『秘密の森の、その向こう』

2021年 セリーヌ·シアマ監督

ひとまず上品だといって差し支えないであろうその格調高いオープニングに目を奪われた観客は、この紛れもないフランス映画を最後まで見届けたいという知性的な欲望へと焚きつけられることになる。少女が遊び相手であろう老婆たちに順々に別れを告げていき、その姿を長回しで追い続けるカメラが最後に捉えるのはどこか寂しげな母親の後ろ姿である。そして画面いっぱいに映し出されるタイトルは何やら暗示めいたものを思わせるが、このアヴァンタイトルに私は何か美しいものを確信していた。この少女のキャラクターと母親の存在が十全に描かれたシーンである。セリーヌ·シアマはこの映画の相貌をこのファーストシーンだけで最大限に表現してしまった。現代映画においてはなんたる贅沢であろうか!
上映時間73分という小品は、説明過剰なアメリカ映画に疲弊した人間を安心させるに足りる。余計なセリフや音楽を排除し、ストーリーの説明をひたすら拒むだけでなく、車内、祖母宅、森の紅葉、湖らの明確に細部を切り取った質感と色感は、そのショットを支配するに十分であり、圧倒的に美しい。幼い母親と巡り合ったことで生じる齟齬や非論理性についての説明はこの映画の処理としては無いも同然であり、そうしてようやく露呈した世界こそがまさしく映画であると再び確信した。ラストシーンで31歳の母親と再会を果たした時、彼女をようやく正面から写したショットはやたらに感動的であり、この上ない充実感を覚える。私は今、この映画の絶対的な美しさを断言したい誘惑に駆られている。

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