ツルゲーネフの短編小説『あいびき』について―自然と人間の運命への観照―
『あいびき』は19世紀ロシアの小説家・ツルゲーネフが執筆した短編小説である。この小説は、ツルゲーネフの短編小説集『猟人日記』に収録された一篇である。『猟人日記』は1852年に刊行され、ロシアの農村を背景にして、善良で思いやりのある農民の世界や美しい自然が描かれた小説集として有名である。この小説集を一読した後のアレクサンドル2世が、農奴解放令を発布する決心を固めたという逸話も有名である。この作品集で詩情豊かに描かれたロシアの大自然や独自の民間伝説・民衆芸術の世界は、とても美しいものである。今回の記事では、この『猟人日記』に収録された一篇である『あいびき』について、取り上げたいと思う。九月半ばの昼間の時刻に、地主貴族の「私」は白樺の林の中に坐っていた。朝早くから小雨が降っていたが、時折雲の切れ目から青空が現れるというような不安定な天気の日であった。冒頭は延々と自然描写が続く。その美しい自然描写は、次のような文章である。
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