彼女だが、2019年、満を持してリリースしたデビュー・アルバム『Immunity』ではバンド・サウンドを導入したりR&Bっぽい曲もあったりと、「ベッドルーム」の制約から開放されたようなクリエイティヴィティを発揮(プロデュースは元Vampire WeekendのRostamが務めた)。

しかしその後のツアーなど、音楽活動をしていく中で多大なストレスを感じた彼女は一時期音楽活動をやめることを真剣に考えるほど追い詰められていたという。結果そうしなかったことをいち音楽ファンとしては喜ばしく思う。

今作『Sling』のプロデュースを務めるのはジャック・アントノフ。Taylor Swift、St. Vincent、Lorde、Lana Del Reyなど多くのシンガー・ソングライター作品を手掛けている人物だ。特にTaylor Swiftの近作『Lover』『Folklore』はアメリカのメインストリーム・ポップスのど真ん中にどインディーなマナーで挑んだ意欲作で、ここ5年ほどのUSインディーの総決算的作品であっただけでなく、今後5年ほどのポップスにも多大な影響を与えることだろう。

ビリー・アイリッシュのこの曲とかもその系譜にある。生楽器主体で、フォーキーなサウンド。テン年代後半からポピュラー音楽の一つのトレンドと鳴っている「アンビエンス」をロック〜ポップス的文脈で取り上げるとこういうサウンドに行き着く、といったところだろうか。

今作の影響源として彼女が挙げているジョニ・ミッチェル、ポール・サイモン、カーペンターズといった名前も、このサウンドを聞けば納得だろう。70年代風のフォーク〜ソフト・ロック的意匠が前編を通して貫かれている。前作まで見られた打ち込み主体の楽曲は姿を消している。唯一ダンサブルと呼べるような「Amoeba」もぬくもりに満ちた生楽器のアンサンブルでメランコリーを表現している。

この音楽性の変化を「成熟」と評してしまうことは一つの価値観の強化にしかならず、あまりしたくはないが、それでも比較的とっちらかった印象のあった前作に比べ圧倒的に統一感があり、作品としてみたときにパリッとした雰囲気があり、聴きやすいしわかりやすいのは確か。録音のされ方も素晴らしく、濃密な親密感が部屋に充満する。

Why do I tell you how I feel
When you're just looking down the blouse?
It's something I wouldn't say out loud
If touch could make them hear, then touch me now
(どうして私が思っていることを言葉にして伝えなければいけないの?
あなたは私のブラウスしか見ていないのに
決して声高に言うようなことじゃないけど
触らせなきゃ聞く耳を持たないというのなら、どうぞ触ってください)

彼女が歌うのは依存的な人間関係、鬱、そして女性が音楽業界で直面する差別だ。フィクションと実体験を交差させたような歌詞は力強い。「力強い」で済ませていいものではないのだけれど、時間の余裕がなくじっくり読み込めなかった。反省。

ともかくこの作品は、Clairoという一つのアーティストにとってのみならず、現代のシンガー・ソングライターの一つのあり方のほぼほぼ「完成形」とも言っていい傑作だ。ただただあっぱれである。

来週の分を決める。

Bizzy Banks『Same Energy』→Pop Smokeも認めたブルックリン・ドリル・ラッパーによる2枚目のミックステープ
Leon Bridges『Gold-Diggers Sound』→人気R&Bシンガーの3作目。ロバート・グラスパー、テラス・マーティンら参加
Dave『We're All Alone In This Together』→イギリスを代表するラッパーの一人。Stormzy、WizKid、James Blakeら参加
EST Gee『Bigger Than Life Or Death』→ケンタッキー州ルイヴィル出身の、今年着実に知名度を上げつつあるラッパーの新作。Lil Baby、Future、Young Thugら参加
LEX, Yung sticky wom with Only U『COSMO WORLD』→横浜/湘南エリアの若手ラッパー3人によるコラボEP
Mega Bog『Life, And Another』→シンガー・ソングライター、エリン・バージーによるソロ・プロジェクトの6作目
QN『Bad Inc』→ハイペースでリリースが続く「Prince of Sagami」ことQNによる、セルフ・プロデュース作
SEKAI NO OWARI『scent of memory』→セカオワ
Emma-Jean Thackray『Yellow』→UKジャズ・シーンのシンガー・ソングライター的ミュージシャンによるデビュー・アルバム
Kanye West『Donda』→10作目。Playboi Carti、Travis Scott、Pusha Tらに加え、なんと10年来のビーフを解消しJay-Zが参加

カニエはまだストリーミングには来てないけれど、流石に今回はリリースされるだろうということで。

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厳正なるルーレットの結果…

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Mega Bog『Life, And Another』に決定!

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は〜〜〜い!

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