「夢」が生まれる瞬間を見た話
プロスポーツでは、「夢を与える」という表現をよく目にする。
今まで、「夢」とはなんだろうと思っていた。
「夢」というワードから連想される、ポジティブで未来が明るい感覚。
分かるようで分からない、ちょっとだけ分かるこの言葉。
その正体を垣間見た気がする。
そんな試合だった。
2024J3リーグ第2節・SC相模原対ヴァンラーレ八戸。
試合は、一進一退の攻防を相模原が制したウノゼロゲームとなった。
非常に静かなセットアップで始まった前半戦。
昨年の相模原でよく見られたハイプレスをかける形から一転、今節は5-3-2の陣形を固める、いわゆる引いて守る場面が多い試合運びだった。
ボールの取りどころを共有した上でのアラートな守備は、ピッチ上の展開こそ地味に映るものの、繊細なポジショニングと観察眼が求められているのが分かり、選手たちの気を張りつめた感覚が伝わってきた。
特に、驚異的な推進力を誇る八戸FWオリオラ・サンデーに仕事をさせるスペースを与えなかったのは見事だった。
3センターバック+アンカーがポジショニングの妙で自陣中央に構えるオリオラ・サンデーの存在を消し、サイドに誘導するような展開が幾度か見られた。
静かに、クレバーに。
ENERGY FOOTBALLとはどこか対極にあるような、まるで設計書を描いたようなフットボールが展開されていた。
試合が動いたのは30分頃。
相模原が高い位置で相手パスを拾い、縦のボールを受けたFW福井和樹がペナルティエリアでその体幹を生かした独特なボールキープで相手を引き付け、MF岩上裕三へマイナスのパス。
そして、ミドルレンジからニアの隅を打ち抜く完璧な痛烈ゴラッソ。
昨年夏の加入時から、何本をミドルシュートを打ち続けた、クレバーフットボールの体現者・岩上のゴールが決勝点となる、戸田SC相模原の何か新境地を見たかのようなゲームだった。
後半はボールを自陣へ押し込まれる展開が増え、幾度か危ない場面を迎えたものの、無失点。
苦しい展開が続いていた78分、そのシーンは生まれた。
中央から敵陣へ向かって流れたボールをアンカーの西山拓実が後ろ向きで回収すると、奪取に来た相手選手をジダン顔負けのマルセイユルーレットでかわし反転。
そのまま持ち上がり、サイドをかけ上がっていた味方へスルーパス。
最終的にシュートは枠を捉えずにこの攻撃は終わったものの、あのルーレットで停滞感が充満していた空気が一気に熱量を帯びた。
突如歓声とどよめきが沸き上がり、思い出したかのようにスタジアムに声が溢れた。
すかさずチャントが切り替わり、熱量が1段階、2段階引き上がる。
手拍子がスタンドへ広がり、試合が終幕へ向かっていく。
あのルーレットで子どもたちがわあっと沸き、大人たちがおおっとどよめく。
相模原を応援する皆がプレーに見惚れたあの瞬間、スタジアムで夢が生まれたんだと感じた。
「子どもたちに夢を」
言うは易し、行うは難しとはこのことだと思う。
どのように勝てば、どんなプレーをすれば夢は与えられるのだろう。そう思いながらプロスポーツを見ることが多かった。
けれど、あのプレーを見た時に、「あんな風にプレーしたい!」「かっこいい!」とワクワクする気持ちを持った子どもたちが多く生まれたのは想像にかたくない。
あれは、そういう歓声だった。
そして、「西山はもっと大きな選手になるかもしれない」「彼がいれば相模原はもしかすると……」と、期待に胸を膨らませたファン・サポーターもまた彼に夢を見た。
西山は昨季より東海大学から加入したプロ2年目の選手。
昨季にチームを一新して獲得した多くの選手と同じく、「まだ何者でもない青年」だった。
昨年、春先の練習見学の後のファンサービスの時間で、フォロワーが西山のユニフォームにサインをもらうシーンに居合わせた。
自分の背番号とネームが入ったユニフォームを見て、嬉しそうで少しだけ恥ずかしそうな笑みを浮かべていたのを覚えている。
サインをするにも、
「自分のユニフォームにサインするの、初めてで…笑。どこら辺がいいですか? どれくらいの大きさで書きますか? あーーー、緊張する笑」
と言いながらサインしていたのがとても初々しくて印象的だった。
あの日から1年経った。
忍耐と成長の1年を過ごした西山は、飛躍を遂げた選手の1人となった。
元々持っていた足元の巧みさに加え、フィールドを俯瞰する観察眼のようなものが非常に良く冴え渡るようになったと感じる。
開幕戦、今節と、何本も相手の楔のパスを事前察知してインターセプトし、チャンスを創出する場面が見られた。
今節の相手強力FWの存在感を消す仕事をしながら、ボールに関わる場面では持ち前のテクニックで局面を打開する働きをする、とても魅力的な選手になった。
あの頃の西山青年は、観衆を沸かせてチームに貢献する、プロフットボーラー西山拓実になっていた。
夢がどのように生まれるのか、どうして夢を持つのかは分からない。
けれど、西山拓実のSC相模原での歩みとあのプレーは、あの瞬間確かにスタジアムに夢を届けた。
この不思議な高揚感を思い出して、その虜になっかのように、僕らはまたスタジアムへ向かう。
開幕2連勝、選手の成長、未来への期待。
辿ってきた過去の足跡、その日その試合で踏み出される新たな一歩。
そして、叶えるべき目標とその先へ。
僕たちは、SC相模原で何度でも夢を見る。
また勝とう。