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人生経験の乏しい27歳が人生を語っていく。

27歳にして気づいてしまった。僕は人生経験が乏しくないか?

これといった趣味もなく、人に伝えられるような知識や経験もない。

小中高大とそんな嫌なこともなく、ただやりたいこともなく。

いつの間にか普通の会社のサラリーマンとなっていた。

朝は満員電車に揺られ、昼はカップラーメンで済ませ、早めに終業を迎えた
夜は少しだけ心を弾ませながら帰路に就く。

そうやって27歳になった僕は30歳という節目を目前にして人生を振り返ってみることにした。

なぜ僕は人生経験が乏しいのか。

・社交の場が苦手である。
 初対面特有の確認会話がどうも得意ではない。(え!秋田出身!?のような奴)
 だけどこれをクリアしないと知らん奴と何故か一緒にいることになる。
 だんだん社交の場に行かなくなった。

 ゆえに出会いがない。

・物事への興味が続かない。
 真剣に打ち込んだことってあっただろうかと思うほど飽きやすい。
 楽しいです!と先輩に答えた次の日、違う部活へ仮入部するほど興味が続かない。

 ゆえに趣味がない。

・行動よりまず考える。
 待てよ、これをやると恐らくこうなるからめんどくさいぞ。やめよう。

 ゆえに経験がない。

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つまり僕の考える経験が豊富な人というのは「社交性があり、何事にも興味を持ち、考えるより先に行動できる人」ということになる。

なんてかっこいいんだろう。

こんな人が主人公であるならば、僕はエキストラで出演できるかどうか怪しいくらいである。

僕は1度、こんな理想的な人間になろうと試みたことがある。

社会人1年目、就職をきっかけに本来の自分とは真逆の行動を取ってみた。

・飲み会には積極的に参加し、交流の輪を広げた。
・仕事に関して何事にも関心を持ち、先輩、上司に教えを乞うた。
・会社から帰ってからは仕事に関する勉強をしていた。

当時の僕は理想的な人間になるため、ただガムシャラに行動していた。

そして1年経ったある日、僕は身体を壊した。
何も出なくなるまで吐いた。
何日か分からないが、食事を取れなくなっていた。

弱すぎるだろコイツと思われても仕方がない。


憧れることで、ある種催眠状態となり、自分は変われると盲信してしまう。

そして本来の自分を最も遠い場所へ置いてしまう。

それから少し仕事から離れ、社会人2年目となった僕はある目標を立てた。

「1年間会社に通う」

ちなみに達成したが全く達成感はない。

それでもその1年間は気持ち的に楽であった。

僕が失敗だったことは人生経験の乏しい自分をなかったことにして、
新しい自分を手に入れようとしたこと
である。

今でも憧れはあるが、人生経験の乏しい自分を受け入れている。

あの時もっと頑張っておけば、もっと色々なことに挑戦しておけば、
なんて思ったりもするが、おそらく人生やり直せてもさほど変わらない道を辿るだろう。

とどのつまりそういう人間なのだ。


僕のような人間はまずこのような場所でわざわざ自分のことなど書かない。

人生経験の乏しい27歳が少しだけ面倒なことを、ちょっとずつこなしていくことにした。

僕が憧れるような人間からは、とんでもなくちっぽけな挑戦に見えるだろう。

だけど僕は僕なりの方法で人生経験を積むこととする。

面倒くさがり屋な僕でも続けられるように、

とりあえず何でもいいので「発信すること」を目標にやっていこうと思う。

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