屋久島編〜 「台風のなか」
(山尾三省さん没後23年を偲んで)
こんな台風のなかでも秋の虫が鳴いている。
風や雨の大音量に負けじと、自分もここにいるぞと強調するかのように、チンチロリン、チンチロリンと。
もうすぐ夏が終わり、秋がやってくるんだぞ、僕たちの出番がそろそろやってくるんだぞと自慢気に鳴いている。
台風という、大きな大きな渦に巻き込まれたわたしは、どうにかして自分を守ろうと必死で、目に見えるものを追って、心がここにない。
こんなときこそ、地に根を張って、緑に腰を下ろしてみると、意外な光景を知る。
虫たちの大合奏、大合唱が、ふさふさとした月桃の葉の下で繰り広げられている。
わたしは、たった一人の観客になっている。
もはや、風や雨は、お囃子の太鼓や掛け声のようだ。
すべての生命が重なって生まれた、奇跡の音楽会は、まだまだ終焉を迎えることはない。
いつだって、ここへ聴きに来られる。
誰にでも与えられる、無償の贈り物のような音楽会。
わたしは、ここで何をパフォーマンスとして贈ろうか。
だんだんと楽しみが増してきた。
いや、もしかしたら、何もしなくとも、ここで観客として寄り添っているだけで、贈り物をすることができているのかもしれない。
「台風のなか」 小澤まゆか 2024