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冷静な男の激情に痺れる「犯人に告ぐ」

優男風の甘い仮面をテレビの前で突然脱いだときの衝撃

主人公の巻島は現場叩き上げながら、おおよそ刑事らしくない優男の風貌。ウェーブがかった髪に細身の体躯。しかしナルシスト要素は全くない(←ここ大事)。映画は観ていないが、帯のおかげで主人公の巻島刑事が豊悦のビジュアルで可視化された。結果、ドハマり!

最後のテレビ出演シーンで、巻島がいつものバーバリーのスーツではなくヤクザと見紛うようなダブルスーツに渋い色柄のシャツとネクタイを身につけ、長髪の髪をオールバック風にして臨むところはゾクゾクした。今まで犯人に心を寄せるかのような甘っちょろいコメントをしていたバーバリーくんとは、完全に別人モードだ。
手紙の内容についてコメンテーターに問われ、「今回については文面の検討はしておりません」「我々はもう十分な手がかりを手に入れましたから、もう手紙は必要ありません」ときっぱり告げる彼の言葉で、テレビの視聴者はようやく巻島の意図がわかっただろう。犯人との”文通”が目的なのではなく、手紙という”証拠品”から犯人の物証や何らかのヒントを得るための呼びかけだったのだ、と。そして極めつけは、今までとは180度雰囲気の違う犯人へのメッセージ。殺気をはらんだ「今夜は震えて眠れ」
優男の仮面の下の、したたかで激しい刑事の顔を突然見せられたらもう……惚れるて!

クソ上司(曾根・植草)に対してもテレビの報道番組でも、感情を抑えて常に冷静に対処する巻島のよどみない語り口が好きだった。そんな彼が娘のいずみや孫の一平のことになると顔色が変わり、ときに感情の抑えがきかなくなるところがまた、たまらなくギャップ萌え! 

足を引っ張ったり支えたり…群像劇から目が離せない

主人公以外のキャラも丁寧に描写されているので、ミステリーだけど群像劇としても一流。例えば彼ら。良くも悪くも存在感が抜群だった。

植草課長:「警官と犯罪者は紙一重」説の体現者

その辺のストーカーがかすむほどの未央子への粘着ぶりと、女の関心を引くために捜査情報をリークする軽薄さにゾッとして、1巻ではこいつが犯人かと思ったほど。こんな男がキャリア組として最後まで処分なしで警察に居残っていることに、警察の闇を感じさせる。

曾根本部長:完全パワハラ上司だが、どこか憎めない

最初の事件の失態を全部巻島におっかぶせたときは「死ね」と思ったが、バッドマンを装った偽手紙を出したのが曾根だとわかってから、ちょっと見直した。事件を解決したいという根っこは巻島と同じであり、女性の気を引いて悦に入りたいだけの植草よりは、多少なりとも刑事の血が流れている。

小川巡査:間延びしたしゃべりが癖になるチョンボ野郎<福男

この男が出てくると、ストーリーがぐんと進む。すごい引きを持っている。「○○なんですよぉ」「あぁぁ」など、絶妙に人をいらつかせるしゃべり方も、殺伐としたストーリーの癒し要素。

有賀:結局この男が「ワシ」なの? 

健治くんを誘拐して殺したのは、本当にこの男なのか。容疑者が自殺して真相は闇の中というのも、実際にはありそうだが、今一つすっきりしない。彼の辛い境遇もまた、同情を禁じ得ない。
「外に出ると電線が垂れ下がってきて、自分に絡みついてくる」という妄想は、常に警察にマークされているというストレスから起こったのか。それとも良心に耐えかねての自我崩壊か。真相は彼が墓まで持って行ってしまった。

桜川夕起也・麻美夫妻:誘拐ってそんなにうまくいくか…?

彼らによる一平の誘拐劇には、いくつか疑問が残る。
麻美は「夫をとめることができませんでした」と言っているので、夕起也が単独で実行したのだろう。それにしても、巻島の孫である一平がそう簡単に知らないおじさんについていくかな? 連続殺人の対象が5,6歳の男児という時点で、上巻から「一平が被害者になるフラグ」みたいなのはチラついていたが、巻島やその家族も同様だったのでは? 一平にも重々警戒するよう話していそうなものなんだよなあ。

また、巻島はある程度犯人を予想していたとはいえ、簡単に上着にメッセージを付けられ、犯人の気配にも気づけない。しかも2回も。特殊犯罪班で誘拐の場数も踏んでるはずなのにあっさり人酔いとか、ちょっと都合がよすぎる感は否めず。

ただ、死線を彷徨った後の非日常的な精神状態に追い込まれたからこそ口に出た、麻美に対する巻島の謝罪には心打たれた。
「ごめんなさい……本当に、本当に、ごめんなさい」と喉を震わせ、仰向けのままとめどなく落涙する巻島こそ、普段は容易に外さない冷静な仮面の奥にある、本当の彼だった。最後の最後でようやく彼の素顔を見た、と思った。

津田長が植草にこう呟いたのを思い出した。「痛そうじゃないから痛くないんだろうと思ったら大間違いだ……それは単にその人が我慢をしてるだけですからな」

津田長:真に優しい人こそ、誰よりも強い

個人的には、本作で最も魅力ある人物。どんな人と向き合っても、おごらず、えらぶらず、相手に寄り添うことができる。犯人が自供したくなるような人情刑事って、きっと津田長のような人だろう。彼に救われたのは巻島や被害者遺族だけではないだろうと思わせる。
最後に巻島が必死に本田を呼び止め、夕起也の尋問を津田長にと頼んだ場面は秀逸だった。
「津田長を」
その一言で、読者は夕起也の身を案ずる巻島の優しさと、巻島の津田長に対する絶大な信頼を感じ取り、そして夕起也がひどい取り調べを受けずに済むだろうという安堵の想いさえも抱けるのだ。 


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